4 / 39
04 友の命は俺が助ける
しおりを挟む
ふだん意識することはないが、エルンストはグスタフにとってかけがえのない存在だった。
子どもの頃に村の子どもと喧嘩をしたことがあった。喧嘩の理由は忘れたので他愛もないことがきっかけだったのだろう。グスタフは一人で三人の子どもに向かった。どこで聞きつけたのか、そこへエルンストがやって来て喧嘩を止めようとしたが、止めて止まるようなものでもなくエルンストも巻き込まれた。
その時、相手の村一番の暴れん坊がエルンストの額に石を投げた。額から血を流したエルンストを見てグスタフは逆上した。
「決闘だ!」
「望むところだ」
売り言葉に買い言葉でその場で一対一の喧嘩になった。グスタフは三つ年上の暴れん坊に一切遠慮せずにぶつかった。突き倒し、力任せに腕をひねり上げた。暴れん坊はいてえと叫んで泣き出した。喧嘩はそれで終わった。
額に怪我をしたエルンストと屋敷に戻って乳母に事情を話すと大騒ぎになった。執事は暴れん坊の家に行き相当な額の見舞い金を渡した。後で聞くと腕が折れていたらしい。グスタフは乳母に叱られた。
「エルンストが怪我をしたからといって若様が仇をとる必要はないのです。それがエルンストの仕事なのですから」
納得できなかった。エルンストを家来だと思ったことはない。彼は兄弟であり友でもある、かけがえのない存在だった。
あの時と同じ衝動が彼の身体にみなぎっていた。
グスタフはエルンストにとどめをさそうとしている男の気配を暗闇で察知するや、背後から一撃を加えた。手ごたえがあった。恐らく骨に当たったはず。
獣めいた声を上げて、男がどすんと倒れた。
そこへ灯火と足音が近づいてきた。
「グスタフ!」
「大丈夫か!」
村の広場にいた若者たちが数人、たいまつをかかげて走って来た。彼らは独り身の男同士、別の場所で飲もうと広場を離れたが、街道を先に歩くグスタフたちのランタンの灯火が消え、何やら不穏な金属音がするので、駆けて来たのだった。
彼らは血塗れで倒れている見た事のない男二人に息を呑んだ。グスタフは叫んだ。
「エルンストが斬られた。屋敷に」
グスタフがひざまずく傍に倒れているエルンストは苦し気に呻いていた。
若者達は一大事とばかりに寒さよけのマントを脱いで、その上にエルンストを寝かせ館へと運んだ。別の若者は他の村人を呼んで、不審な男二人の死体を村の役人のところに運ばせた。
館は大騒ぎになった。グスタフはエルンストを自分の寝室に運ぶように指示した。すぐに医者が呼ばれ、エルンストの腕の怪我の手当てがされた。
医者は傷は浅いが剣に毒物が塗られていたようで、もし毒がまわればもたぬかもしれぬと言った。とりあえず手元にある解毒薬を塗ったが有効かどうかわからぬので、隣の伯爵領にいる医師からもっと強い薬を融通してもらうとも言った。
乳母のハンナは息子の一大事に気丈な態度で臨んだ。
「グスタフ様を守るために息子は戦ったのです。これで命を失うのは本望」
だが、それはグスタフの望むところではない。エルンストは生まれた時からともにいて兄弟のように育ち、友人でもあった。かけがえのない者なのだ。
「では、俺が馬で伯爵領に行き、薬を取ってこよう」
老いた医師の足では伯爵領に行って戻ってくるまで三日はかかる。馬車を使ってもまる一日。だが、愛馬のテオならば半日、今から行けば明日の昼には戻ってこれる。
館の管理一切を引き受けている執事のバックハウスはとんでもないことと止めた。公爵の息子が乳兄弟を自分の寝室に寝かせること自体ありえない話なのだ。ましてや、薬を取りに行くなど。
「俺は男として、かけがえのない友のために行くのだ。身分など関係ない」
医者から書いてもらった手紙を懐に、グスタフは厩に走ると自らテオに鞍をつけ跨った。
引き留めようと追いかける下男たちに構わずグスタフは叫んだ。
「エルンスト、待っていろ! 必ず助けてやる」
その頃、斬り合いのあった現場に戻って来た村の若者は男が倒れていた場所に不似合な絹のハンカチーフを見つけた。黄色いバラの刺繍を見た若者はこれと同じものを今年の夏に見たことを思い出し震えた。無論、寒さのためだけではない。
子どもの頃に村の子どもと喧嘩をしたことがあった。喧嘩の理由は忘れたので他愛もないことがきっかけだったのだろう。グスタフは一人で三人の子どもに向かった。どこで聞きつけたのか、そこへエルンストがやって来て喧嘩を止めようとしたが、止めて止まるようなものでもなくエルンストも巻き込まれた。
