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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】
シャルルの事情 ⑮
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その日一日、僕はずっとこの一連の件について考えていた。
そしてそれを確認するべく行動に出た。
まず昼休みに生徒会長の元を訪れ、あのアルファベッド文字を切り貼りした紙を一時的に借り、覚えている分だけでもその日付を思い出して貰った。
それから授業終わりにそのまま馬車でドワイト=コリンズの自宅まで行き、休み中の宿題を伝えると称して、彼が休んでいる事について話をした。
僕は帰ってから自宅に置いてあった新聞とにらめっこをしながら調べ、その合間に自ら髪を切り落とした為姉さまの部屋の片づけをしていたメイド長にも話を聞いた。
試験勉強はしなかったが、特に問題は無い。
そもそもが普段の勉強の予習と復習のみで事足りるのだ。
それに今回は姉さまがいない。
姉さまが傍にいる時には、常に隣にいる彼女の学力やテストの出来栄えを気にしながら自分のテストの回答を書く様に常に気を遣っていたが、今回それは必要ない。
彼女がギアをトップに入れてテストへと臨むとしても、今の僕にそれを知る術は無かったし、当主争いが絡むと姉さまから宣言された以上…もう彼女に遠慮する必要は無かった。
僕は勝つ。
姉さまからも、他の誰からも。
周囲とは圧倒的な差を付け――自分の勝利を示す。
そして堂々と見せつけなければならない。
『僕こそがヘイストン家の後継者だ』と。
++++++
試験一日目が始まった。
まず――今日の午前中は、基礎教科である四科目だった。
そして男子学生のみ、午後にハイネ先生によるダンスのテストがある。
明日二日目は選択科目のテスト四科目だ。
女子、男子生徒と同じ様にダンスのテストがある。
(姉さまはそこでイーサンとウィンナーワルツ、フォックストロット、ブギ(ジャイブ)のダンスの試験を受ける)
そして八科目の教科と、ダンス講習の合計点数で男女別に順位が発表されるのだ。
流石に試験一日目の朝は早めに学校に行かなかった姉さまと、久しぶりに向かい合わせで僕は朝食を摂った。
(いつもだったら食卓の広いテーブルに必ず置いてある新聞も試験期間中は置いていない)
父上の質問に生返事を返しながら、姉さまは真剣な表情で教科書を見つつパンを齧っていた。
後にメイド長が切り揃えてくれた為か、姉さまが裁ちばさみで自分でバラバラに切った時より大分綺麗に揃っている。
(可愛らしい少年の様ではあったが)
頬の腫れも一日置いて大分マシになっている様だった。
僕は朝食を終えると椅子にナプキンを置いて立ち上がった。
「少し早いけれど、僕はそろそろ学校へ行くよ。姉さまはどうする?」
「わたしもシャルルと一緒に行くわ」
同じ様に立った姉さまは、側にあった鞄を持ちつつも教科書を手元から離さなかった。
通学用の馬車に乗る為にエントランスへ向かい、教科書をまだ読んでいた姉さまが僕より先に階段を下りて行く。
するといきなり僕の前を歩いていた姉さまの髪の毛がふわりと上下に揺れた。
なんと足元を見ていなかった姉さまが踵から足を滑らせたのだ。
「…きゃっ…」
「――姉さま!」
間一髪――姉さまの腕の下を掬うようにして僕は階段を滑り落ちそうになる彼女の身体を支えた。
「大丈夫かい?姉さま」
「…シャルル…」
僕を見上げた姉さまは、一瞬だけやっぱり泣きそうな表情をした。
(何故そんな表情をするのだろう?)
