『不幸体質』の子豚令嬢ですが怪物少年侯爵に美味しくいただかれるのは遠慮させていただきます

花月

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19 ダニエル様の吸血化 ②

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「待って…!待って下さい、ミハエル様…!」
わたしは思わず魔方陣から飛び出していた。

(だめ!…待って!このままじゃ、ダニエル様が殺されてしまう…!)

『今…お前を殺した方がいいかもな』
そんなこと、黙って見ていられるはずがない。

『…確実に街の人間の二百人やそこらは殺して生気を吸う…』
だめだ、そんな…そんなこと。
そんな化物にダニエル様をこのままさせる訳にはいかない。

「待って!…あげますから!…」
わたしはダニエル様の側に駆け寄った。
思わず――黒いマントを纏っている様なダニエル様とミハエル様の剣の間に入る。

そして剣を構えたままのミハエル様の顔を仰ぎ見た。
「わ、わたし…!わたし、あげます!せ、生気を…!お願いです…ダニエル様を助けて!」

「…だ…駄目だ…キャロル…は…離れて、くれ…」
わたしの身体の下で、苦し気なダニエル様の声が…絞り出す様に、切れ切れに聞こえた。
「僕が、この衝動を何処まで…我慢できるのか、コントロールできるか分からない…」

ミハエル神父はその青い瞳を冴え冴えと光らせたまま、わたしへと云った。

「…退け、お嬢ちゃん。このまま吸血鬼を野放しには出来ん」
「――ま、待って下さい!お願い!ダニエル様を殺さないで!」

そのままダニエル様を庇う様に――わたしはダニエル様の身体の上にがばっと覆い被さった。

するとミハエル神父は持っていた剣の先をすいと少し上に持ち上げた。
「そうか。退かないと言うなら、仕方がない。俺の邪魔をするならアンタごと切るだけだ」

何の感情も読み取れない平板な声で言うと、今度はミハエル様はわたしにもその刃を向けた。

 +++++

ダニエル様は銀髪を揺らして少し身じろぎし、半身を起してミハエル神父の方を向いた。
「…うぅっ…あっ…や、止めてくれ…ミハエル。キャロルを巻き込むな、頼む…」

「…『我慢できるか、コントロールできるか分からない』だと?」
ミハエル神父はそう言うと、馬鹿にした様にフンと鼻を鳴らした。

「腰抜けだな…ダニエル。お前…戦場で『怪物侯爵』の異名を取ったんじゃないのか?
『巻き込むな』?…いいか、俺の仕事はお前の監視と暴走時のストッパー及び封じ込めだ。『怪物化』を止められんお前が甘えた事を抜かすな」

余りにも容赦のないミハエル神父の台詞に、わたしの中で激しい怒りが込み上げた。
知らず知らずのうちに、わたしはミハエル神父へと言い返していた。

「ダニエル様は…腰抜けなんかじゃありません!取り消してください!」

そしてそのままくるりとダニエル様の方へ向くと、わたしはダニエル様の青白い肌に爪が長く伸びた手をギュッと握って言った。

「ダニエル様、お願いです!わたしの生気で良ければ吸って下さい。このまま吸血化しては大変な事になってしまいます…!」
「…キャロル…」

その時俯いていたダニエル様が、真っ直ぐわたしの事を見上げた。

(――何てこと…!)
わたしは悲鳴を上げそうになるのを必死で堪えた。

揺れる銀髪は今や長く伸びて、顔色はもっと青白く、瞳は白目がすでに黒く変わり、黒目部分は鮮やかな赤色に変化している。

猫の様に縦長に伸びた瞳孔と虹彩は、ドクドクと脈を打つ様に不思議に変化していた。

わたしが怯える様子を悲し気な表情でダニエル様は見つめながら、切れ切れに言った。唇の隙間
から覗く犬歯が鋭い牙のごとく伸びているのが見える。

「キャロル…今、僕の生気は枯渇し過ぎてて、もうどれだけ、吸えばいいのかが分からない。君を傷つけ…その生気を…吸いつくしてしまうかもしれない。それが…怖いんだ…」

ダニエル様の言葉を聞いて、思わず切なくて泣きそうになってしまった。
(こんな時でも、ダニエル様はわたしの身体を心配してくれているんだわ…)

「――ダ、ダニエル様、大丈夫です!」
わたしは自分で胸を力強くドンと叩いた。
そして――ダニエル様が少しでも安心できるように、元気良く言った。

「ほら…見て下さい、わたしの身体を。ちょっとやそっと生気を吸われたからと言ってへたるようなヤワな身体じゃありません。ミハエル神父もわたしを『貯蔵庫タンク』って言っていたじゃありませんか」

わたしはダニエル様の首に自分の両腕を回した。
そのままぎゅっと力を入れて抱きしめる。

「…わたし、ダニエル様の事、少しでも…お助けしたいんです。どうか…どうかお願いします」
「…キャロル……」

ダニエル様もわたしの身体に手を伸ばして、しがみ付く様にだけれど抱きしめてくれた。
暫くして小さく呟くダニエル様の声が聞こえた。

「――分かった…ありがとう、キャロル…」

次の瞬間、わたしは自分の首に冷たく鋭い物が当てられた感覚と共に、チクリとした痛みを感じた。

そして――渦巻く大海に浮かぶ小舟の中に、いきなり放り出されたかのような激しい眩暈にわたしは襲われたのだった。
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