13番目の苔王子に嫁いだらめっちゃ幸せになりました

花月

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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】

シャルルの事情 ②

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「ねえさま…の声?」
 これはおかしいと僕には直ぐに分かった。

(何か…大変な異常事態が起こっているのかもしれない)
 姉さまは一度眠ってしまうと決して目が覚めない。
 暴風雨で部屋の窓ガラスが割れても眠り続けるという剛の者だ。

 しつこく言わせてもらうが、決してこんな夜中に『クスンクスン』などと可愛らしく泣き声を上げるタイプでは無い。

 僕はそのままそっと自分の部屋の扉を開けると廊下へと出た。
 廊下は広く豪華だが母が居ない為か余計に寒々しく感じてしまう。
 まだ秋だというのに手足が冷え冷えとしてしまう。

 すると――見れば隣の姉さまの部屋の扉が薄く開いている。
 か細い泣き声はそこから聞こえているのだった。

(やっぱり泣いているのは姉さまなのか…可哀想に)
 僕はそのまま部屋の扉を静かに開けると、驚かさない様にそっと姉さまの部屋の中へと入った。

 後ろ向きの姉さまはくるりとベッドの上で丸まりながら、小さな肖像画を胸の辺りにぎゅっと抱きしめている。
 部屋の薄明かりの中でも誰の肖像画なのかが分かった。
(…母上だ)

 自分の胸にも母上を失った悲しみがまた溢れ出てきた。
 普段は明るく気丈に振舞ってはいても、やはり母上を失くした哀しみは姉上にもあるのだ。

(…姉さまを慰めてさしあげたい)
 僕はしくしくと泣く姉さまの姿に胸が痛くなった。

「…姉さま…」
「ひいゃああっ…!」

 そっと声を掛けたつもりだったが、姉さまはそれでも驚いたのか普段は聞かない様なヘンな悲鳴を上げた。

 そして慌てて後ろを振り向いた姉さまは、胸に抱いていた肖像画を腕からポロリと落とした。
 姉さまの小さな顔が思いっきり引き攣っている。

「ああ…止めてよシャルル。びっくりしたじゃないの」
「…なあに?これ…」
 僕は不思議に思って姉さまが持っていた絵について尋ねた。

 黒いリボンのついた緻密な肖像画は二枚続きになっており、片方は美しい母上だったが、もう片方は姉さまが僕にお見舞いにと連れてきたガマガエルの絵だった。
 どうやら姉さまはそのガマガエルに適当かつ安直な『ガマたん』と名前を付けて、とても可愛がっていた様なのだが。

「母上様がお亡くなりになった夜に…ガマたんもぽっくり死んじゃったの。
 母上様はガマたんをとても可愛がってくれたから…きっとお寂しくない様にガマたんも一緒に逝ったのね。で天国で幸せになっているといいな…」

…?)
 鼻を啜りながらもしみじみと言う姉さまを僕はぼうっと見ていたが、そこで姉さまはハッと僕に初めて気づいた様に言った。

「シャルル…それよりあんたどうしたの?何でここにいるの?」
「どうしたって…僕の部屋の隣から姉さまの泣き声が聞こえたから心配してきたんだよ」

 姉さまはやや非難がましい眼で、上から下まで僕をまじまじと見つめた。
「…シャルル、あんたのパジャマはどうしたの?」
「…恥ずかしいけれど久しぶりにお漏らししちゃったんだ僕…。真夜中だしメイドを呼ぶのも悪いと思って」
「それで今…すっぽんぽんなの?」
「だからさっきお漏らししたって言ったじゃない。濡れちゃって気持ち悪いから脱いだんだ。ベッドもすっかり濡れちゃって横になれないし」

「…そっか。それで…そういう事なんだ…」
(一体何がそういう事なのか。折角心配して来たのに)
 姉上の視線が特に僕の足の間で数秒間止まった様な気がしたのは気のせいだろうか?
 
 すると姉さまは改まった様に僕へ尋ねた。
「あんた…ひとりで着替えも出来ないの?」
「そうだよ?何か問題があるのかい?僕着替えのある場所も知らないし」

 メイドが喜んでやってくれるので僕の着替えは全て任せきりにしている。
 それを聞いた姉さまは呆れた様に口を半開きにしていた。

「…そうなの?」
「そんな事で僕を馬鹿にするのは止めてくれる?」

 僕は少し腹が立って言い返した。
 争奪戦になる程着替えをさせてくれるメイドがずらり並ぶのに、何故わざわざ一人で着替える必要があるのか。

「あ…ごめんねシャルル。わたしは着替えを自分でしちゃうから…」
「むしろ姉さまは何で自分で着替えるんだよ?女の子なのに」
(女の子の方が着替えは大変じゃないのか?)
「あんまり日に何度もドレスを汚くするからとうとうメイド長にお小言を喰らったの。
 『ご自分で脱いで着替えて下さい』って。洗濯場のわたし専用のお洗濯籠に入れてくださいって」

 少しきまり悪そうに言う姉さまの言葉に僕はびっくりしてしまった。
 あの温厚で有名なメイド長をキレさせるとは。
(…姉さまは一体日に何度着替えをしたんだろうか?)

「――それよりダメよシャルル。男の子が急所を晒して歩いては」
「…急所…?」
「そうよ。母上様がそう言ってたわ。ヘイストン家を存続させる守り刀だって。大事にしまっておかなきゃ…」

 そう言うと、姉さまはあの思い出すのも気持ちが悪いガマガエルさながらピョンとベッドから飛び降りた。
 (…急所で守り刀ってどういう意味だ?)

 そしてタタタと小さな足音を立てて隣の小部屋へと入って直ぐに白いフリルのワンピースみたいなのを持って戻って来た。

 姉さまは持ってきたフリルとレースで出来たネグリジェを、僕に『じゃーん』と言って見せてくれた。
「ねえ、ちょっと見てこれ。可愛くない?」
「…うん。可愛いね」

「そうでしょ?じゃあ着てね、シャルル」
 いきなりボスッとそれを僕の頭から被せる。

「…これ僕が着るの?」
 僕は戸惑いつつも姉さまに手伝ってもらってネグリジェの袖の部分に手を通した。
「そうよ。わたしがこれを着て寝ると夜中ゴロゴロしている内にお腹が出ちゃうから、次の日の朝お腹が痛くなっちゃうのよ。あんたは寝相悪くないでしょ?」

 姉さまはフリルのネグリジェに着替えた僕を見て手を叩いた。

「可愛い!ほんとうに良く似合っているわ、シャルル」
「…ありがとう…」

 その喜び方があのガマガエルに新しいリボンをつけた時の反応と全く同じだったので僕の心中は複雑だったが、気を良くした姉さまは『今夜はこのままここで寝ていいわ』と言ってくれた。

 僕達は姉さまのベッドで手をつなぎ並んで眠る事になった。

 窓から見える星が美しく瞬いている。
 秋から冬にかけての夜空は穏やかに澄んでいた。
 何処からか鈴の様な虫の声も微かに聞こえる。

 有り難い事に蛙の声は聞こえなかった。

 そして僕は――枕元にある本のタイトルが気になって仕方が無かった。
 それは『世界のトイレ事情・トイレ大百科』という物だ。
(…姉さまはどこからこんな本を見つけてくるんだろう)

 静かになった僕を見て勘違いしたのか、姉さまはしんみりとして言った。
「…寂しいわよねシャルル。わたしもあんなに賑やかだった母上様が居なくなって…とっても寂しい。でも多分あんたの近くにいて見守ってくれてると思うわ。いつも心配していたから」

 いきなりピンポイントな慰めの言葉に、僕は本の事を聞くのを忘れて涙が出そうになった。
 涙ぐんだ僕を姉さまは優しく抱きしめてくれた。
姉さまの小さな胸に耳を寄せると、そこから心臓の鼓動が聞こえる。

(…ああ…)
 母上のお腹にいる時に一緒に隣で瞬いていた命の音だ。
 僕は姉さまにぎゅっとしがみ付いた。
 ――温かい。

 姉さまはそのまま僕の背中に優しく手を回すと、かつての母上の様にとんとんと撫でてくれた。
「大丈夫よシャルル…安心して。…側にいるわ…おやすみなさい」

 可愛らしい姉さまの声が不思議な呪文の様に頭の上で響くと、いきなり僕は眠気に襲われた。

 そして翌朝熟睡していた僕は――姉さまの強烈な踵落しの一撃で、強制的に目を覚ましたのだった。 
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