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2.『不幸体質』の子豚令嬢
しおりを挟む私はキャロライン=イーデン伯爵令嬢だ。
もう嫁ぎ遅れの22歳になる。
栗色のストレートの髪とハシバミ色の瞳をした、ちょっと太めの体形…まあそれはレティシアから受けるストレスによる間食によるものだろう。
おまけにこれは周知の事実なのだが、何故か…小さい頃から、トラブルに巻き込まれる『不幸体質』なのである。
細かい事は数知れずけど、外出すると馬車が壊れ横転しそうになったり、道を歩けば危うく強盗に襲われそうになる。
時には屋敷で過ごすだけでも、階段から落ちそうになった。
はたまたメイドのうっかりミスか何か(メイドはやっていません、と頑なに言っていたのだが)で、何故かカップに水銀が入っていたお茶を、危うく飲んでしまいそうになった。
そうして確実に事故・病死死してしまいそうな事が続いた。
恐ろしい程の身の危険を感じる日々にお父様にも相談したが、呆気なくスルーされてしまい、『己が体質を何とかせよ』と言われてしまい、結局通っていた学校も途中で辞めて、わたしは自宅に閉じこもる様になってしまった。
それを良い事に、都合良くと思ったのが義母ライラ様と義妹レティシアだ。
とにかく我儘なレティシアの要望を叶える為にわたしは東西奔走する羽目になった。
ストレスマックスによる日々に間食とドカ食いは増え、肌は睡眠不足でボロボロという始末。
その上普通の令嬢のようにゆっくり自室で過ごす時間は貰えなくなったけれど
(これも『不幸体質』ゆえなのかしら)
とは思っていた。
+++++
けれど、まあ少しは仕方が無いとも感じてはいたのよね。
わたしの実の母親の家系は、薄くだが、魔女の血を引いていたらしい。
お母様はお金と地位の為にそれを隠して、かなり年上のお父様と結婚したらしいのだ。
結婚して暫くしてその事実を知ったお父様は、『知っていれば結婚しなかった』とお母様と大喧嘩をし、離婚を申し立てた。
そしてそれが、そもそものわたしの不幸人生の始まりだったと云える。
それがきっかけなのかは分からないが、わたしの『不幸体質』もそれと同時に始まったのだから。
そしてなんと…その争いの最中、わたしが8才の時に、お母様は優しく癒してくれるこの屋敷の元イケメン執事とあっさりと恋愛逃避行をしてしまった。
お父様はこの間にと、さっさと離婚手続きをして、すぐに新しい次の若く美しい女性ライラお義母様と再婚をした。
そして継母と連れ子になった4歳年下の美しい娘レティシアを、不幸体質に陥った実の娘(わたし)よりも溺愛し可愛がったのだ。
イーデン家長女と言えど、わたしの扱いは、妹レティシアの侍女に近いものだ。
(学校で彼女がスマートに終わらせている課題や縫物はわたしの徹夜の賜物なのだ)
わたしの継母になる方――ライラ様(レティシアの実母の方)は、ちょうど『ご実家のお父様が具合が悪い』と様子を見に帰ってしまわれているけれど、きっとイーデン家に戻って来てもこの状況は変わらない。
(いえ、お義母さまがいればむしろ悪化するだろう)
今はひたすらレティシアの嵐の様な我儘が、自然に収まるのを待つしかなかった。
++++++
「ああ!お義父様…いい事を考えましたわ!でしたら…どうぞそこにぼさっと立っている役立たずの仔豚…いえ、キャロル姉様にお願いして下さいませ」
「確かに仔豚…いや、キャロラインは若く元気だが、艶々とは言い難いではないか」
「婚姻まで三か月間はありますし、お義姉様には今まで以上に嫁ぐ前までお腹パンパンになるまで食べて貰って、更に太らせてから嫁いでもらえばいいわ」
(…え?更に太らせる?レティシアは何を言っているの?)
まるで農場に居るブタや牛みたいな…家畜を肥やして、市場に出荷させるみたいな言い方ですけど。
今でも結構な肥えっぷりなのに、だ。
これ以上は、今持っているドレスが着れなくなるので勘弁して頂きたい。
「そんな事出来る訳ないわ、レティシア。侯爵様はきっと若くてお美しい方をお望みになられるだろうし」
一応しっかりと抗議した私の言葉は…あっさりと力強く頷いたお父様に却下されてしまった。
「そうだ――その手があったか!」
+++++
(もう…『その手があったか』じゃないのよ、お父様)
馬車の窓の外はもうすっかりと日暮れて、森をバックにしてくっきりとした綺麗な満月が見える。
わたしはハンカチで口元を押さえながらも、時折込み上げる吐き気と格闘しつつ、気分が悪いのを我慢していた。
己の我儘が大暴走した義妹レティシアを止められる者など、うちの家の何処にもいる筈もなく――。
結局わたしは婚姻が決まる三か月間、ひたすら寝る間も惜しんで飲み食いをさせられ…今まで以上にお腹周りに更にぜい肉に付く、という大変不名誉な太り方をさせられたのである。
『暴飲暴食の肥満』おまけに『寝不足』で『肌はボロボロ』という二重、いや三重苦に苦しめられながら、レティシアの代わりに馬車で果てしなく遠いモルゴール侯爵邸に向かう。
結婚の準備をする中で訊いた噂だと、モルゴール侯爵の住む城は、通称『棺桶城』と何とも不気味な名前で呼ばれ、当主ダニエル=モルゴール侯爵は夜な夜なフレッシュな若い女の血(生気)を求めて流離っているとか、城の従業員は全て魔物だとか、その土地の民に恐れられているだとか、散々な内容だった。
(そう言えばお父様は決して容姿の事を教えてくれなかったわ)
流石に噂を全て鵜呑みにするほどでは無いが、そもそも妻に成る女性の条件が名家が良いとかでは無く『生気が吸えるくらい若く元気で艶々が良い』という辺り、相当な相当なスケベおやじの可能性もあるのだ。
馬車に乗っている間ずっと、憂鬱な気持ちで『ああ、嫌だな。隙を見て逃げちゃおうかな』という考えが、グルグルとわたしの中で回っていた。
そして、朝早くイーデン家を出発し真夜中近くまで時間をかけながらやって来た馬車が、やっとこさ今嫁ぎ先であるモルゴール侯爵領の城の前に到着したというわけなのだ。
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