その時、相手の村一番の暴れん坊がエルンストの額に石を投げた。額から血を流したエルンストを見てグスタフは逆上した。
「決闘だ!」
「望むところだ」
売り言葉に買い言葉でその場で一対一の喧嘩になった。グスタフは三つ年上の暴れん坊に一切遠慮せずにぶつかった。突き倒し、力任せに腕をひねり上げた。暴れん坊はいてえと叫んで泣き出した。喧嘩はそれで終わった。
額に怪我をしたエルンストと屋敷に戻って乳母に事情を話すと大騒ぎになった。執事は暴れん坊の家に行き相当な額の見舞い金を渡した。後で聞くと腕が折れていたらしい。グスタフは乳母に叱られた。
「エルンストが怪我をしたからといって若様が仇をとる必要はないのです。それがエルンストの仕事なのですから」
納得できなかった。エルンストを家来だと思ったことはない。彼は兄弟であり友でもある、かけがえのない存在だった。
あの時と同じ衝動が彼の身体にみなぎっていた。
グスタフはエルンストにとどめをさそうとしている男の気配を暗闇で察知するや、背後から一撃を加えた。手ごたえがあった。恐らく骨に当たったはず。
獣めいた声を上げて、男がどすんと倒れた。
そこへ灯火と足音が近づいてきた。
「グスタフ!」
「大丈夫か!」
村の広場にいた若者たちが数人、たいまつをかかげて走って来た。彼らは独り身の男同士、別の場所で飲もうと広場を離れたが、街道を先に歩くグスタフたちのランタンの灯火が消え、何やら不穏な金属音がするので、駆けて来たのだった。
彼らは血塗れで倒れている見た事のない男二人に息を呑んだ。グスタフは叫んだ。
「エルンストが斬られた。屋敷に」
グスタフがひざまずく傍に倒れているエルンストは苦し気に呻いていた。
若者達は一大事とばかりに寒さよけのマントを脱いで、その上にエルンストを寝かせ館へと運んだ。別の若者は他の村人を呼んで、不審な男二人の死体を村の役人のところに運ばせた。
館は大騒ぎになった。グスタフはエルンストを自分の寝室に運ぶように指示した。すぐに医者が呼ばれ、エルンストの腕の怪我の手当てがされた。
医者は傷は浅いが剣に毒物が塗られていたようで、もし毒がまわればもたぬかもしれぬと言った。とりあえず手元にある解毒薬を塗ったが有効かどうかわからぬので、隣の伯爵領にいる医師からもっと強い薬を融通してもらうとも言った。
乳母のハンナは息子の一大事に気丈な態度で臨んだ。
「グスタフ様を守るために息子は戦ったのです。これで命を失うのは本望」
だが、それはグスタフの望むところではない。エルンストは生まれた時からともにいて兄弟のように育ち、友人でもあった。かけがえのない者なのだ。
「では、俺が馬で伯爵領に行き、薬を取ってこよう」
老いた医師の足では伯爵領に行って戻ってくるまで三日はかかる。馬車を使ってもまる一日。だが、愛馬のテオならば半日、今から行けば明日の昼には戻ってこれる。
館の管理一切を引き受けている執事のバックハウスはとんでもないことと止めた。公爵の息子が乳兄弟を自分の寝室に寝かせること自体ありえない話なのだ。ましてや、薬を取りに行くなど。
「俺は男として、かけがえのない友のために行くのだ。身分など関係ない」
医者から書いてもらった手紙を懐に、グスタフは厩に走ると自らテオに鞍をつけ跨った。
引き留めようと追いかける下男たちに構わずグスタフは叫んだ。
「エルンスト、待っていろ! 必ず助けてやる」
その頃、斬り合いのあった現場に戻って来た村の若者は男が倒れていた場所に不似合な絹のハンカチーフを見つけた。黄色いバラの刺繍を見た若者はこれと同じものを今年の夏に見たことを思い出し震えた。無論、寒さのためだけではない。
210
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。


俺の婚約者は悪役令息ですか?
SEKISUI
BL
結婚まで後1年
女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン
ウルフローレンをこよなく愛する婚約者
ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい
そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる