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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】

シャルルの事情 ⑥

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「おはようございます」

王立学園の門前には次々に名門家の馬車が並ぶ。
もちろん我がヘイストン侯爵家の馬車も然りだ。

高貴な家々の紋章付きの馬車の中には一部、王立学園の子弟が使う通学用として『目立たない様に』と指定されているのにも関わらず、大分華美であったりするものもある。

幾つかそんな馬車が目立つ中、慎ましいヘイストン侯爵家の馬車から僕は降りて学園のエントランスに立った。

「行ってらっしゃいませ、シャルル様」
「うん。行ってくるね」
ニッコリと天使の様に笑いかければ、すっかり機嫌を直した御者は僕へと美しい礼をしてその場を去っていく。

(さて…と)
僕はその場でスン…と真顔になった。
これから――姉さまを虐めた『エリー嬢』を捜しに行かなければ。

知って直ぐに『どうする』ではないが、敵は早めに知っておくに越したことは無い。姉さまが言いたがらないのでは――特に。

 ++++++

「おはよう、シャルル」
「おはようございます、シャルル様」

「おはようございます。良い朝ですね」
声をかけてくれる同級生や下級生に適当に相槌と挨拶を繰り返しながら自分のクラスへと着いた。

僕はクラスへ着いてすぐに宿題のノートを皆を急かして集め始めた。
男子と女子の中間にある管理棟にある先生や講師が集う職員室へ向かう為である。(僕はこのクラスの学級代表なのである)

「あれ?イーサンがいない?あいつ何処に行ったんだ?」
「お手洗いじゃね?」
「いや?さっきダンスシューズ持って出て行ったぞ」
「何だよ、ダンスシューズって。何してんだよあいつは…」
「あ、そういやビリーもいないよ。もう鞄はあるのに…」
「あー…ビリーは職員室へ行くって言っていたよ」

…と朝からわちゃわちゃして、なかなか全ての宿題が揃わない。
仕方が無く取り敢えず『残りはまた後で』とその場にいる生徒の分だけ宿題を回収すると、僕は足早で積み上げたノートを持って職員室へと向かった。

先生が教室へと来てしまうと、ただ回収した課題を渡すだけになる。
だから僕はその前にをしたかったのだ。

戻って来る道すがら、俯きながら肩を落として廊下を憂鬱そうに男子棟へと歩いて戻るビリーの姿があった。

「おはよう、ビリー。どうしたの?」
「あ、シャルル。おはよう…あ、ごめん。宿題出せて無かった…」
「大丈夫だよ。また後で出してもらえば…」
と言いかけてビリーの口元が切れて、殴られた様に腫れ鼻血が出ているのに気が付いた。

僕は驚いてビリーに尋ねた。
「…どうしたの?それ」
「いや…道で転んだんだよ」
「…転んだ?違うだろ、それ。誰かに…」
「誰でもないよ…僕の事は気にしないで、シャルル」

僕は内心『気にしないでって…無理だろ』と思いつつも、ビリーへと云った。

「…取り敢えず救護室へ行っておいで。一限目の先生は言っておくから」
「…うん、分かった。そうするよ」

ビリーは大人しく僕の言葉に頷いた。
いかにも足取り重そうに歩くビリーの後ろ姿を見送りながら、僕はある事に気付いた。

ビリーは確か男爵家の出身だった筈だ。
(徒歩で通学していたっけ)
『ではあの怪我は…通学中の事か?』

優しいと云うか若干気弱な性格のビリーが、わざわざ朝の通学途中で誰かに喧嘩を売るとは考え難いから――誰かに仕掛けられたのだろうか?

(どちらにしてもビリーの様な少年相手に無体を働くのは、ロクな相手では無い)

因みに学校内は特殊な――例えば王族・王子・姫君などでなければ、基本的に父親の持つ爵位や階級の特権は子供に関与させない方針だ。
生徒皆平等として扱うものとしている。

(少なくとも保護者はその立場を貫くのが普通だが、どの世界でも人々が常識とするものが通じないは存在する。その子供も然り)

『後でビリーに話を聞いてみよう』と思いつつも、僕は課題のノートを持ったまま職員室へと真っ直ぐに向かった。

 +++++++

「ありがとう。シャルル君、じゃあ回収したものはそこに置いてくれるかい?」
「はい。先生」
僕はにこやかに微笑みながら、僕のクラスの課題入れの箱へと回収した宿題ノートを入れた。

そして風を装い、中等部の生徒の名前がバーンとクラス別に張り出されている壁を見た。
(さあ…『エリー』は何処だ?)

「――気になるかい?」
いきなり僕の真後ろに立っていた先生が僕に尋ねてきた。
僕は後ろに居た先生に気が付かず、驚いて曖昧に笑って答えた。

「…あ、はは。そうですね。僕の姉が女子クラスに居ますので」
「ああ、そう言えばそうだったね、お姉さんは二学年の…このクラスだよ」

ご丁寧に先生は特に警戒する様子も無く、姉さまが掲載されている学年とクラスの場所を僕に指さして説明してくれた。
こんな風に教えてくれるのは僕の日頃の行いの賜物とも言えるだろう。
(まあ姉さまが実際に居るからかもしれないが)

 ++++++

僕は一瞬で二クラス分の女子の名前を目で追うと、『エリ―』の愛称を持つ女子の名前を頭に叩き込んだ。

(…こんなにいるのか)
やはり多く存在するといえるだろう。

実際にそう呼ばれているかまでは分からないが、二クラス六十人中四分の一近くがこの愛称に該当する女子の名前だ。

エリイ=ターナー、エラ=バンドリン、エリン=シュターゲン、エリナ=ウッドストーン、エレオノーラ=ワンド、エリザベス=ロバーツ、エリザベス=スコット、ガブリエル=ジョンソン、ガブリエラ=ホール、ミカエラ=ターナー、ローラ=エバンス、カルメラ=ハリソン、イザベル=モーガン、

(――ん?)
最後の『ダニエラ=フィリプス』だけが引っ掛かった。

ダニエラ=フィリプス…彼女は先月僕に『好きです』と告白の手紙を送ってきた娘では無かったか?
(何処で僕を知るのか分からないが、定期的にそのような女子が発生する)

申し訳ないが、彼女自体の顔を僕はもう覚えていない。
僕は元々女性の顔を覚えるのは苦手と云うか――興味が無いのである。
どんな美人と言われる方でも同様だ。(反対に男は直ぐ覚えるのだが)

長く屋敷で接する機会のあるメイドや下働きの女性ならともかく、その他の方は、話している内に『へのへのもへじ』に見えてくるのだから仕方が無い。

不思議な事だが――姉さまの事は姉弟だからか、に覚えている。

彼女の笑い声、そのトーンと息継ぎや言葉の言い回し、指先の動き…そして怒る前の表情や声や空気の変化も直ぐに思い出せる。

伏せて震える睫毛の影、振り向いて僕の名前を呼ぶ前に少し微笑む事。
僕は全部覚えている。

それなのに――今回の事が兆しでも分からなかった事が僕は悔しかった。

いや――話が脱線したので戻るが、そう…僕にとって彼女ダニエラでも、いつも通り丁寧に御断りした筈である。

そして確かは、『金脈の門番・国庫の番人』と名高い我がヘイストン侯爵家との一つの筈だった事も思い出したのだった。
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