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09 生き残る道

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「横槍?」
「若様は御きょうだい全員のことを御存知ですか」
「まあ、大体は」

 めったに会ったことはないが、名まえと年齢は知っている。中にはどこにいるかわからない者もいるが。
 まずアデリナの子どもたち。長男のゲオルグは30歳でコンラート子爵を名乗っている。次男カスパルは27歳。爵位は持たぬが、騎士として宮廷につかえている。長女ビアンカ24歳はゲプハルト侯爵の子息と結婚し、男児が二人いる。そして宰相ライマンの子息と婚約している20歳の次女エリーゼ。いずれも、グスタフとの交流はほぼない。
 そしてグスタフと同じく父の愛妾の子。平民の娘アンナとの間に生まれたのが三男コルネリウス26歳。今は修道院に入って労働と学問に励んでいるという。
 騎士の娘グレーテとの間に生まれたのは四男クルト20歳と三女のアーデルハイド15歳。クルトは士官学校にいたが勝手に退学し、隣国ラグランドの貿易会社に入ってしまった。ごくまれにに届く手紙によると今は東の国への旅の途上にあるらしい。アーデルハイドは女子修道院で教育を受けている。

「御存知かと思いますが、王家の継承権があるのは正式な婚姻をして生まれた男子のみです。それは公爵家も同様。つまり今の公爵カール様の後を継げるのはゲオルグ様とカスパル様だけ。国王になっても同じことです」
「当然だろうな」

 グスタフと違い、二人は公爵家を継ぐための教育を受けているはずである。社交界にも出入りし人脈も豊富だろう。

「どうもディアナ様はそれが気に障るようで」
「しかし法で決まったことだろ。いくら陛下の御生母であってもげるべきではない」

 グスタフとて貴族一般の教養はある。王族や貴族が法を無視しては国民の信頼は得られぬ。実際近隣の国々で王への不満から騒ぎが起きたという話は漏れ聞いている。このローテンエルデが比較的平和なのは、年少の王に代わり宰相ライマンが舵取りをしているからである。ライマンはディアナには気を使うが、反対派の意見もよく聞き穏健な政治を進めているという。

「仰せの通りです。ですが、ディアナ様はうっかり非公式の場で、さる伯爵夫人の邸宅で行われた私的な集まりの場ということですが、そこで口にしてしまったのです。アデリナ様の産んだ長男と次男以外に公爵には愛妾の産んだ男子が三人いて、この先頼もしいことだと」

 貴族の社会というのは不思議なもので、私的な少人数の集まりでの話があっという間に広まってしまうことがある。だから大貴族になればなるほど不用意な発言をしないように口数も少なくなる。だが、ディアナはそうではなかったらしい。

「ちょうど公爵様の健康状態の話になって、公爵様は次期国王を辞退し息子に譲るのではないかという話になったそうです。その中でディアナ様はアデリナ様の子ども以外の男子のことを口にしてしまったのです」
「なんと!」

 エルンストのほうが呆れていた。

「ディアナ様が俺たちのことを口にするとまずいのか」

 グスタフにはいまいち意味がわからない。

「頼もしいということはあてになるということ。つまり次の国王候補がアデリナ様以外から生まれた男子でもいいではないかという意味にとれるのです。ただ、コルネリウス様は僧籍、クルト様は貿易船に乗っていて行方不明。国王候補にするには無理があります。すると残るのは」
「俺か!」

 グスタフはようやく事の次第が見えてきた。

「ディアナ様からすれば、アデリナ様の子息は御不満なのでしょう。それに都から離れた公爵領にいる田舎住まいの若様なら、即位後も御自分が操れるとお考えなのかもしれません。しかもディアナ様はこうも仰せになったとか。公爵の五男の生母はヴェルナー男爵未亡人、身分はさほど己と変わらぬと。この話が誰の御不興を招くか、御想像はできるかと」

 グスタフはアデリナの顔しか想像できなかった。あのバラの刺繍のハンカチーフは彼女の宣戦布告だったのではないか。
 だが、グスタフは彼女と争う未来など望んでいなかった。ゲオルグが国王になればいいのだ。法律はそうなっているのだから。
 それなのに自分の名が妃の口から出たばかりにアデリナが刺客を送り、エルンストが負傷した。かけがえのないエルンストが。
 ならば自分は何もいらない。この屋敷を出てただのグスタフになればいいのだ。そうすればエルンストを守れる。

「俺は森番になる」

 今すぐにでも山に入ろうとする勢いで言ったグスタフであった。

「それは無理です」

 エルンストはそれまで座っていた寝台から立ち上がった。

「おい、無理をするな」

 座らせようとするグスタフをエルンストは手で制した。

「グスタフ様はもう後継者争いに巻き込まれているのです。政争に破れた者がどうなるかご存知ですか。シュターデン公爵は命があるだけましです」

 グスタフは言葉を失った。
 ノーラは言った。

「若様には不本意かもしれません。けれど、戦いはすでに始まっているのです。現に私がここに着くのが遅れたのも、追手に捕まらぬように遠回りをしたからです。ゴルトベルガーの力がなければ、殺されていたかもしれません」

 知らぬ間に始まった戦い。しかも、負けたら命がないかもしれない。だが、勝ってどうなるのだ。グスタフはエルンストを見つめた。俺はどうすればいいのだ、教えてくれと。
 エルンストはグスタフに答えねばならなかった。それが命を懸けて仕えると誓った主への誠意である。

「グスタフ様、王になるのです。それしか我らには生き残る道はありません」





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