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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】
シャルルの事情 ①
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僕の名前はシャルル=ヘイストン。
『金脈の門番・国庫の番人』と呼ばれるヘイストン侯爵の長男だ。
いや――いまとなっては小ヘイストン侯爵になるのだろう。
父上が僕を正式に跡継ぎと定めたからである。
先日双子の姉であるアリシア姉さまと汚くも華麗な跡継ぎレースに勝利し、無事この地位を勝ち取ったという訳だ。
僕には母上のお腹の中での記憶が薄っすらある。
その中でも比較的はっきりと覚えている事を話そう。
それは僕達の母上の妊娠も後期にかかり、羊水のプールの中で快適に姉さまと隣同士でぬくぬくとしていた頃の事だ。
僕がふと向きをくるりと変えようとした時、胎盤からでたへその緒の一部が運悪く僕の首に絡まったのだ。
僕はもがいた。
このままでは首が締まってしまう…。
胎児ながら直感的に『これはヤバい事態だ』と感じたのである。
けれど僕の弱々しい身体の抵抗ではどうにもならず、僕の首には益々死の紐が絡みついてゆく。
その時だった。
隣で丸まる姉さまの猛烈な胎児キックが、母上の子宮の中で羊水が揺れる勢いで炸裂した。
「うッ!」
と、くぐもった母上の声がはっきりと聞こえたから相当強烈な蹴りだったに違いない。
その瞬間痛みで思わず屈んだ母上の態勢で、僕の首に絡んでいたへその緒がするりと外れて九死に一生を得たのだ。
まさに姉さまの会心の蹴りのお陰だった。
+++++++++++++++
そんなこんなで僕等は二人無事に誕生したのだが、亡き母上曰く姉は丸まる太って生まれたのに比べ、僕は生まれ付き身体が小さく泣き声もか細かったらしい。
だから幼い頃は相当身体が虚弱であった。
その為同じ双子の姉には相当迷惑をかけた。
忙しい父上は長時間家を空ける事が多く、一応僕が嫡男だったから熱が出れば母上は僕に掛かりきりになったからだ。
姉さまは家人と家庭教師の関わり以外は放置になる事もしばしばだった。
寂しい思いもしただろうに、姉さまは僕が熱を出して床に横になっていると、母上に止められているにも関わらずそっと忍んで僕の部屋を訪れてくれた。
優しい姉さまは『シャルルがどうか元気になります様に』と日に何度も贈り物を持って来てくれたのだ。
庭で摘んだという素朴な花々(決して温室の花ではない)や面白かったというお勧めの本(たしか『世界の拷問器具について』というタイトルだった)、そして時に小さな鈴の付いた大きなガマガエル(これですっかり蛙が嫌いになった)を持って来てくれた。
ドレスをいつも泥だらけにして侯爵家の庭を走り回る姉さまの姿を、ベッドの上の僕はいつも羨ましく見つめていた。
そして向日葵の様な姉さまの笑顔を見ると、とても温かい気持ちになっていたのだ。
+++++++++++++
僕が自分自身の性癖がゲイであると気付いたのはそんなに遅くはない。
小さい頃から気になってしまうのは若くキレイな顔をした使用人(男)だったり、じっと見つめてしまうのは厩舎で世話をする馬丁(少年)の小さな尻だったからだ。
僕は一時期とても悩んだ。
そして母上に『僕は立派な跡継ぎにはなれないかもしれない』と訴えた。
女の子を好きにならなければいけないのに、それが出来なかったらヘイストン家の血筋を残せない。
誇り高い『金脈の門番・国庫の番人』の血を残せないなんて、僕は『役立たず』なんだ。
――そう思い詰めて、今は亡き母上に相談したのだ。
(その当時の父上は仕事が激務で鬼の形相だったから、殺されるかもと恐ろしくて相談できなかった)
母上は最初僕の冗談なのかと吃驚した顔をしていたが、僕の必死の泣き顔を見て『ホンモノ』だと分かったのだろう。
『ヘイストン家の貴婦人』と呼ばれた美しい母上は、僕の背中を優しく撫でながらニッコリと笑った。
「大丈夫…貴方らしく生きればいいのよ。無理をする必要はないの。貴方の人生なんだから好きに生きていいのよ。
人生は長いんだから焦らないで――もしかしてだけど万が一でも反応する娘がいたら速攻で一発ヤっておしまいなさい。孕めばこっちのものよ。駄目ならアリシアの力を借りればいいわ」
半分から後半の母上の話の意味が良く分からなかったけれど、優しい母上の言葉に僕の肩の荷は軽くなった。
(…そうか、僕らしく生きて良いんだ。女の子を無理に好きにならなくていいんだ)
駄目な時には姉さまに相談をしよう。
何と云っても双子の片割れだ。
僕の親身になってくれるに違いない。
++++++++++++++++
そんなある日――母上は落馬事故でぽっくりと天に召されてしまった。
乗馬の最中につまみ食いをしていた菓子が喉に詰まり、そのまま転落して打ち所が悪かったのが原因らしい。
僕は失意のどん底に落ちた。
ぽっかりとした虚無の沼へと引きずり込まれそうになったのだ。
色んな事を相談する度にあんなに僕のメンタルケアをしてくれていた大好きな母上はもういない。
そんな風に思っていた夜――僕は本当に何年ぶりかの盛大なおねしょをしてしまった。
冷たく濡れたベッドに再度横になる気にもなれず濡れた衣服を脱いでぼうっと立っていると、隣部屋の姉さまの寝室から『クスンクスン』という鳴き声が聞こえてきたのだ。
『金脈の門番・国庫の番人』と呼ばれるヘイストン侯爵の長男だ。
いや――いまとなっては小ヘイストン侯爵になるのだろう。
父上が僕を正式に跡継ぎと定めたからである。
先日双子の姉であるアリシア姉さまと汚くも華麗な跡継ぎレースに勝利し、無事この地位を勝ち取ったという訳だ。
僕には母上のお腹の中での記憶が薄っすらある。
その中でも比較的はっきりと覚えている事を話そう。
それは僕達の母上の妊娠も後期にかかり、羊水のプールの中で快適に姉さまと隣同士でぬくぬくとしていた頃の事だ。
僕がふと向きをくるりと変えようとした時、胎盤からでたへその緒の一部が運悪く僕の首に絡まったのだ。
僕はもがいた。
このままでは首が締まってしまう…。
胎児ながら直感的に『これはヤバい事態だ』と感じたのである。
けれど僕の弱々しい身体の抵抗ではどうにもならず、僕の首には益々死の紐が絡みついてゆく。
その時だった。
隣で丸まる姉さまの猛烈な胎児キックが、母上の子宮の中で羊水が揺れる勢いで炸裂した。
「うッ!」
と、くぐもった母上の声がはっきりと聞こえたから相当強烈な蹴りだったに違いない。
その瞬間痛みで思わず屈んだ母上の態勢で、僕の首に絡んでいたへその緒がするりと外れて九死に一生を得たのだ。
まさに姉さまの会心の蹴りのお陰だった。
+++++++++++++++
そんなこんなで僕等は二人無事に誕生したのだが、亡き母上曰く姉は丸まる太って生まれたのに比べ、僕は生まれ付き身体が小さく泣き声もか細かったらしい。
だから幼い頃は相当身体が虚弱であった。
その為同じ双子の姉には相当迷惑をかけた。
忙しい父上は長時間家を空ける事が多く、一応僕が嫡男だったから熱が出れば母上は僕に掛かりきりになったからだ。
姉さまは家人と家庭教師の関わり以外は放置になる事もしばしばだった。
寂しい思いもしただろうに、姉さまは僕が熱を出して床に横になっていると、母上に止められているにも関わらずそっと忍んで僕の部屋を訪れてくれた。
優しい姉さまは『シャルルがどうか元気になります様に』と日に何度も贈り物を持って来てくれたのだ。
庭で摘んだという素朴な花々(決して温室の花ではない)や面白かったというお勧めの本(たしか『世界の拷問器具について』というタイトルだった)、そして時に小さな鈴の付いた大きなガマガエル(これですっかり蛙が嫌いになった)を持って来てくれた。
ドレスをいつも泥だらけにして侯爵家の庭を走り回る姉さまの姿を、ベッドの上の僕はいつも羨ましく見つめていた。
そして向日葵の様な姉さまの笑顔を見ると、とても温かい気持ちになっていたのだ。
+++++++++++++
僕が自分自身の性癖がゲイであると気付いたのはそんなに遅くはない。
小さい頃から気になってしまうのは若くキレイな顔をした使用人(男)だったり、じっと見つめてしまうのは厩舎で世話をする馬丁(少年)の小さな尻だったからだ。
僕は一時期とても悩んだ。
そして母上に『僕は立派な跡継ぎにはなれないかもしれない』と訴えた。
女の子を好きにならなければいけないのに、それが出来なかったらヘイストン家の血筋を残せない。
誇り高い『金脈の門番・国庫の番人』の血を残せないなんて、僕は『役立たず』なんだ。
――そう思い詰めて、今は亡き母上に相談したのだ。
(その当時の父上は仕事が激務で鬼の形相だったから、殺されるかもと恐ろしくて相談できなかった)
母上は最初僕の冗談なのかと吃驚した顔をしていたが、僕の必死の泣き顔を見て『ホンモノ』だと分かったのだろう。
『ヘイストン家の貴婦人』と呼ばれた美しい母上は、僕の背中を優しく撫でながらニッコリと笑った。
「大丈夫…貴方らしく生きればいいのよ。無理をする必要はないの。貴方の人生なんだから好きに生きていいのよ。
人生は長いんだから焦らないで――もしかしてだけど万が一でも反応する娘がいたら速攻で一発ヤっておしまいなさい。孕めばこっちのものよ。駄目ならアリシアの力を借りればいいわ」
半分から後半の母上の話の意味が良く分からなかったけれど、優しい母上の言葉に僕の肩の荷は軽くなった。
(…そうか、僕らしく生きて良いんだ。女の子を無理に好きにならなくていいんだ)
駄目な時には姉さまに相談をしよう。
何と云っても双子の片割れだ。
僕の親身になってくれるに違いない。
++++++++++++++++
そんなある日――母上は落馬事故でぽっくりと天に召されてしまった。
乗馬の最中につまみ食いをしていた菓子が喉に詰まり、そのまま転落して打ち所が悪かったのが原因らしい。
僕は失意のどん底に落ちた。
ぽっかりとした虚無の沼へと引きずり込まれそうになったのだ。
色んな事を相談する度にあんなに僕のメンタルケアをしてくれていた大好きな母上はもういない。
そんな風に思っていた夜――僕は本当に何年ぶりかの盛大なおねしょをしてしまった。
冷たく濡れたベッドに再度横になる気にもなれず濡れた衣服を脱いでぼうっと立っていると、隣部屋の姉さまの寝室から『クスンクスン』という鳴き声が聞こえてきたのだ。
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