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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】
シャルルの事情 ⑰
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翌日――試験二日目になる。
今日は選択科目のテストだ。
外国語・経済学・経営学・建築学を取っている僕は、外国語と経営学は一緒だったが、生物学や農業学の教科書を読みながら朝食を食べている姉さまに尋ねた。
「姉さまって…それを勉強して将来何がしたいの?」
僕の質問に姉さまはちらと目線を上げて、教科書越しに僕を見た。
「…わたしはプランテーションを作りたいの。農業は気候に変動されやすいから、そこで働く人が困らない様にしなきゃいけないでしょ?その為に必要な勉強よ」
「ふーん…昔から泥臭い事が好きだね、姉さまは」
僕は侯爵家の庭を泥だらけで走り回っていた幼い頃の姉さまを思い出した。
そして同時にその時に使用人の男の子に馬乗りになって喧嘩もしていた事も思い出した。
(姉さまは既にあの時点で、馬乗りで攻撃する術を得ていたのか)
「…人間は霞を食べて生きている訳じゃないのよ、シャルル」
姉さまはそう言うと、また読んでいた教科書に目線を落とした。
「そう言えば…今日の午後のダンスの試験は何時から?」
「どうしてそんな事を訊くの?シャルルには関係ないでしょう?」
「イーサンに頼まれたんだよ。確認の為にもう一度聞いておいてくれって」
僕は姉さまににっこりと笑った。
簡単にするすると僕から出てくる、これは――『嘘』だ。
イーサンは今日姉さまのダンスのパートナーとして現れない。
そして彼が昨日僕に頼んでいた『行けないと伝えて欲しい』の伝言もまだ姉さまには言っていない。
姉さまは僕の顔を胡散臭そうに見つめながらも、午後のダンスの試験の正確な開始時間を教えてくれた。
「…邪魔をしに来ないでよね、シャルル」
「そんな訳無いだろう?がんばってよ、姉さま」
嫌な予感を覚えたのか眉を顰めて嫌味っぽく言う姉さまに対し、僕は微笑みながら素直にエールを送った。
++++++
「僕、今日は早めに出るから先に学園へ行くね」
まだクロワッサンを齧っている姉さまにそう告げると、僕はそこにあった小さな林檎を一つ取って、昨日よりも早く席を立った。
どうしても試験が始まる前に、僕が高等科生徒会長とデヴィッドに話しておきたい事があったからだ。
「…そう、分かったわ」
一瞬だけ目を上げた姉さまは僕を見てそう言うと、また教科書を読み始めた。
僕は高等科の校舎の入口付近で生徒会長が登園してくるのを待った。
王立学園はその入口から、中央の講堂などもある管理棟の目の前で左右に男女が分かれ、手前が中等科校舎でその奥が高等科の、とてもシンプルなつくりである。女子棟も同じ造りの筈だ。
「おはよう、シャルル君…朝からどうしたんだい?まだ中等科の試験は終わって無いだろう?」
僕の姿を見た生徒会長は驚きの声を上げた。
日程的に高等科生徒の試験は既に終わっている。
「まさかだとは思うけれど…朝早くから僕に会う為に来てくれたのかい?デヴィッドから僕に乗り換えた?僕は何時でも大歓迎だけど」
生徒会長はこげ茶色の髪に王家の者に多いオリーブグリーンの瞳を煌かせて僕を見た。
何と言うか…朝からフレンドリーな人である。
(ちなみに生徒会の中で一番初めに僕を口説いたのは彼でもある)
「ええと、いえ、そういう訳でなく…」
僕は言葉に一瞬詰まった。
すると生徒会長の後ろから、背の高いデヴィッド=ブレナーが影の様にヌッと顔を出した。
彼は周りを凍らせる様な氷点下ばりの冷たい声と美貌で
「朝からふざけた事をいうのは止めて下さい。会長」
と注意すると僕の方を向いた。
「…どうかしましたか?シャルル君。君がわざわざここに来て僕等を待つなんて」
+++++
「実は…中等科の同級生の事で相談したい事がありまして。彼らがとても悩んでいる事があるみたいなんです」
会長はデヴィッドと一瞬顔を見合わせた。
僕は真剣さを強調する様に二人へと告げた。
「言っておきますが彼らのは本当の悩みですよ。高等科一年生のレオナルド=フィリプスの事です」
「成程…具体的な内容を教えてくれるかい」
