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01 赤毛のグスタフ

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 ここはローテンエルデ王国のレームブルック公爵領。
 レームブルックの森は豊かな実りを動物たちにもたらす。豊かな実りによって増え過ぎた動物たちは時として人の生活圏に入り込み、作物を荒らす。
 そんな動物たちを狩らねば人々は暮らしていけない。そして狩られた獲物達は人々の厳しい冬の暮らしの備えとなる。
 晩秋の今日もまた森に狩人たちが入った。ケモノを追い詰める猟犬たちの咆哮を追って男達は森の奥へと向かう。
 彼らの先頭にいるのは青毛の馬にまたがった赤毛の青年だった。
 犬たちに追い詰められた大きな猪の姿が木々の間に見えた。青年は上半身を少し後ろに倒し肘を引いた。これだけで馬は歩みを止めた。従者たちはそれを見て走るのをやめた。
 青年は銃を構えた。
 衝撃音と同時に猪は倒れた。
 一つの命が消え、人々のための冬の蓄えとなった。



「エルンスト、見ろ。これでおまえに襟巻が作れる」

 青毛の愛馬テオにまたがり誇らしげに野兎を掲げてグスタフは館の門前に立つ乳兄弟に見せた。
 はしばみ色の瞳、赤みがかった巻き毛、そばかすが少し目立つ顔のグスタフは19歳には見えない無邪気な笑顔であった。会った者のほとんどが魅了される愛嬌があった。
 だが、乳兄弟は苦虫を噛み潰したような表情を変えることはなかった。プラチナブロンドにアイスブルーの瞳の端正な表情は氷を連想させた。

「兎じゃ気に入らぬか。そうだ、猪も捕まえたぞ。ほれ、あれだ」

 グスタフが指さしたのは下男二人がかりで担いできた棒に四肢を縛り付けた猪だった。
 それを一瞥したエルンストは表情を変えぬまま告げた。

「グスタフ様、公爵様のお帰りです。先ほどからずっとお待ちです」
「俺を? 何かの間違いだろ」

 グスタフは笑う。その笑みにはどこか皮肉めいたものが感じられた。無理もないとその場にいた人々は思う。愛妾の子である五男坊のグスタフは生まれた時からレームブルック公爵家の一員であっても一員ではない待遇を受けていた。しかも母親のヴェルナー男爵未亡人ブリギッテはグスタフを生んで二年後に公爵との愛人関係を解消し、若い男性とともに国外に出てしまった。
 母に捨てられ、父に放っておかれた五男坊は領地の館でとりあえず16歳まで教育を受けた。とりあえずの教育で貴族としての最低限の教養は身に付けた彼は館に仕える身分の低い者達や領民らと親しく交わっていた。秋ともなれば今日のように領民と森に入って増えすぎると害獣となる猪や鹿を狩っていた。
 俺は兄達のように神学を学ぶ頭もなく、国のために武器をとって戦う気力もない、いずれは森番になるつもりだと言うのがグスタフの口癖だった。
 だから、そんな彼を父が待っているなど信じられない話だった。
 誰にも期待なんかしない、あきらめている。エルンストは子どもの頃にグスタフから聞いた言葉を今も覚えている。グスタフという男に一生を懸けると心密かに誓っているエルンストにとって、それは悲しい言葉だった。




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