僕の手を借りるのがそれ程嫌になっているのだろうか。
姉さまは僕の腕を振り払うようにして離すと直ぐに前を向いて
「ありがと…でも、もう…助けなくていいわ」
と小さな固い声で言ってから、また階段を下りて行った。
馬車の中では教科書を読んだままの姉さまと僕は終始無言で過ごし、僕等の馬車は学園へと到着したのだった。
++++++
学園に到着すると、丁度目の前の入口付近に派手な金の細工をつけた通学用の馬車が先に停まっていた。
その派手な馬車の真後ろに着けた時に、当家の馬車の御者を覗く前部分の窓からそれは見えた。
(あれは)
『金の鵞鳥』の紋章だ。
何と目の前にいるのはフィリプス家の仕立てた馬車だったのだ。
前に居た馬車の扉を御者が開くと、先に大柄な高等科の男子生徒(レオナルド=フィリプスと思われる)が降りて、彼が手を引く様にして次に茶色の巻き毛の女生徒がタラップを軽快に降りてきた。
(…彼女がエリー嬢か)
先月の手紙を貰った事は思い出せるから、彼女の顔を見た時点でやっと僕が手紙を貰った状況をクリアに思い出す事が出来た。
確か放課後の男子棟の昇降口で、彼女と取り巻きの令嬢数人が僕を待っていた筈だ。
『好きです』
『付き合って欲しい』
と云って手紙を渡してきた彼女に、僕は
『今は特定のひとと付き合う気が無い』
『当主争いの最中だから、自分にそんな余裕が無い』
とか伝えた様な気がする。
『何故わたしを断るの?』
僕をきつい表情で見返してきたのが大分今までお断りしてきた他の女の子と違っていた。
その口ぶりと眼差しからは明らかに
『まさか自分を断る筈がないでしょう?』
と言った傲りの様なものがハッキリと見えたものだ。
大柄な兄・レオナルドとエリー嬢が二人で並んで学園敷地内へと入って行くのを見ていた僕に、姉さまが声を掛けてきた。
「…あの子がエリーよ」
+++++
「あの子がエリーよ。エリーと、彼女のお兄さん」
姉さまは数日ぶりに僕を真っ直ぐに見た。
「シャルル、彼女をちゃんと覚えてる?」
「…いや、やっと今彼女の顔は思い出したよ」
姉さまは僕の言葉を聞くと、暫くしてから心底呆れた様に大きく溜め息をついた。
「シャルルって…やっぱり自分が簡単に手に入れられる者に対しては全く興味がわかないのね」
「何だよ?やっぱりって?」
(それは誤解だ)
その時の彼女を断った理由は単純に僕の性癖に関するものだ。
決して姉さまの言葉の様な理由では無い。
けれど余りにしみじみと言う姉さまの言葉に、僕の反応は若干遅れた。
「…何なの?少し無遠慮な言葉だと思わないかい?」
「わたしはずっと前から思っていた事を言っただけよ、シャルル」
「その棘のある言葉は一体何処から出てきたの?」
姉さまはきっと僕を見上げてはっきりと言った。
「わたしが何年あんたの姉をやって周りを見ていると思っているの?
シャルル、あんたはいつも『自分が求めるものを勝ち取る感覚』が好きなだけでしょう?
だから簡単に手に入れられる物や自分に負けた者には直ぐ興味が薄れてどうでも良くなるし、勝てない相手や物事にはずっとしつこく拘り続けるんだわ」
姉さまが僕をこんな目で見る事は今回の試験云々、そして当主争いの件からだ。
何故いきなりこんな風に姉さまは変わってしまったのか。
僕を敵意の眼差しで見あげる様になったのか。
そんなに僕を押しのけて迄『ヘイストンの当主』に成りたいのか。
そして僕は姉さまの長年隣にいた者としては…余りに容赦の無い言葉に何故だか馬鹿馬鹿しく…可笑しくなってきてしまった。
「ふふっ…え?…どうしたのさ?姉さま。ハハッ…いきなり…もう我慢できなくなったみたいに…」
一度僕から笑いが出ると止まらなくなった。
「…ふふ、ハハッ…姉さま…なんだか随分と、ハハッ…僕の性格が悪いみたいに言うじゃない?…」
「お世辞にもよろしい性格とは言えないかもね」
「ハハッ…ああ、待ってよ可笑しい。僕知らなかったよ、姉さまって…。姉さまって…実は賢かったんだね」
