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08 二つの公爵家

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 レームブルック公爵家、シュターデン公爵家、この二つの公爵家は三代前の王の息子たちを始祖とする公爵家である。他にも歴代の王子を始祖とする公爵家はあった。だが跡継ぎの不在、王への造反といった理由で絶家になっている。
 グスタフはレームブルック公爵家の妾腹の五男である。正式な結婚をした妻との間の子ではないので、王位継承者にはなれない。いわば傍観者的な立場である。
 だが、ノーラの話はグスタフを震撼させた。



「シュターデン公爵は27歳。二年前に父親の死亡によって公爵家を継承した。母親は伯爵家の出身。かたやレームブルック公爵家の当主カール様は59歳。どちらが継承者にふさわしいと思われますか」
「レームブルックは第三王子の子孫、シュターデンは第四王子の子孫、優先されるのは第三王子の子孫レームブルックだろう」

 父が王になるというのがいまいち実感がないが、法で決まっているのだからレームブルックが継承者だろうとグスタフは思う。

「はい。公爵様の妻アデリナ様は前国王オイゲン陛下の妹。つまり今の陛下の叔母上。公爵様とアデリナ様の御子は陛下の従兄に当たり血筋から言ってもレームブルック公爵がふさわしいと、宰相ライマン様ら多くの方が考えておりました」

 ならば話はそれで終わりだろうとグスタフは思う。

「ですが、話はそう簡単にはいきません。宰相のライマン様は陛下の母ディアナ妃殿下の信頼厚く、宮廷での権力は比類ないものです。ですが、妃殿下以外に大きな後ろ盾を持たないのです。しかも反感を持つ者も少なくないのです。彼らはライマンを批判しました。息子がレームブルック公爵の次女エリーゼ様と婚約しているから、レームブルック公爵を支持しているのだと」

 エリーゼは20歳。数年前までは毎年夏に公爵領に来ていた。アデリナ所生の娘である。無論、グスタフとは交流はない。グスタフは顔も覚えていない。

「つまり己の権力欲のために支持しているということか」
「はい。さらにはディアナ妃殿下も難色を示されました。妃殿下は元は男爵家の出で、オイゲン陛下の妹のアデリナ様とはそりが合わないのです。愛妾の身でありながら、オイゲン陛下と正式な結婚をしたというのも、アデリナ様はお気に召さぬとか」

 前王オイゲンは最初の妻を病で、次の妻を産褥熱で失っている。子どものいなかった王は生まれる子どもを是非とも世継ぎにしたいと身重となった愛妾のディアナを妃としたのだった。

「女というのはそりが合わぬからと世継ぎのことに口出しするのか」
「皆が皆、そうとは限りません。ディアナ妃殿下はたまたまそういう御方なのです。気に入らぬ女の子がいずれ王になるというのは気分がよくないのでしょう。王の母の権力の味は忘れられるものではないですから」
「それでライマンは?」
「結局ライマン宰相はシュターデン公爵のほうがお若いからと、そちらに乗り換えました」

 いやはや変わり身の早いことである。ディアナ妃殿下の後ろ盾はそれほど大きいのだろう。

「父上はどう思っておられるのだ?」
「レームブルック公爵御自身は王になる野心はお持ちではありません。シュターデン公爵が後継者になることに反対しておりません」
「姉さん、どうしてそんなことがわかるんだ?」

 それまで黙っていたエルンストの問いにノーラは微笑んだ。

「そういう話はいろいろと入ってくるのよ、ゴルトベルガーともなればね。商人にとって情報は大事なものの一つだから」
「金が一番大事なのではないのか」

 グスタフには不思議でならなかった。

「勿論、お金は大事です。でも、お金を貸すか貸さないか決める時は情報を参考にするのです。借金を返してもらわないとこちらも共倒れになりますから」

 ノーラは話を元に戻しましょうと言って続けた。

「ライマンはディアナ妃殿下の後ろ盾を失うことなく、批判をかわしました。ところが、十二月になって事が起きました。シュターデン公爵が狩猟中に銃の暴発で下半身に大怪我を負ったのです。日頃から狩猟好きで銃の手入れを怠らぬ公爵には考えられぬ事故だということで、何かの陰謀ではないかと囁かれています」

 狩猟の好きなグスタフにもわかる話だった。自分が使う銃の手入れは人任せにはできない。自分で手入れをする。事故が起きぬように念入りに。陰謀という噂が立つのも当然だろう。

「公爵は結婚しておらず子どももいません。妹のアレクサンドラ様は宮殿に女官として仕えていて結婚していません。これでシュターデン公爵家が王位に就く可能性はなくなりました」
「つまり父上か」
「いえ、先ほども申し上げたように公爵御自身には野心はありません。むしろ、アデリナ様のほうが野心をお持ちです。長男のゲオルグ様を王位にと密かに動いておいでです」

 グスタフは黄色いバラの刺繍のハンカチーフを思い出した。アデリナはシュターデン公爵の事故に関与しているのではないか。母を憎むあまり自分のことを嫌い刺客を差し向けるのだからあり得ない話ではない。
 だが、今はそれよりもノーラの話だ。刺客の件は後でゆっくりと話せばいい。

「では兄上が次の国王か」
「それがそうもいかぬようで。ディアナ様がまたも横槍を入れたのです」

 ノーラの口調にはどこか冷やかなものがあった。 


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