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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】

シャルルの事情 ⑤

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「…え?虐められている…?」
中間の試験をあと数日後に控えた朝食の席の事だった。

いつもの様に早めに席に就いた僕は、新聞を読み終えて目の前に置くと上座に座る父上に訊き直した。

姉さまが…ですか?」
「どうやらその様だ」

父上は重々しく頷いた。
僕は驚いて父上に尋ねた。
「そんな…毎日同じ馬車に乗っていますが、姉さまはそんな事を一言も…」

(確かにここ二日ばかりは一緒に行けていないが)
今まであんなに毎日朝夕と同じ馬車で通学しているのにも関わらず、姉さまはそんな事をおくびにも出さなかったのに。

「儂にもあの子は直接言ってこんよ。…が、どうにもおかしいと思ったのだ。いくつか学用品が無くなってしまったと執事から聞いて買い与えたはいいが、また違うものを失くしてしまったと報告があってな。
いくらおっちょこちょいのアリシアでも失くす頻度が多すぎるし、学用品ならともかく、どう考えても授業で使うような高価なダンスシューズまでは無くさんだろう?」

「そう言えば僕の所にも姉さまが教科書を借りに来ることがありました。少し元気も無かった様な…」
「…それで詳細を執事に訊いたのだ。するとトーマスよりもしかしたら御学友に犯人がいるのかもしれないと返答があった。アリシアがちらと洩らしたらしい」

「ちょっと待って下さい、父上」
いつもなら滅多にしないのだが、僕は思わずその場で立ち上がった。

父上の話しの途中だったが、どうしても一つ気になる事があってその話を遮ってまで訊いてしまったのである。
「何故それを執事が…トーマスが知っているのですか?おかしいではありませんか。毎日一緒に通学している――や父上ならともかくに…。ってことですか?」

父上は僕の顔をびっくりした様に見ながら言った。
「いやいや、問題はそこではないだろう?シャルルよ。ちと落ちついて、一度座れ。執事もはっきりとはそれを聞いとらん。ただアリシアが『今学友の一人とケンカ中だから』と一度言ったのを聞いただけだと言っとった」

「…そうですか。分かりました」
そう言って僕はまだ食事の途中だったが、自分の朝食の席にさっとナフキンを投げた。

「――埒が明かないので姉さまに直接聞く事にします。失礼します、父上」
「なに?――あ、おいシャルル。今日もアリシアは…」

唖然しながらも何かを言いかけた父上を置いて、僕はそのまま朝食の席を靴音も高く後にした。

 ++++++

「トーマス…!トーマスはいるか!?」

滅多にない大声を上げる僕の剣幕に驚いた小柄な執事が、エントランスの方向から小走りに戻って来た。

「お、おはようございます。お呼びになりましたか?シャルル様。どうか致しましたか?」
「姉さまの事でおまえに聞きたい事が…いや、待って。姉さまは一体何処?」

そう言えば姉さまの姿が見当たらないではないか。
(朝食の席に来るのがいつも遅めの姉さまではあるが、この時間まで降りてこないのは…)
『流石におかしいだろ』と僕が辺りを見渡していると、トーマスはそんな僕の考えを呼んだかのように答えた。

「シャルル様、あの…アリシア様なら本日も早く学校へと行かれると、もうお発ちになりましたが…」
「何だって!?」

僕がくるりと振り向き執事をギラっと見据えた瞬間、トーマスの身体がびくりと跳ね上がった。

「シャ、シャルル様…あの…???」
「...トーマス、おまえ…姉さまの一体何を知っているの?」

僕は自分の声が氷点下になっているのを感じながらも、状況が飲み込めずに疑問符を顔に張り付けた執事へと尋ねた。
「あ…あのシャルル様…申し訳ありません。何を言っておられるのかが少し…??」

『全て僕に白状しろ』の僕の言葉に、パニックになって、ひたすらはわわと怯えてちょび髭を震わせる気の毒なトーマスの姿がそこにあった。

 ++++++

トーマスの話によると、どうやら姉さまが喧嘩をしていると云う相手は『エリー』という名前の令嬢らしい。

学年に二クラスしかない女子クラスと言えど、『エリ―』なんて愛称の名前は掃いて捨てる程いると云うのに、何て紛らわしいんだ。

「…エリー、エリー、エリー…」
ぶつぶつと呟き考え込みながら僕が通学用に準備された馬車に乗り込むと、いつもはにこやかな御者の顔が一瞬曇った。

若くしなやかな体躯と可愛らしい小尻の彼は、一時期僕の遊び相手でもあった。
しかし彼は馬車の扉を閉める直前に、少し恨めし気に僕に尋ねてきたのだった。

「…そちらのお名前の方は、もしかしてシャルル様のガールフレンドですか?」
「――まさか…止めてくれよ。そんな訳無いだろう?」
僕はあわてて御者の彼へと言った。

僕は同学年の婦女子に――いや女自体に全く興味が無いというのに。

「アリシア姉さまの御学友のお名前だ。僕には(直接)関係が無い令嬢だよ」
いつもの様に彼へにっこりと笑いかける。

すると御者の彼は安堵した様に微笑んだ。
「そうですか――では出発しますね、シャルル様」
と優雅に馬車の扉を閉めた。

(…危ない危ない。こんなバカバカしい事で各所で余計な恨みを買ってはいけない)
僕の姉さまの事を虐め、学用品を隠し、僕に朝からこんなアホな言い訳をさせる『エリー』嬢とやらに対して、僕は本気で怒りを覚え始めたのだった。
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