相当彼の宜しくない行いの報告の数々を聞いている様子で、生徒会長はサッと表情を変えて僕へと尋ねた。
「どうやら彼らはレオナルド=フィリプスから謂れのない暴力と脅しを受けているようです」
「それは…不味いな。その子達から詳細な話を聞く事は出来るかい?」
「今日で試験が全て終わるので大丈夫かと思います。既に一人は家人の方も含めて口留めが入っていますが」
「…分かった。そこの所は僕に任せてくれ。上手くやるよ」
僕と会長との遣り取りを見ていたデヴィッドはそこで初めて口を開いた。
「シャルル君自身には何も無かったのかい?」
「はい。僕自体には何も…」
確かに僕自身には何の影響も無い。
単純に爵位の関係でレオナルドが僕には手を出してこないのかも思っていたのだが。
僕自身は今回のエリー嬢と姉さまの争いの発端になっているらしいが、具体的な内容は姉さまが決して話さないので分からない。
そもそもエリー嬢の兄・レオナルド=フィリプスが今回の諍いの原因を分かっているのかも不明である。
昇降口に置いてある上に穴の開いている木の箱を見ながら、僕は二人へと尋ねた。
「そう言えば…生徒会投書箱への奇妙なメモの投下はどうなったんですか?」
「ああ…生徒会の部屋を閉めてからはパタリと止んだよ。この送り主は一体何がしたかったんだろうね」
会長は『やはりただの悪戯だったのかな』と首を捻りながら僕を見た。
「本当に…何だったんでしょうね」
僕は会長へと答えながら
(一体…何が目的だったんだろう、彼女は)
と考えていた。
++++++
選択科目の試験が始まった。
勿論自分で興味があって選んだ物だから問題の解き具合も順調である。
建築学だけは自分自身が見た事が無い建物の問題が出た為に少々苦戦はしたものの、概ね納得できる出来栄えだったと言って良いだろう。
試験終了の鐘が鳴ると同時に僕はビリー=フォレスト、ドワイト=コリンズ、イーサン=レガート三人へと声を掛けた。
「ちょっといいかな」
「な…何だい?」
三人は、もう…色々な事を忘れたいのだろう、警戒した様に一瞬僕から身を引いたが、僕が朝交わした会長との話をすると一斉に顔を見合わせた。
「僕が先走って余計な事をしたかもしれないが、実際話を聞いてもらえるだけでも良いと思うよ。何と云っても会長自身は皇族の従妹に当たる方だし」
僕がそう言うと三人は暫く話し合っていたが、最終的に生徒会室へ行く事を決意したらしい。
そもそも高等科を卒業してしまえば、彼らにとって公爵家の会長は天上人の存在だ。ミーハー的な意味もあるのだろう。
『生徒会室でお茶とお菓子を出してもらいながらゆっくり話を聞いてもらいなよ』
微笑みながら僕が手を振ってそう云うと、三人は『ありがとう、シャルル』と僕へ声を掛けながら、いそいそと高等科へと向かっていった。
+++++
僕は暫くにこにこしながら手を振っていたが、彼らの姿が見えなくなると真顔になった。
昨日と同じ様にダンス用のシャツと着て、スラックスに履き替えてダンス用のシューズを履き、今朝の食卓から失敬してきた林檎を少しずつ齧りながらその時を待つ。
もうすぐ姉さまのダンスに試験の時間が始まる。
姉さまのパートナーが時間になっても来ないと知ったら、彼女はどうするのだろう。
イーサンが来なければ他の男子学生に頼むか、ハイネ先生の男性アシスタントに頼むしかないのだが、男子学生はもう皆試験終了で下校してしまっており、男性アシスタントの数は少ない上にダンスを合わせて練習する時間も無い。
準備万端で試験に臨むであろうダニエラ=フィリプスとの勝負に負けるかもしれないと覚った時、姉さまは一体どうするのだろう。
『シャルル、あんたはいつも自分が求めるものを勝ち取る感覚が好きなだけでしょう?』
ふと――昨日の朝の姉さまの言葉を思い出した。
その通りだ。
僕はどんな手を使っても勝つつもりなのだから。
その時姉さまはどんな選択をするのだろう。
みすみすダンスの試験を諦めフィリプス家に負けるのを選ぶのか、それとも――。
(今までの姉さまとの全てが終わるのかもしれないな)
そう思いながら僕は想像をした。
『ショックで呆然とするかな。それとも…悔しくて泣くかな』
僕は目を瞑って何度も深く息を吸っては吐き出した。
そうでもしなければ、笑い出してしまいそうだった。
その時の姉さまの顔を想像すると、どうしようもなく身体が震えてゾクゾクする。
