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06 友に捧げる歌
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翌朝もエルンストは眠ったままだった。夜と朝方に薬をグスタフが口移しで飲ませたものの、病状はいっこうによくならなかった。往診に来た医者も頭を抱えていた。
「口から食べ物をとれないと、いくら薬を飲んでも身体がもちません。毒を身体から完全に出すには熱を出して汗をかかねばなりません。ですが、食べ物をとらないと熱は出ません。このまま眠ったままで、何も食べなければ毒は完全に消えません。何より、飢えて死んでしまいます」
「目覚めさせる薬はないのか」
グスタフの問いに医者は薬はないと答えた。だが、グスタフには諦めきれなかった。医者はグスタフの表情から思いを汲みある方法を提言した。
「薬を使わぬ方法もあります」
医者の言葉に、グスタフは目を輝かせた。
「どんな方法だ」
「数年前、村で倒れた老人がおりました。皆このまま死んでしまうものと思っておりましたが、妻が枕元で一昼夜語り掛け歌を唄ったところ、目覚めました。老人は妻に呼ばれたおかげで、死の国へ行かずにすんだと言っておりました」
エルンストには妻はいない。肩を落とすグスタフに医者は付け加えた。
「妻でなくともよいのです。家族や親しい者の声が聞えれば」
ならば、自分でもよいのではないか。エルンストの母親は息子の看病で疲れ切って、今は自室で仮眠をとっている。彼女をこれ以上疲労させるわけにはいかない。だが、グスタフには体力がある。
「よし、わかった。俺がやる」
「若様、大声は出さなくとも大丈夫です。枕元でエルンストに聞こえる声であればよろしいのです」
医者はグスタフの声の大きさを知っていた。医者の話のせいで睡眠不足になったと館の者たちに苦情を言われたくなかった。
「ただ、必ず起きるとは限りません。家族に声を掛けられても息を吹き返さぬ者のほうが多いのです」
「エルンストなら必ず目覚める。あいつが俺を置いてあの世に行くはずがないんだ」
そう言うと、グスタフは枕元に立った。
「エルンスト、わかるか、俺だ、起きるんだ。俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
寝室を出た医者はため息をついた。やはり声が大きい。館を出る時には村の収獲祭の歌が聞こえてきた。結果がどうであれ、今度館に来た時には館の皆からの苦情を覚悟せねばならぬだろう。
「……ヤッホホホ ハイハイホー おいらは森番 森守る 密猟者を捕まえる ヤッホホホ ハイハイホー♪」
森番の唄が聞こえた。ここはどこだろう。森の中だろうか。エルンストはゆっくりと目を開けた。暗い。だが、光が見える。ランプの光らしい。歌は相変わらず続いている。声がしわがれている。老人だろうか。どこの山小屋の森番だろうか。いや、違う。この声は……。
「グスタフ?」
自分でも驚くほど小さな声しか出なかった。歌が途切れた。
「エルンスト!」
すっかり涸れてしまった声とともに、目の前にグスタフの白い顔が現われた。目が充血しているのが気になった。
「目が覚めたんだな。よかった。水を飲め。粥の用意をさせるから」
エルンストにはまだ事態が呑み込めなかった。ここはどこなのか、どうして自分は眠っていたのか、何より、グスタフがどうして唄っていたのか。
不意に右腕に痛みが走った。思い出した。冬至の祭の後、暴漢に襲われたことを。不覚だった。グスタフを守るべき自分が先に斬られてしまうとは。
「グスタフさま、御無事だったのですね。よかった」
グスタフが無事だった。それだけでエルンストは満足だった。自分の怪我など大したことはない。
「話はいい。とにかく今は食べて休むんだ」
グスタフはそう言うと、隣室に控えている乳母ハンナを呼んだ。乳母は意識を取り戻したエルンストを見て、狂喜した。
執事をはじめとする館の使用人たちも安堵した。昨夜から丸一日続いたグスタフの声がやっと静まるのだから。これで今夜は安眠できる。
「口から食べ物をとれないと、いくら薬を飲んでも身体がもちません。毒を身体から完全に出すには熱を出して汗をかかねばなりません。ですが、食べ物をとらないと熱は出ません。このまま眠ったままで、何も食べなければ毒は完全に消えません。何より、飢えて死んでしまいます」
「目覚めさせる薬はないのか」
グスタフの問いに医者は薬はないと答えた。だが、グスタフには諦めきれなかった。医者はグスタフの表情から思いを汲みある方法を提言した。
「薬を使わぬ方法もあります」
医者の言葉に、グスタフは目を輝かせた。
「どんな方法だ」
「数年前、村で倒れた老人がおりました。皆このまま死んでしまうものと思っておりましたが、妻が枕元で一昼夜語り掛け歌を唄ったところ、目覚めました。老人は妻に呼ばれたおかげで、死の国へ行かずにすんだと言っておりました」
エルンストには妻はいない。肩を落とすグスタフに医者は付け加えた。
「妻でなくともよいのです。家族や親しい者の声が聞えれば」
ならば、自分でもよいのではないか。エルンストの母親は息子の看病で疲れ切って、今は自室で仮眠をとっている。彼女をこれ以上疲労させるわけにはいかない。だが、グスタフには体力がある。
「よし、わかった。俺がやる」
「若様、大声は出さなくとも大丈夫です。枕元でエルンストに聞こえる声であればよろしいのです」
医者はグスタフの声の大きさを知っていた。医者の話のせいで睡眠不足になったと館の者たちに苦情を言われたくなかった。
「ただ、必ず起きるとは限りません。家族に声を掛けられても息を吹き返さぬ者のほうが多いのです」
「エルンストなら必ず目覚める。あいつが俺を置いてあの世に行くはずがないんだ」
そう言うと、グスタフは枕元に立った。
「エルンスト、わかるか、俺だ、起きるんだ。俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
寝室を出た医者はため息をついた。やはり声が大きい。館を出る時には村の収獲祭の歌が聞こえてきた。結果がどうであれ、今度館に来た時には館の皆からの苦情を覚悟せねばならぬだろう。
「……ヤッホホホ ハイハイホー おいらは森番 森守る 密猟者を捕まえる ヤッホホホ ハイハイホー♪」
森番の唄が聞こえた。ここはどこだろう。森の中だろうか。エルンストはゆっくりと目を開けた。暗い。だが、光が見える。ランプの光らしい。歌は相変わらず続いている。声がしわがれている。老人だろうか。どこの山小屋の森番だろうか。いや、違う。この声は……。
「グスタフ?」
自分でも驚くほど小さな声しか出なかった。歌が途切れた。
「エルンスト!」
すっかり涸れてしまった声とともに、目の前にグスタフの白い顔が現われた。目が充血しているのが気になった。
「目が覚めたんだな。よかった。水を飲め。粥の用意をさせるから」
エルンストにはまだ事態が呑み込めなかった。ここはどこなのか、どうして自分は眠っていたのか、何より、グスタフがどうして唄っていたのか。
不意に右腕に痛みが走った。思い出した。冬至の祭の後、暴漢に襲われたことを。不覚だった。グスタフを守るべき自分が先に斬られてしまうとは。
「グスタフさま、御無事だったのですね。よかった」
グスタフが無事だった。それだけでエルンストは満足だった。自分の怪我など大したことはない。
「話はいい。とにかく今は食べて休むんだ」
グスタフはそう言うと、隣室に控えている乳母ハンナを呼んだ。乳母は意識を取り戻したエルンストを見て、狂喜した。
執事をはじめとする館の使用人たちも安堵した。昨夜から丸一日続いたグスタフの声がやっと静まるのだから。これで今夜は安眠できる。
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