8 / 39
08 二つの公爵家
しおりを挟む
レームブルック公爵家、シュターデン公爵家、この二つの公爵家は三代前の王の息子たちを始祖とする公爵家である。他にも歴代の王子を始祖とする公爵家はあった。だが跡継ぎの不在、王への造反といった理由で絶家になっている。
グスタフはレームブルック公爵家の妾腹の五男である。正式な結婚をした妻との間の子ではないので、王位継承者にはなれない。いわば傍観者的な立場である。
だが、ノーラの話はグスタフを震撼させた。
「シュターデン公爵は27歳。二年前に父親の死亡によって公爵家を継承した。母親は伯爵家の出身。かたやレームブルック公爵家の当主カール様は59歳。どちらが継承者にふさわしいと思われますか」
「レームブルックは第三王子の子孫、シュターデンは第四王子の子孫、優先されるのは第三王子の子孫レームブルックだろう」
父が王になるというのがいまいち実感がないが、法で決まっているのだからレームブルックが継承者だろうとグスタフは思う。
「はい。公爵様の妻アデリナ様は前国王オイゲン陛下の妹。つまり今の陛下の叔母上。公爵様とアデリナ様の御子は陛下の従兄に当たり血筋から言ってもレームブルック公爵がふさわしいと、宰相ライマン様ら多くの方が考えておりました」
ならば話はそれで終わりだろうとグスタフは思う。
「ですが、話はそう簡単にはいきません。宰相のライマン様は陛下の母ディアナ妃殿下の信頼厚く、宮廷での権力は比類ないものです。ですが、妃殿下以外に大きな後ろ盾を持たないのです。しかも反感を持つ者も少なくないのです。彼らはライマンを批判しました。息子がレームブルック公爵の次女エリーゼ様と婚約しているから、レームブルック公爵を支持しているのだと」
エリーゼは20歳。数年前までは毎年夏に公爵領に来ていた。アデリナ所生の娘である。無論、グスタフとは交流はない。グスタフは顔も覚えていない。
「つまり己の権力欲のために支持しているということか」
「はい。さらにはディアナ妃殿下も難色を示されました。妃殿下は元は男爵家の出で、オイゲン陛下の妹のアデリナ様とはそりが合わないのです。愛妾の身でありながら、オイゲン陛下と正式な結婚をしたというのも、アデリナ様はお気に召さぬとか」
前王オイゲンは最初の妻を病で、次の妻を産褥熱で失っている。子どものいなかった王は生まれる子どもを是非とも世継ぎにしたいと身重となった愛妾のディアナを妃としたのだった。
「女というのはそりが合わぬからと世継ぎのことに口出しするのか」
「皆が皆、そうとは限りません。ディアナ妃殿下はたまたまそういう御方なのです。気に入らぬ女の子がいずれ王になるというのは気分がよくないのでしょう。王の母の権力の味は忘れられるものではないですから」
「それでライマンは?」
「結局ライマン宰相はシュターデン公爵のほうがお若いからと、そちらに乗り換えました」
いやはや変わり身の早いことである。ディアナ妃殿下の後ろ盾はそれほど大きいのだろう。
「父上はどう思っておられるのだ?」
「レームブルック公爵御自身は王になる野心はお持ちではありません。シュターデン公爵が後継者になることに反対しておりません」
「姉さん、どうしてそんなことがわかるんだ?」
それまで黙っていたエルンストの問いにノーラは微笑んだ。
「そういう話はいろいろと入ってくるのよ、ゴルトベルガーともなればね。商人にとって情報は大事なものの一つだから」
「金が一番大事なのではないのか」
グスタフには不思議でならなかった。
「勿論、お金は大事です。でも、お金を貸すか貸さないか決める時は情報を参考にするのです。借金を返してもらわないとこちらも共倒れになりますから」
ノーラは話を元に戻しましょうと言って続けた。
「ライマンはディアナ妃殿下の後ろ盾を失うことなく、批判をかわしました。ところが、十二月になって事が起きました。シュターデン公爵が狩猟中に銃の暴発で下半身に大怪我を負ったのです。日頃から狩猟好きで銃の手入れを怠らぬ公爵には考えられぬ事故だということで、何かの陰謀ではないかと囁かれています」
狩猟の好きなグスタフにもわかる話だった。自分が使う銃の手入れは人任せにはできない。自分で手入れをする。事故が起きぬように念入りに。陰謀という噂が立つのも当然だろう。
「公爵は結婚しておらず子どももいません。妹のアレクサンドラ様は宮殿に女官として仕えていて結婚していません。これでシュターデン公爵家が王位に就く可能性はなくなりました」
「つまり父上か」
「いえ、先ほども申し上げたように公爵御自身には野心はありません。むしろ、アデリナ様のほうが野心をお持ちです。長男のゲオルグ様を王位にと密かに動いておいでです」
グスタフは黄色いバラの刺繍のハンカチーフを思い出した。アデリナはシュターデン公爵の事故に関与しているのではないか。母を憎むあまり自分のことを嫌い刺客を差し向けるのだからあり得ない話ではない。
だが、今はそれよりもノーラの話だ。刺客の件は後でゆっくりと話せばいい。
「では兄上が次の国王か」
「それがそうもいかぬようで。ディアナ様がまたも横槍を入れたのです」
ノーラの口調にはどこか冷やかなものがあった。
グスタフはレームブルック公爵家の妾腹の五男である。正式な結婚をした妻との間の子ではないので、王位継承者にはなれない。いわば傍観者的な立場である。
だが、ノーラの話はグスタフを震撼させた。
「シュターデン公爵は27歳。二年前に父親の死亡によって公爵家を継承した。母親は伯爵家の出身。かたやレームブルック公爵家の当主カール様は59歳。どちらが継承者にふさわしいと思われますか」
「レームブルックは第三王子の子孫、シュターデンは第四王子の子孫、優先されるのは第三王子の子孫レームブルックだろう」
父が王になるというのがいまいち実感がないが、法で決まっているのだからレームブルックが継承者だろうとグスタフは思う。
「はい。公爵様の妻アデリナ様は前国王オイゲン陛下の妹。つまり今の陛下の叔母上。公爵様とアデリナ様の御子は陛下の従兄に当たり血筋から言ってもレームブルック公爵がふさわしいと、宰相ライマン様ら多くの方が考えておりました」
ならば話はそれで終わりだろうとグスタフは思う。
「ですが、話はそう簡単にはいきません。宰相のライマン様は陛下の母ディアナ妃殿下の信頼厚く、宮廷での権力は比類ないものです。ですが、妃殿下以外に大きな後ろ盾を持たないのです。しかも反感を持つ者も少なくないのです。彼らはライマンを批判しました。息子がレームブルック公爵の次女エリーゼ様と婚約しているから、レームブルック公爵を支持しているのだと」
エリーゼは20歳。数年前までは毎年夏に公爵領に来ていた。アデリナ所生の娘である。無論、グスタフとは交流はない。グスタフは顔も覚えていない。
「つまり己の権力欲のために支持しているということか」
「はい。さらにはディアナ妃殿下も難色を示されました。妃殿下は元は男爵家の出で、オイゲン陛下の妹のアデリナ様とはそりが合わないのです。愛妾の身でありながら、オイゲン陛下と正式な結婚をしたというのも、アデリナ様はお気に召さぬとか」
前王オイゲンは最初の妻を病で、次の妻を産褥熱で失っている。子どものいなかった王は生まれる子どもを是非とも世継ぎにしたいと身重となった愛妾のディアナを妃としたのだった。
「女というのはそりが合わぬからと世継ぎのことに口出しするのか」
「皆が皆、そうとは限りません。ディアナ妃殿下はたまたまそういう御方なのです。気に入らぬ女の子がいずれ王になるというのは気分がよくないのでしょう。王の母の権力の味は忘れられるものではないですから」
「それでライマンは?」
「結局ライマン宰相はシュターデン公爵のほうがお若いからと、そちらに乗り換えました」
いやはや変わり身の早いことである。ディアナ妃殿下の後ろ盾はそれほど大きいのだろう。
「父上はどう思っておられるのだ?」
「レームブルック公爵御自身は王になる野心はお持ちではありません。シュターデン公爵が後継者になることに反対しておりません」
「姉さん、どうしてそんなことがわかるんだ?」
それまで黙っていたエルンストの問いにノーラは微笑んだ。
「そういう話はいろいろと入ってくるのよ、ゴルトベルガーともなればね。商人にとって情報は大事なものの一つだから」
「金が一番大事なのではないのか」
グスタフには不思議でならなかった。
「勿論、お金は大事です。でも、お金を貸すか貸さないか決める時は情報を参考にするのです。借金を返してもらわないとこちらも共倒れになりますから」
ノーラは話を元に戻しましょうと言って続けた。
「ライマンはディアナ妃殿下の後ろ盾を失うことなく、批判をかわしました。ところが、十二月になって事が起きました。シュターデン公爵が狩猟中に銃の暴発で下半身に大怪我を負ったのです。日頃から狩猟好きで銃の手入れを怠らぬ公爵には考えられぬ事故だということで、何かの陰謀ではないかと囁かれています」
狩猟の好きなグスタフにもわかる話だった。自分が使う銃の手入れは人任せにはできない。自分で手入れをする。事故が起きぬように念入りに。陰謀という噂が立つのも当然だろう。
「公爵は結婚しておらず子どももいません。妹のアレクサンドラ様は宮殿に女官として仕えていて結婚していません。これでシュターデン公爵家が王位に就く可能性はなくなりました」
「つまり父上か」
「いえ、先ほども申し上げたように公爵御自身には野心はありません。むしろ、アデリナ様のほうが野心をお持ちです。長男のゲオルグ様を王位にと密かに動いておいでです」
グスタフは黄色いバラの刺繍のハンカチーフを思い出した。アデリナはシュターデン公爵の事故に関与しているのではないか。母を憎むあまり自分のことを嫌い刺客を差し向けるのだからあり得ない話ではない。
だが、今はそれよりもノーラの話だ。刺客の件は後でゆっくりと話せばいい。
「では兄上が次の国王か」
「それがそうもいかぬようで。ディアナ様がまたも横槍を入れたのです」
ノーラの口調にはどこか冷やかなものがあった。
97
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
【番】の意味を考えるべきである
ゆい
BL
「貴方は私の番だ!」
獣人はそう言って、旦那様を後ろからギュッと抱きしめる。
「ああ!旦那様を離してください!」
私は慌ててそう言った。
【番】がテーマですが、オメガバースの話ではありません。
男女いる世界です。獣人が出てきます。同性婚も認められています。
思いつきで書いておりますので、読みにくい部分があるかもしれません。
楽しんでいただけたら、幸いです。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。
BBやっこ
BL
実家は商家。
3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。
趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。
そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。
そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる