108 / 138
第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
21 動けないマンティス ①
しおりを挟む
*mantis (マンティス) mantide
男性名 ギリシャ語 カマキリ(一説によればバッタ、イナゴ)
前足が祈っている様に見える事から預言者を表す虫ともいわれている。
*****
わたしはバアル様の言葉を聞いてから、長身のガウディ陛下を恐る恐る見上げた。
「あの…陛下。何か…わたくし、いたしましたか?」
(何かおかしな事があったの?)
「いえ、マヤ様、申し訳ありません。私の勝手な…呟きと思ってください」
バアル様は口元に手を当てたまま、床へ視線をずらして言った。
何だか笑いを堪えている様な感じなのが気になる。
無言でじいっとバアル様を見た陛下は、そのままゆっくりと前に首を動かした。
そのまま小首をかしげて、いつもの真っ黒な光の無い瞳と無表情で陛下はわたしを見下ろしている。
「レダの預言者よ。話を続けろ」
「あ…大まかなところは以上になります。細かなところはちょっと…」
「では後日、預言を精査する『第三評議会』に呼ぶ事になるだろう。その時に再度報告する事になるだろうから詳細はまとめておけ」
「…分かりました」
わたしは陛下の視線を受け止める様に頷いた。
(まずはレダの預言者として信用してもらえたと思っていいのかしら)
少し安堵した次の瞬間、整えた顎鬚に触れながら陛下が発した言葉にわたしの身体は凍り付いた。
「では余が部屋まで送る」
******
「――では余が部屋まで送る」
その言葉が陛下の口から出た途端、わたしは頭からすうっと血の気が引くのを感じた。
わたしの様子を見たバアル様は訝し気な表情をして陛下に声を掛けて尋ねた。
「陛下…それはマヤ王女を部屋までご自分で送られるという事ですか?それは…大変珍しい…」
バアル様の声を遮る様に陛下はわたしへと言った。
「そういう事だ。良いな、レダの預言者」
「は…はい。ありがたきお言葉…」
低いザラりとした声に強烈な圧を感じて、一瞬でパニック状態に襲われる。
わたしは頭を下げて、ただこくこくと首を縦に振るしかなかった。
陛下は白と紫のトーガを揺らしながら歩き、訪れた時と同じ様にバアル様の部屋の扉を勢いよく開けた。
そこには先程ドロレスと呼ばれたでっぷりとした巻き毛の男と、数人のお付きの奴隷と屈強な衛兵、そして心配げな表情のリラが立っている。
「マヤ王女を部屋まで送る」
陛下が言った瞬間、ドロレスはひッと飛び上がって声を上げた。
「陛下…!預言者は愛人と立場が違いますぞ、フィロン様が例外なだけで…」
その不敬な言葉に回りの取り巻きはかなりざわついたが、陛下は珍しく少しウンザリした様子に彼に念を押す様に言った。
「部屋に送るだけだ、ドロレス。では行くぞ。レダの預言者」
******
何だかおかしな光景ではあった。
向かう廊下の前方と左右に屈強な衛兵が距離を取って歩き、その廊下の後ろにも衛兵が――わたしと陛下の話し声が聞こえない位置まで下がったリラと陛下のお付きの者を引き連れて、ぞろぞろと列をなして歩いている。
陛下の身長はニキアスよりやや高い位だろう。
わたしが並んで歩くと大人と子供のようにアンバランスだ。
ニキアスやバアル様と較べればひょろりとした手足に見えるが、やはり筋肉がしっかりと浮いて見えるから鍛えてはいるのだろう。
そして歩くのが異様に早い。
遅れない様にと、わたしは小走りになりながら陛下に付いて行くのがやっとだった。
わたしが少し息が切れ始めると、陛下の足がピタリと止まった。
「――遅い」
「…も、申し訳ありません」
自室までもうしばらく歩く距離の筈だけど、足並みが遅れたら何か罰が下るんじゃないかと想像すると怖い。
「もう少し早く歩きます。申し訳…ありません」
息がかなり切れているのを陛下に悟られないように何とか伝えると、いきなり陛下の大きな骨ばった手で顎を掴まれ、ぐいと強引に上に向かされた。
「これぐらいで息が上がるのか。レダの預言者は運動不足か?」
「は?……」
「それとも余が早いのか?」
「いえ…申し訳、ありません。わたくしめの運動不足でございます」
(何なの、この会話…?)
今後のわたしとニキアスに関わってくると考えると陛下の態度や、その言葉一つ一つに慎重にならざるを得ないのだけれど。
顎を掴まれたままのわたしは、上から降ってくる陛下の視線と目を合わせない様に瞼を伏せた。
その間も、今後の自分の立ち回りを頭をフル活用して一生懸命に考える。
けれど次の瞬間、陛下の言葉と声音にわたしは雷に打たれたような衝撃を受けて、ビクっと身体を揺らしてしまった。
「…マヤ、愛している」
その声音は一瞬、恋人と聞き間違える程、酷似していた。
怯える事も忘れて思わずわたしは目を開けてしっかりと、陛下を仰ぎ見てしまった。
「…そんなに驚くほどニキアスに似ていたか?」
ガウディ陛下は揶揄する様に、ほんの少し口角を上げた薄笑いを浮かべていた。
男性名 ギリシャ語 カマキリ(一説によればバッタ、イナゴ)
前足が祈っている様に見える事から預言者を表す虫ともいわれている。
*****
わたしはバアル様の言葉を聞いてから、長身のガウディ陛下を恐る恐る見上げた。
「あの…陛下。何か…わたくし、いたしましたか?」
(何かおかしな事があったの?)
「いえ、マヤ様、申し訳ありません。私の勝手な…呟きと思ってください」
バアル様は口元に手を当てたまま、床へ視線をずらして言った。
何だか笑いを堪えている様な感じなのが気になる。
無言でじいっとバアル様を見た陛下は、そのままゆっくりと前に首を動かした。
そのまま小首をかしげて、いつもの真っ黒な光の無い瞳と無表情で陛下はわたしを見下ろしている。
「レダの預言者よ。話を続けろ」
「あ…大まかなところは以上になります。細かなところはちょっと…」
「では後日、預言を精査する『第三評議会』に呼ぶ事になるだろう。その時に再度報告する事になるだろうから詳細はまとめておけ」
「…分かりました」
わたしは陛下の視線を受け止める様に頷いた。
(まずはレダの預言者として信用してもらえたと思っていいのかしら)
少し安堵した次の瞬間、整えた顎鬚に触れながら陛下が発した言葉にわたしの身体は凍り付いた。
「では余が部屋まで送る」
******
「――では余が部屋まで送る」
その言葉が陛下の口から出た途端、わたしは頭からすうっと血の気が引くのを感じた。
わたしの様子を見たバアル様は訝し気な表情をして陛下に声を掛けて尋ねた。
「陛下…それはマヤ王女を部屋までご自分で送られるという事ですか?それは…大変珍しい…」
バアル様の声を遮る様に陛下はわたしへと言った。
「そういう事だ。良いな、レダの預言者」
「は…はい。ありがたきお言葉…」
低いザラりとした声に強烈な圧を感じて、一瞬でパニック状態に襲われる。
わたしは頭を下げて、ただこくこくと首を縦に振るしかなかった。
陛下は白と紫のトーガを揺らしながら歩き、訪れた時と同じ様にバアル様の部屋の扉を勢いよく開けた。
そこには先程ドロレスと呼ばれたでっぷりとした巻き毛の男と、数人のお付きの奴隷と屈強な衛兵、そして心配げな表情のリラが立っている。
「マヤ王女を部屋まで送る」
陛下が言った瞬間、ドロレスはひッと飛び上がって声を上げた。
「陛下…!預言者は愛人と立場が違いますぞ、フィロン様が例外なだけで…」
その不敬な言葉に回りの取り巻きはかなりざわついたが、陛下は珍しく少しウンザリした様子に彼に念を押す様に言った。
「部屋に送るだけだ、ドロレス。では行くぞ。レダの預言者」
******
何だかおかしな光景ではあった。
向かう廊下の前方と左右に屈強な衛兵が距離を取って歩き、その廊下の後ろにも衛兵が――わたしと陛下の話し声が聞こえない位置まで下がったリラと陛下のお付きの者を引き連れて、ぞろぞろと列をなして歩いている。
陛下の身長はニキアスよりやや高い位だろう。
わたしが並んで歩くと大人と子供のようにアンバランスだ。
ニキアスやバアル様と較べればひょろりとした手足に見えるが、やはり筋肉がしっかりと浮いて見えるから鍛えてはいるのだろう。
そして歩くのが異様に早い。
遅れない様にと、わたしは小走りになりながら陛下に付いて行くのがやっとだった。
わたしが少し息が切れ始めると、陛下の足がピタリと止まった。
「――遅い」
「…も、申し訳ありません」
自室までもうしばらく歩く距離の筈だけど、足並みが遅れたら何か罰が下るんじゃないかと想像すると怖い。
「もう少し早く歩きます。申し訳…ありません」
息がかなり切れているのを陛下に悟られないように何とか伝えると、いきなり陛下の大きな骨ばった手で顎を掴まれ、ぐいと強引に上に向かされた。
「これぐらいで息が上がるのか。レダの預言者は運動不足か?」
「は?……」
「それとも余が早いのか?」
「いえ…申し訳、ありません。わたくしめの運動不足でございます」
(何なの、この会話…?)
今後のわたしとニキアスに関わってくると考えると陛下の態度や、その言葉一つ一つに慎重にならざるを得ないのだけれど。
顎を掴まれたままのわたしは、上から降ってくる陛下の視線と目を合わせない様に瞼を伏せた。
その間も、今後の自分の立ち回りを頭をフル活用して一生懸命に考える。
けれど次の瞬間、陛下の言葉と声音にわたしは雷に打たれたような衝撃を受けて、ビクっと身体を揺らしてしまった。
「…マヤ、愛している」
その声音は一瞬、恋人と聞き間違える程、酷似していた。
怯える事も忘れて思わずわたしは目を開けてしっかりと、陛下を仰ぎ見てしまった。
「…そんなに驚くほどニキアスに似ていたか?」
ガウディ陛下は揶揄する様に、ほんの少し口角を上げた薄笑いを浮かべていた。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
自暴自棄になってJK令嬢を襲ったら何故か飼われる事になりました
四十九・ロペス
恋愛
仕事も家庭も金も全て失い自暴自棄になった中年男と謎の令嬢との暴力と凌辱から始まるストーリ。
全てを失っても死ぬことさえできない西野の前に現れた少女。
軽蔑されたと思った西野は突発的に彼女に暴行を働いてしまう。
警察に突き出されると確信していたのだが予想外な事が起きる。
「あなた、私に飼われなさい」
中年男と女子高生の異常な恋愛を書いてみました。
初めての作品なので拙い文書ですが、よろしくお願いします。
また感想などもお待ちしております。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる