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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

40 消える太陽 ④

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わたしが第三評議会のメンバーと共に、元老院のホールの中央の廊下を下を向いて歩いて居る時だった。

ハッと息を吞む音が聞こえたと同時に、ガタッと誰かが立ち上がる音がした。

(?…何かしら?)
少し顔を上げて、ちらっと斜め前の元老院議員用の座席の方に目を向けると――。

そこには座席の一番前に半分立ち上がっているニキアスがいた。

彼はわたしの姿を見て目を見開いている。

(ニキアス…!)

真っ白いトーガに身を包み、象牙色の肌に彫像の様に整った顔は相変わらず美しかった。

戦時中より彼の顔色がずっと良いことに、わたしは安心した。
艶やかな長い髪は後ろに撫でつけ纏めて前に垂らしている。

驚くのは、もうニキアスが面布も完全に外している事だった。
左目から額への痣は茶褐色から茶色へと変わっていて、以前の様に容貌を著しく損なうほどでは無くなっている。

ニキアスと離れてそれ程経つ訳ではないのに、思わず懐かしさで視界が涙が滲んだ。

「二キ…」
思わず彼に声をかけようと足が止まった時――。

「進んでよ、早く」
ちょうどわたしの間後ろで歩いていたフィロンから、前に進む様に声を掛けられてしまった。

「マヤ…」
背中から小さな声でわたしの名前を呼ぶ声が聞こえたけれど、結局それ以上振り向く事は出来なかった。


 **********

「元老院の議員定数は二百五十人程です」
「二百五十人もいるのですか…」

「この中にはもともと上級貴族で直ぐに元老院に入れる資格にある者達だけで無く、この下にある民会から上がる下級貴族もいます」

元老院の詳細を訊くと、クイントス=ドルシラはわたしの問いに答えた。

「毎日の様に行われる会議ですから全員が必ず出席する訳でもありません。
ただ重要な内容であれば、出席率は高くなる傾向があります。
今回も二百人以上は来る予定です。
…もしかしたら貴女が見知った顔を見る事が出来るかもしれませんね」

 ************
 
わたしとフィロン、あと第三評議会のメンバーは皆の前に一列で並んで会議が始まるのを待った。

この立ち位置だとニキアスの姿は確認できなくて、急に心細くなってしまった。

大きな元老院専用のホールの中央は細長い通路が通り、その両脇にあるベンチに座る人数の把握は難しい。

けれど下を向いてフードを被ってはいても、たくさんの人の騒めきはわたしの耳に聞こえてくる。

暫くするとドロレス執政官の声がした。

「では――回元老院会議を始める」

「今回主たる議題は先日にもあった『太陽が消える』件についてである。
提言者はコダ神預言者殿とレダ神預言者殿だ。
神託内容が見過ごせない内容の為に、先日から数回に渡ってこの会議が開かれている。
クイントス=ドルシラ、議会に何人か出席していなかった者もいるので簡単に説明していただきたい」

と、ここでクイントス=ドルシラが頷き、一歩前に出て説明を始めた。

「回りくどい自己紹介は何度も聞いている方がいるので省略する。
わたしは第三評議会議員長のクイントス=ドルシラだ。
殆どの皆が知っていると思うが『太陽が消える』という預言について検証出来た事を発表していきたいと思う……」

 *******

今日はきちんと髪と緑色のトーガを整えたアポロニウスが、昨日わたしへと説明してくれた内容を嚙み砕いて元老院の前で説明をした。

「この計算でいくと…皆既日食の起こる日付は〇月〇日だと予想されます」

皆既日食の日付までが出ているのに「おお…」という感嘆の声と、それに対する懐疑的な声が同時に上がった。

ここで再度クイントス=ドルシラが一歩前に出た。

「信じられぬと云う者がいるのは無理からぬ事だと思う。
どちらにしろ『太陽が消える』という事が近々実際に起こるのかを太陽メサダ神の神殿まで確認をしたところ、早速返事が戻って来たので皆へと伝えたい」

そう言ってクイントス=ドルシラは、しっかりと蝋で封をしてあった羊皮紙をドロレス執政官に手渡した。

「こちらはメサダ神の神殿に確認した内容で、既に同じ物を陛下にお渡ししてあります」

ドロレス執政官は、羊皮紙の紐をほどいてメサダ神殿の印の押された蝋を外すと丸まっていた羊皮紙をくるくると広げて、無言で文面を見つめた。

(ああ…とうとう答え合わせをするんだわ…!)

余りの緊張状態でこの場に倒れそうだ。
わたしはフードの下で、両手をぎゅっと握り締めた。

思わず全身全霊で
「どうかどうか、答えが間違ってませんように…!」
とひたすら願っていた。

 ************

皇帝専用の執務室の机に置いてあるランプの炎に、ガウディは書類を近づけて火を着けた。

書記官がそれを見て、思わず声を上げた。
「陛下、それは先程メサダの神殿から来たばかりのものでは…?」

ガウディが横目でちらっと書記官に目を向けると、慌てて口を噤む。

蝋封がしたままの丸まった羊皮紙が燃え始めると、ガウディは大理石の机の上にそれを無造作に投げた。

「中身は分っている」
ガウディは誰に云うともなく呟いた。

書類が完全に燃えて炭に為るまで、ガウディはじっと動かなかった。
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