ああ、どうかはっきりと見せておくれ。
『勝った…!』
僕が心から勝利に酔えるその間際の姉さまの顔を。
最高に興奮する…その時の表情を。
今日は選択科目のテストだ。
外国語・経済学・経営学・建築学を取っている僕は、外国語と経営学は一緒だったが、生物学や農業学の教科書を読みながら朝食を食べている姉さまに尋ねた。
「姉さまって…それを勉強して将来何がしたいの?」
僕の質問に姉さまはちらと目線を上げて、教科書越しに僕を見た。
「…わたしはプランテーションを作りたいの。農業は気候に変動されやすいから、そこで働く人が困らない様にしなきゃいけないでしょ?その為に必要な勉強よ」
「ふーん…昔から泥臭い事が好きだね、姉さまは」
僕は侯爵家の庭を泥だらけで走り回っていた幼い頃の姉さまを思い出した。
そして同時にその時に使用人の男の子に馬乗りになって喧嘩もしていた事も思い出した。
(姉さまは既にあの時点で、馬乗りで攻撃する術を得ていたのか)
「…人間は霞を食べて生きている訳じゃないのよ、シャルル」
姉さまはそう言うと、また読んでいた教科書に目線を落とした。
「そう言えば…今日の午後のダンスの試験は何時から?」
「どうしてそんな事を訊くの?シャルルには関係ないでしょう?」
「イーサンに頼まれたんだよ。確認の為にもう一度聞いておいてくれって」
僕は姉さまににっこりと笑った。
簡単にするすると僕から出てくる、これは――『嘘』だ。
イーサンは今日姉さまのダンスのパートナーとして現れない。
そして彼が昨日僕に頼んでいた『行けないと伝えて欲しい』の伝言もまだ姉さまには言っていない。
姉さまは僕の顔を胡散臭そうに見つめながらも、午後のダンスの試験の正確な開始時間を教えてくれた。
「…邪魔をしに来ないでよね、シャルル」
「そんな訳無いだろう?がんばってよ、姉さま」
嫌な予感を覚えたのか眉を顰めて嫌味っぽく言う姉さまに対し、僕は微笑みながら素直にエールを送った。
++++++
「僕、今日は早めに出るから先に学園へ行くね」
まだクロワッサンを齧っている姉さまにそう告げると、僕はそこにあった小さな林檎を一つ取って、昨日よりも早く席を立った。
どうしても試験が始まる前に、僕が高等科生徒会長とデヴィッドに話しておきたい事があったからだ。
「…そう、分かったわ」
一瞬だけ目を上げた姉さまは僕を見てそう言うと、また教科書を読み始めた。
僕は高等科の校舎の入口付近で生徒会長が登園してくるのを待った。
王立学園はその入口から、中央の講堂などもある管理棟の目の前で左右に男女が分かれ、手前が中等科校舎でその奥が高等科の、とてもシンプルなつくりである。女子棟も同じ造りの筈だ。
「おはよう、シャルル君…朝からどうしたんだい?まだ中等科の試験は終わって無いだろう?」
僕の姿を見た生徒会長は驚きの声を上げた。
日程的に高等科生徒の試験は既に終わっている。
「まさかだとは思うけれど…朝早くから僕に会う為に来てくれたのかい?デヴィッドから僕に乗り換えた?僕は何時でも大歓迎だけど」
生徒会長はこげ茶色の髪に王家の者に多いオリーブグリーンの瞳を煌かせて僕を見た。
何と言うか…朝からフレンドリーな人である。
(ちなみに生徒会の中で一番初めに僕を口説いたのは彼でもある)
「ええと、いえ、そういう訳でなく…」
僕は言葉に一瞬詰まった。
すると生徒会長の後ろから、背の高いデヴィッド=ブレナーが影の様にヌッと顔を出した。
彼は周りを凍らせる様な氷点下ばりの冷たい声と美貌で
「朝からふざけた事をいうのは止めて下さい。会長」
と注意すると僕の方を向いた。
「…どうかしましたか?シャルル君。君がわざわざここに来て僕等を待つなんて」
+++++
「実は…中等科の同級生の事で相談したい事がありまして。彼らがとても悩んでいる事があるみたいなんです」
会長はデヴィッドと一瞬顔を見合わせた。
僕は真剣さを強調する様に二人へと告げた。
「言っておきますが彼らのは本当の悩みですよ。高等科一年生のレオナルド=フィリプスの事です」
「成程…具体的な内容を教えてくれるかい」
相当彼の宜しくない行いの報告の数々を聞いている様子で、生徒会長はサッと表情を変えて僕へと尋ねた。
「どうやら彼らはレオナルド=フィリプスから謂れのない暴力と脅しを受けているようです」
「それは…不味いな。その子達から詳細な話を聞く事は出来るかい?」
