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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

41 正解か否か

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ドロレス執政官はメサダ神の神殿からの羊皮紙をくるくると広げると、無言で文面を見つめた。

(ああ、どうかお願いお願い……!)

何とも言えない静けさがその場を流れる。

ドロレス執政官がゆっくりと口を開いた。

「『メサダ神が一時お隠れになる日は〇月〇日の昼過ぎである』との神託である――」


一瞬の沈黙のあとの次の瞬間、元老院のホール内では
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
という叫び声と同時に怒号が飛び交った。

「なんという事だ!」

「ピッタリ同じではないか!」

「太陽が消えるという事が予測できるなんて…神の仕業では無かったという事か!?」

「いや、しかしメサダ神の神託だぞ?」

「いやでも...」

「……はぁ……」
ドロレスの言葉を聞いたわたしは、大きくため息をついた。

ド緊張の反動で全身の力が抜けてその場に倒れそうになる。

(ああ、良かった…)

皆既日食の有無のみならずその日付もしっかりと当たっていて
(助かったわ…)

安堵で胸を撫で下ろしていると、後ろからわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

その場で振り替えると
「――マヤ様、マヤ様!」
声を上げながら、アポロニウスが興奮冷めやらぬ第三評議会のメンバーを掻き分けながらわたしの所まで駆け寄って来た。

「アポロニウス!」

『頑張ってくれてありがとう』と彼に伝えようとした瞬間、いきなり彼はわたしをがばっと抱きしめた。

「やった!やりました!僕らの!僕らの勝利です!」

「え、ええ…ありがとう。アポロニウス…」
いきなりのハグに驚いて戸惑うわたしの耳に、カンカンという乾いた音が聞こえた。


「――静粛に!静粛に!」

元老院の議員らが思い思いの言葉を叫んで取集がつかなくなりそうなホール内を、ドロレス執政官が鳴らす木槌を叩く音が響いたのだった。


「あ…すみません!…」
木槌の音が聞こえた途端、わたしを抱きしめていたアポロニウスはハッと気づいた様に、慌てて身体を離した。

「すみません ご無礼を。…嬉しくてつい…」

耳を真っ赤に染めたアポロニウスが、申し訳無さそうにわたしに何度も謝罪を繰り返すのを見て

「い、いいのよ…大丈夫。こちらこそ色々とありがとう アポロニウス」
彼へとフォロ―をしていると、わたしの横からチッと大きな舌打ちが聞こえた。

「全くいい気なもんだね。第三評議会議員にわざわざ正解を出させるなんて。男をたぶらかす才能は流石だよ。帰国の間に将軍を落としただけあるよね」


 **********


「第三評議会議員にわざわざ正解を出させるなんて、男をたぶらかす才能は流石だよ。将軍を落としただけあるよね」

悪意のある言葉の主は、やはり隣に立っていたフィロンだった。

それに対してアポロニウスは、わたしが言い返すより早く反応した。

「マヤ様は貴方と違いそんな事はしませんよ、コダの預言者殿。
貴方こそ元老院の議員と息子を色仕掛けで操作するではありませんか」

思ってもいない方向からのアポロニウスの逆襲に、フィロンが一瞬口を噤んだ。

「じゃあ何故――…」
とフィロンが言い返そうとしたところで、クイントス=ドルシラが間に入ってきた。

「アポロニウスもう止めなさい。そして、コダとレダの預言者殿もここでの諍いは止めて頂きたい」

「はい…」
(…わたしは何も言ってないんだけれど)

フィロンは暫くドルシラとわたしに何か言いたそうにしていたけれど、結局諦めたらしい。
下を向いて無言になってしまった。

大声を上げる者は居なくなったとは言え、議事堂は相変わらず人々がざわついていて、時折ドロレス執政官が何回も鳴らす乾いた木槌の音がホール内に鳴り響いている。

クイントス=ドルシラは、ドロレス執政官と元老院の議員へと向かって言った。

「以上、レダ神とコダ神の預言者殿のこの『太陽が消える』神託が、真実で尚且つその日付まで確定したらしいと認定された訳であるが。
これからそれにどう対応対策すべきかは、元老院会議にて引き続き話し合って頂きたい。
我ら第三評議会はこれで失礼させて頂く」


 *******

「マヤ様。行きましょう」
アポロニウスがわたしに声を掛けた。

第三評議会のメンバーはまたぞろぞろと列を組み、中央の通路を通り議事堂出口へと向かって行く。

「いや、対策と言ってもどのようにすれば良いのか…」

「国民に太陽が消える事を教えたとて、民衆の不安をいたずらに煽るだけでは…」

「そもそもどの位の時間続くのか…」

そんな元老院議員達の騒めきが方々で聞こえてきた。


その時、ふと小学生の時の記憶が蘇ってきた。

理科の工作実験で作った、確か小さな穴ピンホールを開けて作る観察道具や鏡を使って、映した太陽を壁に映してみる方法を急に思い出したのだ。

(どれくらいはっきりと見えるかは分からないけれど…)

わたしはドロレス執政官の前を通る時に、思い切って彼に声を掛けた。

「あの、ドロレス様。これ…イベントにしてみるのはいかがでしょうか」


 ********


玉座ソリウムに一人座るガウディは、椅子の肘掛けに置いた指をトントンと規則的に鳴らしていて待っていた。

すると玉座の間の入口から側近の一人がやってきて、すっとガウディに耳うちをした。

「そうか」
と言ってガウディは頷いた。

(やはりな。レダの預言者)


答え自体、もしくは日付が、もしかしたら――ニキアスの元に直ぐ戻れる可能性も全くゼロでは無かったのだが。

(…そう簡単にレダ神からは逃げられまいか)

ガウディは真っ黒な目で虚空を見つめたまま、衛兵以外の誰も居ない玉座の間でずっと肘掛けを叩き続けた。
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