3 / 39
03 冬至の祭り
しおりを挟む
一年の終わりを前にした冬至の祭。
貴族と名の付く者たちは皆都で、王とともに冬至を祝う。
グスタフはレームブルックにいた。誰からも呼ばれないからである。
彼は毎年、領民らとともに村の広場で行われる冬至の祭に参加する。
大勢の領民が広場に作られた薪の山のまわりに集まり、火を燃やし、歌い踊り、酒を酌み交わし、肉を食らうというどこにでもあるとりたてて珍しくもない祭だが、人々にとっては年に一度の楽しみだった。なにしろ、酒と肉は領主様から提供されるのだから。
グスタフは乳兄弟のエルンストとともに村の広場で焚火から少し離れた場所に座り肉を食っていた。無論、領民と同じような上着とズボン姿である。いかにも貴族様でございという恰好でうろつくと浮いて見えるし、楽しめない。
領民たちは品のいい顔立ちのグスタフと凛々しいエルンストに気付いている。だが、誰も若様、エルンスト様とは話しかけない。まるで仲間のように接する。
「猪の肉、ありがとよ」
「じいさん、味はどうだった?」
「まだだ。この前塩漬けにした。冬の間に少しずついただくとするよ」
「そいつはいいな。スープにすると旨いもんな」
老人だけではない。若者も来る。
「この前教えてくれた配合の肥料、北の畑だと効き目が悪いんだが。隣のエルザばあさんのところは効いてるのにな。同じ芋でも大きさが違うんだ」
「北の畑ってザルツ山の麓だよな」
「ああ」
「あそこはエルザばあさんの畑と少し地質が違うから、リンを少な目にしたほうがいい。半分でいい」
グスタフは農民の相談にも乗る。
以前グスタフは親しくしている農民が収獲が増えぬことに悩んでいることを知り、エルンストに相談した。エルンストは都で働く姉に頼んで数冊の農業書を手に入れた。それを読んで勉強したグスタフは農民に教えていたのである。グスタフにしてみれば、困った者を見過ごせないだけなのだが、農民たちにとっては画期的なことだった。これまで領主やその一族が領民の話を聞き、それに対して直接知恵を授けてくれることなどなかったのだ。そもそも領主一家が領地に戻って来るのは夏の一か月ほどで、その間近隣の貴族を招いてキツネ狩りをしたり、パーティをしたりで、農民の話などろくに聞いてもらえなかった。この数年は豊作が続いているからなおさらである。
グスタフを遠目に見ながら若い領民の一人が呟いた。
「あの方が若殿様であればなあ」
「おい、めったなことは言うもんじゃねえ」
そばで老人がたしなめた。だが、周囲の者達は若者に同意していた。ほとんど姿を見たこともない公爵家の長男ゲオルグより、いつも一緒に狩りをし野良作業を手伝うグスタフのほうに皆親しみを感じていた。
一方、グスタフの前には若い男女がやって来た。先ほどまで踊っていたためか、二人は頬を赤く染めていた。
「この前の狩りではお世話になりました」
若い男はアロイスといい隣の村の村長の跡取りである。森の生き物に詳しいので、狩りの時は案内をしてもらっている。
「こっちこそ、助かった。おかげで獲物がたんまりだ」
「そんな。あの時、若様が助けてくださらなければ」
アロイスは先日の狩りで危うく猪に突撃されそうになったところを、グスタフに助けられていた。グスタフは銃のストックで猪の頭を叩き仕留めてしまったのだ。
「おかげさまで、年が明けたら結婚することができます」
隣の娘がいっそう頬を赤らめた。グスタフは幸せな二人を祝福した。
「おめでとう。よかったな。それじゃお祝いを送ろう。アロイスと、名前はなんだっけ」
「エルマです」
「わかった」
グスタフには望んでも得られそうもない幸せだった。それでいいのだ。生母以外にまともに愛情を注いでくれたのは乳母や乳兄弟のエルンストだけだった。父は妻への遠慮からグスタフへの愛情を密やかにしか表せない。世間一般の親の情を知らない自分が人を愛するなどできるはずもないし、愛してくれる人がいるはずもない。グスタフはあきらめるのに慣れていた。
夜も更けてきた。グスタフはエルンストとともに広場を離れた。後は村人だけの祭だ。領主一族は邪魔なだけだ。
周囲の森を抜け、街道に出た。あと数マイルで館という人気のない場所で、不意に周囲に不穏な気配を感じた。けものではない。エルンストはランタンを吹き消しその場に投げ、剣の柄に手をかけた。グスタフも護身用の短剣に手をかけた。
背後からそれは来た。グスタフはさっとよけ、左手につかんだ剣の鞘でそれを受けた。が、鞘は見事に輪切りにされた。
「こやつ、できる」
グスタフの声を聞くまでもなく、エルンストも動いていた。彼の前には別の男が立ちはだかり、刃を向けていた。どうやら暴漢は二人いるらしい。
あきらめが早いとはいえ、生きることはまだあきらめきれない。自分の身を守らねばならぬと悟ったグスタフは暗闇の中で、感覚を研ぎ澄ます。どこから攻めるのか、どういう手でくるのか。
何の掛け声も発することなく、相手は向かってきた。グスタフは右手につかんだ短剣で辛うじて受け止めた。
相手の息に乱れはない。相当な手練れのようだった。
エルンストも苦戦していた。相手の攻めをかわすので精一杯だった。
いったんグスタフは背後に下がった。相手は長い剣の先をグスタフに向けた。いまだと、グスタフは身体ごと男の懐に入った。相手は思いもかけぬ先制にうろたえた。その隙に思いっきり、顎に拳をくらわせた。
ぐぉという叫びとともに男はのけぞった。グスタフは力ずくで剣を奪い取ると、男の腕に切りつけた。男はその場に倒れて呻いていたが、無事なほうの腕で懐から何やら粒を取り出すとそれを口に含んで呑み込んだ。たちまちのうちに男は血を吐いて絶命した。
その有様を見届けることなくグスタフは急いでエルンストの加勢に向かった。が、すでにエルンストはどこかを切りつけられたらしく、息が荒い。どさりと倒れる音がした。
「なんだと!」
煮えたぎるような怒りがグスタフの腹から全身に広がった。俺の大事なエルンストに何を。
貴族と名の付く者たちは皆都で、王とともに冬至を祝う。
グスタフはレームブルックにいた。誰からも呼ばれないからである。
彼は毎年、領民らとともに村の広場で行われる冬至の祭に参加する。
大勢の領民が広場に作られた薪の山のまわりに集まり、火を燃やし、歌い踊り、酒を酌み交わし、肉を食らうというどこにでもあるとりたてて珍しくもない祭だが、人々にとっては年に一度の楽しみだった。なにしろ、酒と肉は領主様から提供されるのだから。
グスタフは乳兄弟のエルンストとともに村の広場で焚火から少し離れた場所に座り肉を食っていた。無論、領民と同じような上着とズボン姿である。いかにも貴族様でございという恰好でうろつくと浮いて見えるし、楽しめない。
領民たちは品のいい顔立ちのグスタフと凛々しいエルンストに気付いている。だが、誰も若様、エルンスト様とは話しかけない。まるで仲間のように接する。
「猪の肉、ありがとよ」
「じいさん、味はどうだった?」
「まだだ。この前塩漬けにした。冬の間に少しずついただくとするよ」
「そいつはいいな。スープにすると旨いもんな」
老人だけではない。若者も来る。
「この前教えてくれた配合の肥料、北の畑だと効き目が悪いんだが。隣のエルザばあさんのところは効いてるのにな。同じ芋でも大きさが違うんだ」
「北の畑ってザルツ山の麓だよな」
「ああ」
「あそこはエルザばあさんの畑と少し地質が違うから、リンを少な目にしたほうがいい。半分でいい」
グスタフは農民の相談にも乗る。
以前グスタフは親しくしている農民が収獲が増えぬことに悩んでいることを知り、エルンストに相談した。エルンストは都で働く姉に頼んで数冊の農業書を手に入れた。それを読んで勉強したグスタフは農民に教えていたのである。グスタフにしてみれば、困った者を見過ごせないだけなのだが、農民たちにとっては画期的なことだった。これまで領主やその一族が領民の話を聞き、それに対して直接知恵を授けてくれることなどなかったのだ。そもそも領主一家が領地に戻って来るのは夏の一か月ほどで、その間近隣の貴族を招いてキツネ狩りをしたり、パーティをしたりで、農民の話などろくに聞いてもらえなかった。この数年は豊作が続いているからなおさらである。
グスタフを遠目に見ながら若い領民の一人が呟いた。
「あの方が若殿様であればなあ」
「おい、めったなことは言うもんじゃねえ」
そばで老人がたしなめた。だが、周囲の者達は若者に同意していた。ほとんど姿を見たこともない公爵家の長男ゲオルグより、いつも一緒に狩りをし野良作業を手伝うグスタフのほうに皆親しみを感じていた。
一方、グスタフの前には若い男女がやって来た。先ほどまで踊っていたためか、二人は頬を赤く染めていた。
「この前の狩りではお世話になりました」
若い男はアロイスといい隣の村の村長の跡取りである。森の生き物に詳しいので、狩りの時は案内をしてもらっている。
「こっちこそ、助かった。おかげで獲物がたんまりだ」
「そんな。あの時、若様が助けてくださらなければ」
アロイスは先日の狩りで危うく猪に突撃されそうになったところを、グスタフに助けられていた。グスタフは銃のストックで猪の頭を叩き仕留めてしまったのだ。
「おかげさまで、年が明けたら結婚することができます」
隣の娘がいっそう頬を赤らめた。グスタフは幸せな二人を祝福した。
「おめでとう。よかったな。それじゃお祝いを送ろう。アロイスと、名前はなんだっけ」
「エルマです」
「わかった」
グスタフには望んでも得られそうもない幸せだった。それでいいのだ。生母以外にまともに愛情を注いでくれたのは乳母や乳兄弟のエルンストだけだった。父は妻への遠慮からグスタフへの愛情を密やかにしか表せない。世間一般の親の情を知らない自分が人を愛するなどできるはずもないし、愛してくれる人がいるはずもない。グスタフはあきらめるのに慣れていた。
夜も更けてきた。グスタフはエルンストとともに広場を離れた。後は村人だけの祭だ。領主一族は邪魔なだけだ。
周囲の森を抜け、街道に出た。あと数マイルで館という人気のない場所で、不意に周囲に不穏な気配を感じた。けものではない。エルンストはランタンを吹き消しその場に投げ、剣の柄に手をかけた。グスタフも護身用の短剣に手をかけた。
背後からそれは来た。グスタフはさっとよけ、左手につかんだ剣の鞘でそれを受けた。が、鞘は見事に輪切りにされた。
「こやつ、できる」
グスタフの声を聞くまでもなく、エルンストも動いていた。彼の前には別の男が立ちはだかり、刃を向けていた。どうやら暴漢は二人いるらしい。
あきらめが早いとはいえ、生きることはまだあきらめきれない。自分の身を守らねばならぬと悟ったグスタフは暗闇の中で、感覚を研ぎ澄ます。どこから攻めるのか、どういう手でくるのか。
何の掛け声も発することなく、相手は向かってきた。グスタフは右手につかんだ短剣で辛うじて受け止めた。
相手の息に乱れはない。相当な手練れのようだった。
エルンストも苦戦していた。相手の攻めをかわすので精一杯だった。
いったんグスタフは背後に下がった。相手は長い剣の先をグスタフに向けた。いまだと、グスタフは身体ごと男の懐に入った。相手は思いもかけぬ先制にうろたえた。その隙に思いっきり、顎に拳をくらわせた。
ぐぉという叫びとともに男はのけぞった。グスタフは力ずくで剣を奪い取ると、男の腕に切りつけた。男はその場に倒れて呻いていたが、無事なほうの腕で懐から何やら粒を取り出すとそれを口に含んで呑み込んだ。たちまちのうちに男は血を吐いて絶命した。
その有様を見届けることなくグスタフは急いでエルンストの加勢に向かった。が、すでにエルンストはどこかを切りつけられたらしく、息が荒い。どさりと倒れる音がした。
「なんだと!」
煮えたぎるような怒りがグスタフの腹から全身に広がった。俺の大事なエルンストに何を。
218
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
俺の婚約者は悪役令息ですか?
SEKISUI
BL
結婚まで後1年
女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン
ウルフローレンをこよなく愛する婚約者
ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい
そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。
BBやっこ
BL
実家は商家。
3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。
趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。
そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。
そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる