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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

34 消える太陽 ①

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クイントス=ドルシラ議員は厳しい表情でわたしを見つめた。
「それはどういう事かね?レダの預言者。この場で適当な言葉は慎んでもらいたいのだが

「あの…言葉通りの意味です。ただの現象に神のご意志は反映されません」
わたしは目の前に立っているドルシラに向かって答えた。

すると緑色のトーガを纏う第三評議会の議員等から、予想通りの抗議や疑問の声が次々と上がる。

「神を敬う預言者でありながら、なんて不敬な…!」
「ただの現象とは何だ、あの全ての中心である太陽が消えるのだぞ?その重大性を把握しているのか」
「いくらなんでも現象とは…。神に因って太陽が隠されたと説明した方がしっくりくるのではないのか?」

(やはりこうなるのよね…)
わたしは心の中でため息をついた。

事前にできるだけ確認をした上で、この展開になる予測はしていた。

この世界のこの時代は天動説で、最新の天文学でも地球を中心に天体が回っている。
もちろん地球は自転しない。宇宙の中心だという考えだから。

けれど、太陽や月を含めた小さな円の円周上を運動する地球以外の天体は、地球の周りを大きな完全な円を描いて運行するという事は分かっているらしい。

(この組み合わせの運動の軌跡をエピトロコイドと言うらしいが)

以前わたしがいた世界と多少違ってはいても、これなら天体の観測はある程度は出来ている筈だ。

「あの…第三評議会のメンバーの中には、優秀な数理天文学者の方がいらっしゃるとお聞きしました」

わたしは評議会の議員達に向かって言った。

「ぜひ早急にこのアウロニア帝国首都ウビン=ソリスから見て、月と太陽の軌道が重なる時間を調べていただきたいのです。それから…日蝕は各地で定期的に起こっている筈ですから、その様な資料は過去に残ってはいないでしょうか?」

「何故月と太陽の軌道が出てくるのだ…」

ポカンとする一部の評議会員達の質問にわたしは答えた。

「日蝕は一般的に月が太陽の前を通る事で起きるからです」

「なんと…?」
ドルシラはわたしに訊き返した。

「ええと、『皆既日食』とは、月が太陽の前を通る時に完全に太陽を隠す為に起こると言われています」

ですから場所に因っては部分的に隠された太陽を見る事が出来るのです、とも付け加えた。

天文学の話どころか、学生時代思いっきり文系の専攻だったわたしには日蝕については小学生程度の知識しかない。

(あとは、うろ覚えの『ケプラーの法則』が地動説を証明するのに役立った位だ)
これ以上の説明は私自身に知識が無くて限界でもあった。


「陛下……」

わたしの話を聞いたドルシラは玉座に座る陛下の方を向いて、困った様に判断を仰ぐ声を上げた。

陛下は表情を変えずに、暫く肘掛けを規則的に叩きながら黙っていたけれど、ピタッと指を止めてドルシラとわたしを交互に見て言った。

「……その軌道やら日時を調べるのが可能であれば、調べるが良し。
レダの預言者の言う通り、凶兆でないと証明されればなお安心故。
大事なのは、その現象を見た国民に不安を抱かせない事である。
評議会の議員で天文学に精通し計算が出来そうな者はいるか?」

陛下の言葉に勢いよく大声をあげた人がいた。

「はい!陛下!私めが!!」

評議員の中から元気な声が上がると、髪がクルクルとした年若い男性が大きく挙手をして少し乱れた緑色のトーガを揺らし、ぶんぶんと腕を振っていたのが確認できた。

「あの!実は日蝕、月食は周期性が大体決まっていますから、僕らの研究班で調べれると思います」

「…周期?それは真か?アポロニウス」
ドルシラがクルクル髪の男性に尋ねた。

「本当です、ドルシラ様。実はですね、この大陸で以前にもかなり古くに皆既日蝕は起こっています。
資料として残っていますから」

アポロニウスの発言に第三評議会の議員達から驚きの声が上がった。

「なんと…」
「真の事だったのか…」

「昔から天体の計算とは別な方法の計算で大方の予測は建てられたものですが、彗星などと一緒に厄災の前触れと言われてしまっていたので、あまり公に出来ていなかったのです」
と、アポロニウスの話は滔々と続いた。

(良かったわ…なんとか予測は出来そうなのね)
わたしが安堵のため息をつくと、アポロニウスがこちらを向いた。

「いやあ…でも、神のお遣いである預言者にきちんと言っていただいたお陰で、僕ら学者もやっと表だって観測や計算したものを発表する事が出来ます」

『今までは何でも、天体の動きには天界との関わりがあるが通説でしたから』と言ってにっこりと微笑むと、アポロニウスはわたしに向かってペコリと勢いよく頭を下げたのだった。

「マヤ様。ありがとうございます!」

*****************


「ドルシラ様、しばしお待ちを」

唐突にフィロンの声がした。


フィロンの美しい顔は変わらなかったけれど、その声に僅かに怒気が混じっている。

「もしや第三評議会は、我がコダ神が下した『帝国崩壊の合図である』という神託を否定するおつもりですか」

ドルシラはフィロンの発言に答えた。

「否定などしていない。そもそも我ら評議会は、神託内容の優劣や真偽について発言出来る立場にない。
ここで審議するのはあくまでも神託内容の解読と追究だけだ」

「『皆既日食とやらが起こる』それのみが真実であり、どう対処するかの政治的な判断は元老院にお任せするつもりだ」


フィロンは言い返さなかったが、隣に立つわたしの方を見てぎろっと睨んだ。

「…フィロン。そなたは何が気に入らないのだ?」

陛下に声を掛けられたフィロンは、ハッとした様に王座の方を向いた。

「コダ神もレダ神も同じ内容の預言を下した。余にはそれが事実であり、元老院と共に今後の事を考えねばならん。今は自分の感情は押さえよ」

その言葉にフィロンは悔しそうに下を向き、床を見つめた。

バアル様がフィロンに近づいてそっと軽く肩を抱いた。

 ********

今回の第三評議会への預言者の報告会は解散した。

陛下のお声かけにより、わたしだけこの場に残る様に云いつけられた。

皆が殆ど出払ってしまった謁見の間で、陛下は相変わらず王座に姿勢を崩したまま座っていた。

椅子の肘掛けをトントン…と、陛下が叩いて鳴らす規則的な音がずっと聞こえ続けている。

陛下からの視線を感じながら、わたしは両手を握り下を向いた。
そのまま床を見つめながら陛下からの言葉を待っていた。

(何かしら…)
何か明らかな粗相をしただろうか。

重苦しい沈黙の中で…トン、と音が止まり陛下が口を開いた。

「…お前は報告で無く波風を立てる為に、この評議会に出席したのか?レダの預言者よ」
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