それしか言い様がなかった。
ずっと僕が長いこと『知られたら嫌われるかもしれない』と怖がっていた――姉さまには見せない様隠してきた僕の狡い陰の一部分を、既に彼女は見抜いていたのだから。
姉さまは笑い続ける僕をじっと見つめながら、またも挑戦的な言葉を吐いた。
「…そうね。だからわたしをあまり舐めないで頂戴。今度こそ真剣に勝負なさい、シャルル=ヘイストン」
「ふふ、勿論…言われなくともそのつもりだからさ。せいぜい健闘を祈るよ。アリシア=ヘイストン」
そして王立学園の入口まで一緒に歩いた僕等は、それぞれの学び舎へ向かう為にそこから別れたのだった。
そしてそれを確認するべく行動に出た。
まず昼休みに生徒会長の元を訪れ、あのアルファベッド文字を切り貼りした紙を一時的に借り、覚えている分だけでもその日付を思い出して貰った。
それから授業終わりにそのまま馬車でドワイト=コリンズの自宅まで行き、休み中の宿題を伝えると称して、彼が休んでいる事について話をした。
僕は帰ってから自宅に置いてあった新聞とにらめっこをしながら調べ、その合間に自ら髪を切り落とした為姉さまの部屋の片づけをしていたメイド長にも話を聞いた。
試験勉強はしなかったが、特に問題は無い。
そもそもが普段の勉強の予習と復習のみで事足りるのだ。
それに今回は姉さまがいない。
姉さまが傍にいる時には、常に隣にいる彼女の学力やテストの出来栄えを気にしながら自分のテストの回答を書く様に常に気を遣っていたが、今回それは必要ない。
彼女がギアをトップに入れてテストへと臨むとしても、今の僕にそれを知る術は無かったし、当主争いが絡むと姉さまから宣言された以上…もう彼女に遠慮する必要は無かった。
僕は勝つ。
姉さまからも、他の誰からも。
周囲とは圧倒的な差を付け――自分の勝利を示す。
そして堂々と見せつけなければならない。
『僕こそがヘイストン家の後継者だ』と。
++++++
試験一日目が始まった。
まず――今日の午前中は、基礎教科である四科目だった。
そして男子学生のみ、午後にハイネ先生によるダンスのテストがある。
明日二日目は選択科目のテスト四科目だ。
女子、男子生徒と同じ様にダンスのテストがある。
(姉さまはそこでイーサンとウィンナーワルツ、フォックストロット、ブギ(ジャイブ)のダンスの試験を受ける)
そして八科目の教科と、ダンス講習の合計点数で男女別に順位が発表されるのだ。
流石に試験一日目の朝は早めに学校に行かなかった姉さまと、久しぶりに向かい合わせで僕は朝食を摂った。
(いつもだったら食卓の広いテーブルに必ず置いてある新聞も試験期間中は置いていない)
父上の質問に生返事を返しながら、姉さまは真剣な表情で教科書を見つつパンを齧っていた。
後にメイド長が切り揃えてくれた為か、姉さまが裁ちばさみで自分でバラバラに切った時より大分綺麗に揃っている。
(可愛らしい少年の様ではあったが)
頬の腫れも一日置いて大分マシになっている様だった。
僕は朝食を終えると椅子にナプキンを置いて立ち上がった。
「少し早いけれど、僕はそろそろ学校へ行くよ。姉さまはどうする?」
「わたしもシャルルと一緒に行くわ」
同じ様に立った姉さまは、側にあった鞄を持ちつつも教科書を手元から離さなかった。
通学用の馬車に乗る為にエントランスへ向かい、教科書をまだ読んでいた姉さまが僕より先に階段を下りて行く。
するといきなり僕の前を歩いていた姉さまの髪の毛がふわりと上下に揺れた。
なんと足元を見ていなかった姉さまが踵から足を滑らせたのだ。
「…きゃっ…」
「――姉さま!」
間一髪――姉さまの腕の下を掬うようにして僕は階段を滑り落ちそうになる彼女の身体を支えた。
「大丈夫かい?姉さま」
「…シャルル…」
僕を見上げた姉さまは、一瞬だけやっぱり泣きそうな表情をした。
(何故そんな表情をするのだろう?)
僕の手を借りるのがそれ程嫌になっているのだろうか。
姉さまは僕の腕を振り払うようにして離すと直ぐに前を向いて
「ありがと…でも、もう…助けなくていいわ」
と小さな固い声で言ってから、また階段を下りて行った。
馬車の中では教科書を読んだままの姉さまと僕は終始無言で過ごし、僕等の馬車は学園へと到着したのだった。
++++++
学園に到着すると、丁度目の前の入口付近に派手な金の細工をつけた通学用の馬車が先に停まっていた。
その派手な馬車の真後ろに着けた時に、当家の馬車の御者を覗く前部分の窓からそれは見えた。
(あれは)
『金の鵞鳥』の紋章だ。
何と目の前にいるのはフィリプス家の仕立てた馬車だったのだ。
前に居た馬車の扉を御者が開くと、先に大柄な高等科の男子生徒(レオナルド=フィリプスと思われる)が降りて、彼が手を引く様にして次に茶色の巻き毛の女生徒がタラップを軽快に降りてきた。
(…彼女がエリー嬢か)
先月の手紙を貰った事は思い出せるから、彼女の顔を見た時点でやっと僕が手紙を貰った状況をクリアに思い出す事が出来た。
確か放課後の男子棟の昇降口で、彼女と取り巻きの令嬢数人が僕を待っていた筈だ。
『好きです』
『付き合って欲しい』
と云って手紙を渡してきた彼女に、僕は
『今は特定のひとと付き合う気が無い』
『当主争いの最中だから、自分にそんな余裕が無い』
とか伝えた様な気がする。
『何故わたしを断るの?』
僕をきつい表情で見返してきたのが大分今までお断りしてきた他の女の子と違っていた。
その口ぶりと眼差しからは明らかに
『まさか自分を断る筈がないでしょう?』
と言った傲りの様なものがハッキリと見えたものだ。
大柄な兄・レオナルドとエリー嬢が二人で並んで学園敷地内へと入って行くのを見ていた僕に、姉さまが声を掛けてきた。
「…あの子がエリーよ」
+++++
「あの子がエリーよ。エリーと、彼女のお兄さん」
姉さまは数日ぶりに僕を真っ直ぐに見た。
「シャルル、彼女をちゃんと覚えてる?」
「…いや、やっと今彼女の顔は思い出したよ」
姉さまは僕の言葉を聞くと、暫くしてから心底呆れた様に大きく溜め息をついた。
「シャルルって…やっぱり自分が簡単に手に入れられる者に対しては全く興味がわかないのね」
「何だよ?やっぱりって?」
(それは誤解だ)
その時の彼女を断った理由は単純に僕の性癖に関するものだ。
決して姉さまの言葉の様な理由では無い。
けれど余りにしみじみと言う姉さまの言葉に、僕の反応は若干遅れた。
「…何なの?少し無遠慮な言葉だと思わないかい?」
「わたしはずっと前から思っていた事を言っただけよ、シャルル」
「その棘のある言葉は一体何処から出てきたの?」
姉さまはきっと僕を見上げてはっきりと言った。
「わたしが何年あんたの姉をやって周りを見ていると思っているの?
シャルル、あんたはいつも『自分が求めるものを勝ち取る感覚』が好きなだけでしょう?
だから簡単に手に入れられる物や自分に負けた者には直ぐ興味が薄れてどうでも良くなるし、勝てない相手や物事にはずっとしつこく拘り続けるんだわ」
姉さまが僕をこんな目で見る事は今回の試験云々、そして当主争いの件からだ。
何故いきなりこんな風に姉さまは変わってしまったのか。
僕を敵意の眼差しで見あげる様になったのか。
そんなに僕を押しのけて迄『ヘイストンの当主』に成りたいのか。
そして僕は姉さまの長年隣にいた者としては…余りに容赦の無い言葉に何故だか馬鹿馬鹿しく…可笑しくなってきてしまった。
「ふふっ…え?…どうしたのさ?姉さま。ハハッ…いきなり…もう我慢できなくなったみたいに…」
一度僕から笑いが出ると止まらなくなった。
「…ふふ、ハハッ…姉さま…なんだか随分と、ハハッ…僕の性格が悪いみたいに言うじゃない?…」
「お世辞にもよろしい性格とは言えないかもね」
「ハハッ…ああ、待ってよ可笑しい。僕知らなかったよ、姉さまって…。姉さまって…実は賢かったんだね」
それしか言い様がなかった。
ずっと僕が長いこと『知られたら嫌われるかもしれない』と怖がっていた――姉さまには見せない様隠してきた僕の狡い陰の一部分を、既に彼女は見抜いていたのだから。
姉さまは笑い続ける僕をじっと見つめながら、またも挑戦的な言葉を吐いた。
「…そうね。だからわたしをあまり舐めないで頂戴。今度こそ真剣に勝負なさい、シャルル=ヘイストン」
「ふふ、勿論…言われなくともそのつもりだからさ。せいぜい健闘を祈るよ。アリシア=ヘイストン」
そして王立学園の入口まで一緒に歩いた僕等は、それぞれの学び舎へ向かう為にそこから別れたのだった。
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