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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】

シャルルの事情 ⑫

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その日の夜はおかしな夢を見た。

ストロベリーブロンドのその子の顔は見えない。
長いサラサラの髪を腕の中に抱きしめると、何故か懐かしい甘い香りがする。

その香りを嗅ぎながら、僕は沢山のキスを落としていた。

その髪と小さな耳朶と白い首筋に。
その瞼と頬と――僕の名前を呼ぶ唇に。

何においてもそうだったが、恋愛の類も僕は必ず優位性を保ちたかった。

相手が僕に夢中になればなる程…僕の『勝ち』。
天秤の秤の重さで云えば、相手が重くなれば成る程――僕の『勝ち』だ。

今までもずっとそうしてきたし、それこそが僕にとっては『勝負においての勝利』だ。

僕は分かりやすい愛の言葉を言わない。
僕の愛の価値も下がる。
沢山の価値のない甘い言葉を吐いて沢山の愛を示した方が、その天秤を重くして負けるのだ。

僕はそう思っていた。

けれどそんな僕をあざ笑う如く――。
夢の中の僕は、あの陳腐な恋愛小説さながら愛を囁いている。

あの『好きだ』『愛してる』『可愛い』『君は僕の物だ』『僕を愛してくれ』の件のやつだ。

その子の耳元で何度も何度も。
沢山のキスを落としながら。

繰り返す愛の言葉に『どうか応えてくれますように』と必死で願いながら。

 ++++++

「――え?ドワイトがお休みなのかい」

「そうなんだってさ。試験勉強でもしているんじゃない?」
「ふーん…でも珍しいね」
僕は教室でいつもの様に宿題のノートを集めながら、クラスメイトの話を聞いて相槌を打った。

時折だが、試験勉強が間に合わないと学校を休んで勉強する奴もいる。
試験の結果が悪すぎると留年する可能性もあるので、普段なら何とも思わない。

けれどドワイト=コリンズはコツコツと勉強を積み上げる性格で、試験直前にいきなり学校を休むタイプでは無かったので意外に思ったのだ。
(…体調不良だろうか)

そう言えばあの気の弱いビリー=フォレストも、結局学校へ登校して来ない。

通学途中で何者かに乱暴され救護室へと行く様に促したが、結局鼻の骨が折れていたらしく、そのまま『町医者へ行く』と帰宅し教室には戻ってこなかった。

僕は集めたノートを持って、管理棟にある職員室に向かう通路を歩いていた。

その時、僕は後ろから声を掛けられた。
「シャルル!ちょっと待って――話があるんだけれど!」

タタタ、と廊下を走ってくる音が聞こえたと思うと、ダンスシューズを持ったイーサン=レガートが僕の前に現れた。

「ちょっと相談があるんだよ…いいかい?」
心なしか青白い顔をしたイーサンが真剣な口調で僕に言った。

 ++++++

「実は君のお姉さんのダンスのパートナーをさせて貰っているんだ。彼女の試験の時にも踊る事になっているけれど」

イーサンは改めて僕へと言った。
「ほら…僕のダンスの試験の練習にもなるだろう?」

僕等男子生徒もダンスの試験は勿論ある。
大抵がハイネ先生の数名いる女性アシスタントと踊るのだ。

僕は適当に頷いた。
「うん。姉さまから聞いているよ」
「ああ、聞いているんだね――が『シャルルには頼めないから』って言っていたから、てっきり内緒にしているんだと思っていたよ」

(…アリシア?)
僕はイーサンの『アリシア』呼びに『勝手に呼び捨てするなよ』と内心イライラしてしまった。

するとイーサンは不思議そうな表情で僕に尋ねた。
「あれ?今舌打ちした?」

「してないよ――それで?」
(早く要件を言ってくれ)
僕はにっこりと微笑ながらイーサンへと尋ねた。

「実はさ。この間君のお姉さんにデートの申し込みをしに行ったんだけど」
「うん、クレープを食べにカフェに行くんだろ?それで、それが何?」
「なんだよ、シャルル。急かさないでくれよ」
「僕も職員室に集めたノートを出しに行かなきゃいけないから、悪いがあまり時間が無い(これは嘘だ)んだよ」
「ああ、そっか。ごめんよ。実はね…」

 ++++++

のんびりしたイーサンの要領を得ない話を纏めるとこうだ。

先日姉さまのいる女子棟入口付近で三人で姉さまを待っていたらしい。
それがビリー=フォレストと今日学校を休んだドワイト=コリンズとイーサンだ。勿論三人で(何て事だ、三人とは…許せん)デートに誘う為である。

待っている間に、立ち話で姉さまの話題で盛り上がっていると、通りかかったに声を掛けられたそうだ。

『アリシア=ヘイストンを待っているの?』
とその子に聞かれたのだと言う。

『そうだ』と巻き髪の女の子に答えると、姉さまが丁度馬車に乗る為に校舎から出て来た。
三人が一斉にデートに誘うと、姉さまは少し困った様に
『じゃあ、ダンスのパートナーをやってくれたら…』
と了承したらしい。

その巻き髪の子は終始観察する様にじっと見てきたので、イーサンが姉さまに
『彼女は友達?』と尋ねると、姉さまは
『あの子は…エリーは違うわ』と首を振ったのだそうだ。

 ++++++

「…か」

思わず呟く僕の言葉を聞いたイーサンには
「シャルル、彼女の事を知っているのかい?」
と尋ねられたが、残念ながら僕の頭に彼女の顔は全く思い浮かばなかった。

頭の痛い事だが、ここに来て女の子の顔が全て『もへじ』化する現象が僕の足を引っ張っているのである。

「いや、会っている…筈だけど顔を覚えていない」
ってどういう意味だよ。顔立ちはきついけどかなり目立つ美人だったよ。一度会っていたら覚えるだろ」
「…とにかく覚えていないんだよ」
「まあいいや、…それでさ」

イーサンは鼻を骨折し学校を休んでいるビリーの自宅へとお見舞いに行ったらしく、その時に彼が通学中に怪我をしたことの経緯を聞いてきたのだと言う。

ビリーは大まかにイーサンにこう説明したらしい。
「僕が歩いている時に派手な通学用の馬車が横づけしたと思ったら、そこから学園の制服を着た大柄な生徒が降りて来て、いきなり僕を殴ったんだ」

「学園の制服を着た男が殴った…?」
僕はイーサンの言葉を繰り返した。

「ちょっと待ってくれ。そんな乱暴な事をする生徒がいるって事?」
「僕も最初は信じられなかったよ。でもビリーがそんな見間違いをするわけないじゃないか」
イーサンは僕へ言い聞かせるように言った。

「それは…確かにね」
我が学園は一般的な市井の子供が入る学校では無い。
王家と貴族が入る王立学園だから制服や身に着ける物もきちんと指定で決まっている。
イーサンの言う通り、在校生であるビリー=フォレストがそんな見間違いをするとは考えにくい。

「ただビリーの親が『この件はもう外で話すな』と彼に言ったらしい。
ビリーは試験が始まる迄は怖くて学校に来れないと言っていたよ」

「…そうか、それは気の毒に」
僕はイーサンの言葉に頷いた。
(そんな事があれば、学校に歩いて来るのは怖くなってしまうだろうな)

僕の言葉にイーサンも『そうだろう?』と言った風に頷いた。
「それでね、実はシャルルに訊きたいのが紋章の事なんだ」

「――紋章?」
「そうなんだ…僕等の家の階級だと紋章が無いけれど、伯爵家の上級からは紋章があるじゃない」
「うん…そうだね。我が家にもあるよ」
僕はイーサンに答えた。

伯爵の上級からはそれぞれ家名を表す紋章を持つことを、王家より許される。
我がヘイストン侯爵家の紋章は『銀色の牡牛』のモチーフのものだ。

「金色の鵞鳥のモチーフの家名は分る?」
「――え?」

「金色の鵞鳥だよ。ビリーを殴った男が乗っていた派手な馬車に、その紋章が付いていたのをビリーが見たんだって。本当はそれも含めて親に『話してはいけない』と言われたらしいけれど」
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