「今日で試験が全て終わるので大丈夫かと思います。既に一人は家人の方も含めて口留めが入っていますが」
「…分かった。そこの所は僕に任せてくれ。上手くやるよ」
僕と会長との遣り取りを見ていたデヴィッドはそこで初めて口を開いた。
「シャルル君自身には何も無かったのかい?」
「はい。僕自体には何も…」
確かに僕自身には何の影響も無い。
単純に爵位の関係でレオナルドが僕には手を出してこないのかも思っていたのだが。
僕自身は今回のエリー嬢と姉さまの争いの発端になっているらしいが、具体的な内容は姉さまが決して話さないので分からない。
そもそもエリー嬢の兄・レオナルド=フィリプスが今回の諍いの原因を分かっているのかも不明である。
昇降口に置いてある上に穴の開いている木の箱を見ながら、僕は二人へと尋ねた。
「そう言えば…生徒会投書箱への奇妙なメモの投下はどうなったんですか?」
「ああ…生徒会の部屋を閉めてからはパタリと止んだよ。この送り主は一体何がしたかったんだろうね」
会長は『やはりただの悪戯だったのかな』と首を捻りながら僕を見た。
「本当に…何だったんでしょうね」
僕は会長へと答えながら
(一体…何が目的だったんだろう、彼女は)
と考えていた。
++++++
選択科目の試験が始まった。
勿論自分で興味があって選んだ物だから問題の解き具合も順調である。
建築学だけは自分自身が見た事が無い建物の問題が出た為に少々苦戦はしたものの、概ね納得できる出来栄えだったと言って良いだろう。
試験終了の鐘が鳴ると同時に僕はビリー=フォレスト、ドワイト=コリンズ、イーサン=レガート三人へと声を掛けた。
「ちょっといいかな」
「な…何だい?」
三人は、もう…色々な事を忘れたいのだろう、警戒した様に一瞬僕から身を引いたが、僕が朝交わした会長との話をすると一斉に顔を見合わせた。
「僕が先走って余計な事をしたかもしれないが、実際話を聞いてもらえるだけでも良いと思うよ。何と云っても会長自身は皇族の従妹に当たる方だし」
僕がそう言うと三人は暫く話し合っていたが、最終的に生徒会室へ行く事を決意したらしい。
そもそも高等科を卒業してしまえば、彼らにとって公爵家の会長は天上人の存在だ。ミーハー的な意味もあるのだろう。
『生徒会室でお茶とお菓子を出してもらいながらゆっくり話を聞いてもらいなよ』
微笑みながら僕が手を振ってそう云うと、三人は『ありがとう、シャルル』と僕へ声を掛けながら、いそいそと高等科へと向かっていった。
+++++
僕は暫くにこにこしながら手を振っていたが、彼らの姿が見えなくなると真顔になった。
昨日と同じ様にダンス用のシャツと着て、スラックスに履き替えてダンス用のシューズを履き、今朝の食卓から失敬してきた林檎を少しずつ齧りながらその時を待つ。
もうすぐ姉さまのダンスに試験の時間が始まる。
姉さまのパートナーが時間になっても来ないと知ったら、彼女はどうするのだろう。
イーサンが来なければ他の男子学生に頼むか、ハイネ先生の男性アシスタントに頼むしかないのだが、男子学生はもう皆試験終了で下校してしまっており、男性アシスタントの数は少ない上にダンスを合わせて練習する時間も無い。
準備万端で試験に臨むであろうダニエラ=フィリプスとの勝負に負けるかもしれないと覚った時、姉さまは一体どうするのだろう。
『シャルル、あんたはいつも自分が求めるものを勝ち取る感覚が好きなだけでしょう?』
ふと――昨日の朝の姉さまの言葉を思い出した。
その通りだ。
僕はどんな手を使っても勝つつもりなのだから。
その時姉さまはどんな選択をするのだろう。
みすみすダンスの試験を諦めフィリプス家に負けるのを選ぶのか、それとも――。
(今までの姉さまとの全てが終わるのかもしれないな)
そう思いながら僕は想像をした。
『ショックで呆然とするかな。それとも…悔しくて泣くかな』
僕は目を瞑って何度も深く息を吸っては吐き出した。
そうでもしなければ、笑い出してしまいそうだった。
その時の姉さまの顔を想像すると、どうしようもなく身体が震えてゾクゾクする。
ああ、どうかはっきりと見せておくれ。
『勝った…!』
僕が心から勝利に酔えるその間際の姉さまの顔を。
最高に興奮する…その時の表情を。
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