2 / 39
02 父の打ち明け話
しおりを挟む
父のレームブルック公爵カールは暖炉の前の安楽椅子に座っていた。
「お久しうございます」
部屋に入ったグスタフの挨拶に公爵はうむとうなずいた。なんだか老けたなとグスタフは思った。以前は暖炉の傍には絶対に座らなかったのに。それにいつもなら、もっと大勢のお供を従えて領地に帰ってくる。それなのに、この部屋に入るまで顔を見たのは三人だけだった。いつもとは違う感じにグスタフは少しだけ不安を覚えた。
「猪を狩ったそうだな」
「はい」
「狩りは楽しいか」
「はい」
帰りの遅い息子をなじることなく、父親は告げた。
「来年にはゲオルグが公爵位を継ぐことになる」
「え?」
思いもかけぬ言葉だった。ゲオルグは父の妻アデリナの産んだ長男で公爵家の跡継ぎである。アデリナは前国王の妹で、前国王の命令で父は彼女と結婚したと聞いている。ゲオルグは王家の血を引く由緒正しい公爵家の跡継ぎだった。
だが、ゲオルグが跡を継ぐのはまだ先のことだとグスタフは思っていた。
「医者がな、たぶん夏まではもたぬだろうと言うのだ」
何がもたぬのか改めて尋ねるほどグスタフも愚かではない。
「そうなったら、おまえの居場所はなくなるかもしれぬ。アデリナは寛大な女ではないからな」
薄々気付いていた。他の愛妾と違い、生母の男爵夫人ブリギッテは公爵夫人に憎まれていたのではないかと。父には他に愛妾の子が三人いて、都の館で公爵夫人の子と同様の教育を受けていた。だが、グスタフだけは都に呼ばれることはなかった。年に一度領地を訪れる公爵夫人がグスタフに声を掛けることもなかった。
「すまぬな」
グスタフは絶句した。この人は何を言っているのだろうか。今更、何を謝罪しているのか。これまで公爵夫人がグスタフを無視してきたことを黙認していたではないか。
「アデリナは気位の高い女でな」
それは知っている。公爵夫人は前国王の妹だった。アデリナは兄である国王の学友だった公爵との結婚を願い、許された。
「ゆえに、ブリギッテを許せなかったのだ」
「男爵夫人を、ですか」
「そうだ。そなたの母のブリギッテと私は結婚を願っていた。だが国王からの命令は断れぬ。ブリギッテはヴェルナー男爵と結婚した」
それは知らなかった、いや知らされていなかった話だった。
だとするとヴェルナー男爵と死別した母は昔の恋人である父と再会し、自分が生まれたということらしい。
「ブリギッテがおまえを捨てたように思ってるいるのかもしれぬが、そうではないのだ。おまえの命を守るために、ブリギッテはおまえから離れたのだ。アデリナが脅したのだ」
グスタフの胸に怒りが込み上げてきた。母から捨てられたのではない、母は捨てざるを得なかったのだ。けれど、今更どうこうできる話ではない。アデリナは父でさえ抑えることのできない嫉妬深い女なのである。グスタフの抗議など意に介すはずもない。
「だが、アデリナを恨まないでくれ。あれは愚かな女だ。私がいなくなったら、きっと取り乱すだろう。おまえを責めるかもしれぬ」
公爵夫人がグスタフを責めるというのはありえない話ではない。
「もし、この国にいづらくなったら、隣国に行けばよい。ブリギッテがおる。もしもの時のため、エルンストにいくばくかの財産を預けておる。国境警備隊にも話はつけてある」
いくらなんでもそこまでの事態になるなど、その時のグスタフには想像できなかった。
翌日の早朝、父は数名のお供とともに館を後にした。後で知ったが、公爵は極秘裏にレームブルックに戻って来たのであった。
それは冬至の祭りまで一カ月余り前の日のことであった。
「お久しうございます」
部屋に入ったグスタフの挨拶に公爵はうむとうなずいた。なんだか老けたなとグスタフは思った。以前は暖炉の傍には絶対に座らなかったのに。それにいつもなら、もっと大勢のお供を従えて領地に帰ってくる。それなのに、この部屋に入るまで顔を見たのは三人だけだった。いつもとは違う感じにグスタフは少しだけ不安を覚えた。
「猪を狩ったそうだな」
「はい」
「狩りは楽しいか」
「はい」
帰りの遅い息子をなじることなく、父親は告げた。
「来年にはゲオルグが公爵位を継ぐことになる」
「え?」
思いもかけぬ言葉だった。ゲオルグは父の妻アデリナの産んだ長男で公爵家の跡継ぎである。アデリナは前国王の妹で、前国王の命令で父は彼女と結婚したと聞いている。ゲオルグは王家の血を引く由緒正しい公爵家の跡継ぎだった。
だが、ゲオルグが跡を継ぐのはまだ先のことだとグスタフは思っていた。
「医者がな、たぶん夏まではもたぬだろうと言うのだ」
何がもたぬのか改めて尋ねるほどグスタフも愚かではない。
「そうなったら、おまえの居場所はなくなるかもしれぬ。アデリナは寛大な女ではないからな」
薄々気付いていた。他の愛妾と違い、生母の男爵夫人ブリギッテは公爵夫人に憎まれていたのではないかと。父には他に愛妾の子が三人いて、都の館で公爵夫人の子と同様の教育を受けていた。だが、グスタフだけは都に呼ばれることはなかった。年に一度領地を訪れる公爵夫人がグスタフに声を掛けることもなかった。
「すまぬな」
グスタフは絶句した。この人は何を言っているのだろうか。今更、何を謝罪しているのか。これまで公爵夫人がグスタフを無視してきたことを黙認していたではないか。
「アデリナは気位の高い女でな」
それは知っている。公爵夫人は前国王の妹だった。アデリナは兄である国王の学友だった公爵との結婚を願い、許された。
「ゆえに、ブリギッテを許せなかったのだ」
「男爵夫人を、ですか」
「そうだ。そなたの母のブリギッテと私は結婚を願っていた。だが国王からの命令は断れぬ。ブリギッテはヴェルナー男爵と結婚した」
それは知らなかった、いや知らされていなかった話だった。
だとするとヴェルナー男爵と死別した母は昔の恋人である父と再会し、自分が生まれたということらしい。
「ブリギッテがおまえを捨てたように思ってるいるのかもしれぬが、そうではないのだ。おまえの命を守るために、ブリギッテはおまえから離れたのだ。アデリナが脅したのだ」
グスタフの胸に怒りが込み上げてきた。母から捨てられたのではない、母は捨てざるを得なかったのだ。けれど、今更どうこうできる話ではない。アデリナは父でさえ抑えることのできない嫉妬深い女なのである。グスタフの抗議など意に介すはずもない。
「だが、アデリナを恨まないでくれ。あれは愚かな女だ。私がいなくなったら、きっと取り乱すだろう。おまえを責めるかもしれぬ」
公爵夫人がグスタフを責めるというのはありえない話ではない。
「もし、この国にいづらくなったら、隣国に行けばよい。ブリギッテがおる。もしもの時のため、エルンストにいくばくかの財産を預けておる。国境警備隊にも話はつけてある」
いくらなんでもそこまでの事態になるなど、その時のグスタフには想像できなかった。
翌日の早朝、父は数名のお供とともに館を後にした。後で知ったが、公爵は極秘裏にレームブルックに戻って来たのであった。
それは冬至の祭りまで一カ月余り前の日のことであった。
255
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。


美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

俺の婚約者は悪役令息ですか?
SEKISUI
BL
結婚まで後1年
女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン
ウルフローレンをこよなく愛する婚約者
ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい
そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。
BBやっこ
BL
実家は商家。
3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。
趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。
そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。
そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる