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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
45 元老院会議 ③
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昼を早めに食べてから、リタは何故かそそくさと部屋の片づけを始めた。
そしててきぱきと
「お部屋に新しいチュニックと生花を持ってきて、飾ってちょうだい」
と奴隷等にどんどん指示を出した。
「あの…今日来られる方がそんなに身だしなみに気を遣われる方なの?」
このバタバタ具合が、正直前回の陛下のお渡りに近しいものを感じたわたしは、恐る恐るリラに質問をした。
「いいえ。マヤ様がいれば正直きっと何も気になさらないとは思われますけれど…」
リラはふふっと少し笑うと
「たまにはこの様な演出も必要ですわ」
と意味深に呟いてから、両手をパンッと鳴らした。
「お部屋の片づけをしておきますので、その合間にマヤ様には湯あみをお願いいたしますわ、念入りに」
「あ…わ、分かったわ。そうします」
(念入りに…?)
リラの勢いに気圧されながら、わたしはようやく頷いた。
*****************
浴室からでるとリラは丁寧に髪を乾かしながら少しずつ編み込んで白い良い香りのする生花をつけてくれた。
「これ…すごくいい香りね。何て名前の花なの?」
わたしはリラに尋ねた。
あまり植物には詳しくないが、花弁の形や香りは以前の世界で見たくちなしの花に似ている。
少し強めだが甘い良い香りだ。
「ガルデニアという名前の花ですわ。野山に自生して一般的に香水としても好まれますが、香料の抽出が難しくて非常に高価なのです。生花の方が香りが新鮮ですし、マヤ様が好まれるとお聞きしましたが…」
「……わたしが?」
(そんな事を言った事があっただろうか?)
わたしは首を捻ってリラへと尋ねた。
「はい。その様にお聞きしました」
リラはわたしへ頷いて答えた。
「どなたから?」
「……」
その質問にリラはじっとわたしの顔を見つめた。
けれどそのまま話をはぐらかす様に
「さあ髪は仕上がりましたから、チュニックとトーガの方のお着換えしましょう」
と言って、わたしの着替えを手伝うための奴隷達を呼んだ。
「これは以前バアル様に頂いた絹の布で作ってもらったのです」
リラが準備した片方の肩が出るオフショルダーの様な形のクリーム色のチュニックは、前スリットが入っていて足さばきがし易いデザインだった。
「今日はお爪も綺麗にしておきましょう」
とリラは言って、近くの奴隷に
「ヘンナを持ってきてちょうだい」
と注文をした。
その間にわたしの手足の爪を整えて持って来たヘンナ(という植物)の汁で、わたしの足と手の爪にほんのりピンクの色を付けた。
艶のある淡い桜貝のような色へと爪が変わりとても可愛らしい。
そしてリラは上から下までわたしの姿をチェックすると
「お綺麗ですわ。マヤ様」
と満足した様に、にっこりとした。
*****************
預言者棟の白い石を敷き詰めた廊下を歩いていると、花の香りが強くなってきた。
懐かしいあの花の甘い匂いだった。
(確か…あの時に彼女に渡した花だったな)
あの八歳の誕生日の彼女の笑顔を反射的に思い出して、思わず歩む足を止めてしまった。
少し前の廊下で振り返ったアポロニウスが、ニキアスを促す声がした。
「ニキアス将軍、どうかしました?遅れますから早く行きましょう」
「ああ…申し訳ない」
(ついぼうっとしてしまった)
ニキアスは小さくため息をついて、顔を挙げてアポロニウスを見た。
そして今日会った時から何故かずっとその顔に浮かぶ厳しい表情に驚いていた。
(一体何故なのだ)
今回の事で初めて出会った筈なのだが、元老院会議の時からずっと態度にトゲが有るような気がする。
無礼と取られかねない鋭い視線を投げるアポロニウスに、ニキアスは全く心当たりがないのだが。
天文学者と帝国軍人に共通項は無く、ニキアス自身は第三評議会や元老院にも馴染みが薄いというのに、一体何故この様な敵意を向けられるのか。
(……いや、あった)
――マヤだ。
多くの議員の頭の隙間から、ちらりと一瞬この男がマヤに抱きついたのを、視界の片隅で見てしまったのだ。
次の瞬間には離れていたのであまり深く考えていなかったのだが、あれはこの男だった。
(…なるほど。そう言うことか)
ニキアスは心で納得をした。
(これは、どこかでマヤが自分の恋人だと云う事を訊いたか、知ってしまったか)
(それでアポロニウスから敵意を抱かれたのかもしれない)
と考えると、なかなかに厄介だ。
ニキアスは今まで人々の思惑に挟まれる事に敏感だった。
それで面倒に巻き込まれない様に立ち回ってきた、と云う事でもあるのだが。
(が…、自分の予測のつかないところで負の感情を抱かれる事にもあると解っておかなければ)
「…マヤ様をお待たせすることになりますから先に行かせて頂きますよ、ニキアス将軍」
アポロニウスは冷たい口調でそう言うと、前に振り替えって早足で歩き始めた。
そしててきぱきと
「お部屋に新しいチュニックと生花を持ってきて、飾ってちょうだい」
と奴隷等にどんどん指示を出した。
「あの…今日来られる方がそんなに身だしなみに気を遣われる方なの?」
このバタバタ具合が、正直前回の陛下のお渡りに近しいものを感じたわたしは、恐る恐るリラに質問をした。
「いいえ。マヤ様がいれば正直きっと何も気になさらないとは思われますけれど…」
リラはふふっと少し笑うと
「たまにはこの様な演出も必要ですわ」
と意味深に呟いてから、両手をパンッと鳴らした。
「お部屋の片づけをしておきますので、その合間にマヤ様には湯あみをお願いいたしますわ、念入りに」
「あ…わ、分かったわ。そうします」
(念入りに…?)
リラの勢いに気圧されながら、わたしはようやく頷いた。
*****************
浴室からでるとリラは丁寧に髪を乾かしながら少しずつ編み込んで白い良い香りのする生花をつけてくれた。
「これ…すごくいい香りね。何て名前の花なの?」
わたしはリラに尋ねた。
あまり植物には詳しくないが、花弁の形や香りは以前の世界で見たくちなしの花に似ている。
少し強めだが甘い良い香りだ。
「ガルデニアという名前の花ですわ。野山に自生して一般的に香水としても好まれますが、香料の抽出が難しくて非常に高価なのです。生花の方が香りが新鮮ですし、マヤ様が好まれるとお聞きしましたが…」
「……わたしが?」
(そんな事を言った事があっただろうか?)
わたしは首を捻ってリラへと尋ねた。
「はい。その様にお聞きしました」
リラはわたしへ頷いて答えた。
「どなたから?」
「……」
その質問にリラはじっとわたしの顔を見つめた。
けれどそのまま話をはぐらかす様に
「さあ髪は仕上がりましたから、チュニックとトーガの方のお着換えしましょう」
と言って、わたしの着替えを手伝うための奴隷達を呼んだ。
「これは以前バアル様に頂いた絹の布で作ってもらったのです」
リラが準備した片方の肩が出るオフショルダーの様な形のクリーム色のチュニックは、前スリットが入っていて足さばきがし易いデザインだった。
「今日はお爪も綺麗にしておきましょう」
とリラは言って、近くの奴隷に
「ヘンナを持ってきてちょうだい」
と注文をした。
その間にわたしの手足の爪を整えて持って来たヘンナ(という植物)の汁で、わたしの足と手の爪にほんのりピンクの色を付けた。
艶のある淡い桜貝のような色へと爪が変わりとても可愛らしい。
そしてリラは上から下までわたしの姿をチェックすると
「お綺麗ですわ。マヤ様」
と満足した様に、にっこりとした。
*****************
預言者棟の白い石を敷き詰めた廊下を歩いていると、花の香りが強くなってきた。
懐かしいあの花の甘い匂いだった。
(確か…あの時に彼女に渡した花だったな)
あの八歳の誕生日の彼女の笑顔を反射的に思い出して、思わず歩む足を止めてしまった。
少し前の廊下で振り返ったアポロニウスが、ニキアスを促す声がした。
「ニキアス将軍、どうかしました?遅れますから早く行きましょう」
「ああ…申し訳ない」
(ついぼうっとしてしまった)
ニキアスは小さくため息をついて、顔を挙げてアポロニウスを見た。
そして今日会った時から何故かずっとその顔に浮かぶ厳しい表情に驚いていた。
(一体何故なのだ)
今回の事で初めて出会った筈なのだが、元老院会議の時からずっと態度にトゲが有るような気がする。
無礼と取られかねない鋭い視線を投げるアポロニウスに、ニキアスは全く心当たりがないのだが。
天文学者と帝国軍人に共通項は無く、ニキアス自身は第三評議会や元老院にも馴染みが薄いというのに、一体何故この様な敵意を向けられるのか。
(……いや、あった)
――マヤだ。
多くの議員の頭の隙間から、ちらりと一瞬この男がマヤに抱きついたのを、視界の片隅で見てしまったのだ。
次の瞬間には離れていたのであまり深く考えていなかったのだが、あれはこの男だった。
(…なるほど。そう言うことか)
ニキアスは心で納得をした。
(これは、どこかでマヤが自分の恋人だと云う事を訊いたか、知ってしまったか)
(それでアポロニウスから敵意を抱かれたのかもしれない)
と考えると、なかなかに厄介だ。
ニキアスは今まで人々の思惑に挟まれる事に敏感だった。
それで面倒に巻き込まれない様に立ち回ってきた、と云う事でもあるのだが。
(が…、自分の予測のつかないところで負の感情を抱かれる事にもあると解っておかなければ)
「…マヤ様をお待たせすることになりますから先に行かせて頂きますよ、ニキアス将軍」
アポロニウスは冷たい口調でそう言うと、前に振り替えって早足で歩き始めた。
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