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19 道を開く

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 なぜ兄は自分がここにいることを知っているのか、グスタフにはわからない。だが、危機に瀕していることだけは確かな事実だった。

「グスタフ様、出てはなりません」

 ゲッツは扉を閉めた。ブルーノが外でどのような状態でいるのかはわからない。だが、ゲッツの任務はグスタフを守ることであり、ブルーノを守ることではない。

「頭を伏せて」

 言われた通り、グスタフは座ったまま身体を前に屈めた。エルンストはその上に覆いかぶさった。

「グスタフ! 出てこないと馬車をハチの巣にするぞ」

 ゲオルグの声が聞こえる。領地の館ではグスタフを無視していた彼に名前を呼ばれることなど滅多になかった。
 普通の兄弟であれば、名前を呼ばれるのは当然だろう。だが、この状況は最悪だった。兄は恐らくグスタフを最終的には亡き者にしようとしている。呼び出しに応じて出たら何をされるか、ほぼ想像はつく。
 ここで死ぬのかと思うと、やりきれない。エルンストも巻き添えにすることになるのだ。彼は冬至の夜に襲われて斬られている。浅い傷とはいえ、あれからまだ二週間もたっていない。それなのに、二日間馬車の旅に同行し、昨夜も眠れていない。揚句はここで死んでしまう。グスタフは自分が情けなかった。おまえなしでは生きていけないと言いながら、エルンストを苦しめるばかりではないか。
 いっそ、自分だけが外に出て、エルンストだけは助けてくれと命乞いをすれば……。いや、きっとそんなことを言う前にエルンストはグスタフの前に飛び出て、盾になろうとするだろう。

『あきらめねば必ず道は開けます』

 オスカー・ゴルトベルガーの言葉が脳裏に甦った。
 本当にそうなのだろうか。あの商人は公爵領の貧しい農民の子だったと聞いたことがある。恐らく想像もつかぬ苦労の末に富を築き、国にまで金を貸すような商人になったのだろう。その過程で得た教訓なのだろうが、自分には王の器はないし、彼ほどの商才もないのだから、道は開けないような気がしてくる。
 いっそあきらめてここで自分一人が死ねば。ゴルトベルガーの息子だからブルーノは助かるかもしれない。腕に覚えのありそうなゲッツも大丈夫だろう。心配なのはエルンストだ。彼を道連れにするのは忍びない。どうすればいいのだろうか。そうだ、ここで自害すれば。
 そう思った時だった。向かい側の座席の下にある猟銃が目に入った。
 狩りにはもう行けないのだと思った。アロイス達領民とともに山野を駆け回り、様々なけだものを捕まえた。そういえば、アロイスはわざわざ馬車を出して伯爵領との境界まで走ってくれた。他の領民も館からの脱出を手伝ってくれた。暴漢に襲われた時はエルンストを館まで運んでくれた。彼らはただ純粋にグスタフ達のためを思って行動していた。王になるとかならないとか、関係なく。もし、今ここで自分が死んだら、彼らはどれほど悲しむだろう。彼らの尽力を無駄にして彼らを悲しませることを想像し、グスタフは死ねないと思った。
 やはり、死ぬわけにはいかない。死にたくない。
 あきらめたら死ぬ。グスタフは必死で考えた。座席の下には猟銃。上には一人分の座席を占領している借用書の入った木箱。

「エルンスト、重いから離れてくれ」

 時間稼ぎでもいい。なんでもやって生き延びる。グスタフは覆いかぶさったエルンストが身を起こすと自分も身を起こした。

「グスタフ様、危のうございます」

 ゲッツは驚いてグスタフを伏せさせようとした。が、エルンストが手で制した。

「グスタフ様には何かお考えがあるようです」

 さすがはエルンストだとグスタフは思う。子どもの頃から彼はグスタフの意志を重んじてくれた。
 グスタフはエルンストとゲッツに策を告げた。
 ゲッツはあきれ顔だった。

「そんな子供だましに引っかかりますかね」
「やってみなければわからない。だが、やる価値はある」
「では私が先に出て脅しを」

 エルンストが扉を開けようとするのをグスタフは止めた。

「そんなことをしたら、おまえが人質にされる。作戦が台無しだ。おまえが人質にされたら俺は冷静な判断ができなくなる。いいか、絶対に生き延びるんだ。奴らは俺が目的なんだ。おまえまで道連れにするつもりはない。乳母やノーラを悲しませるわけにはいかない」

 その言葉でエルンストは十分報われていた。




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