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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

20 コダ神の存在

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「…メサダ、居るか?」

少年神が座り込んだ床には空が鏡のように映り込み、その空に昇るいくつもの太陽も床に映し出されている。

部屋にはいくつもの透明な陽炎のような影が揺らめいていた。
生き物は一瞬で燃え尽きるであろう――決して存在できない程の熱さである。

メサダ神のいる無限の部屋に、人にしては長身過ぎる――彫像のように艶やかな褐色の美しい筋肉を持つ者のシルエットが浮かび上がった。

「メサダ、可愛い弟よ…」
とてつもない温度の部屋ではあるが、彼は煌く豪華なストレートの金髪を涼やかに揺らしながら、床にうずくまり下界をじっと見下ろす少年神にそっと近づいた。

「兄上、何故…何故計画がこうも狂うのでしょう?
我と兄上がこの帝国の中心神になるのを…何故こんなに母レダは阻むのか」

彼は、整ってはいるが無個性な容貌の弟を見下ろした。

メサダ神のガラス玉のような瞳に自分を見下ろす兄の人外の美貌が映り、少年神はその輝く美しさに思わずほう、と感嘆のため息を漏らした。

「メサダ…」
「兄上の言う通りに出来なくてごめんなさい…」

しゅんとする弟神にふっと微笑んでそのまま彼は褐色の指先を伸ばした。
そして、壊れ易いものに触れるかの様にそっとメサダ神の小さな身体を抱きしめた。

「お前はとても頑張っている…愛してるよ可愛いメサダ」

少年神の耳元で囁かれた天上の雅曲のような声音に、メサダ神はうっとりと瞳を閉じた。
「ああ…この声、とても素晴らしいです。兄上も…着々と進めていらっしゃるのですね」

「そうだ。もう処分した」

ふふと笑ったコダ神は抱きしめる弟の察しの良さに笑った。

更に深い囁き声と甘く芳しい吐息は、心地よく少年神の耳朶をくすぐった。
「…もうすでにルチアダの力は既に我が中にある」

 ********

「フィロンに聞いたか?」

意表を突かれる形の陛下の問いにわたしは戸惑ってしまった。

「は…え?フィ…フィロン様ですか?」
(一体何を…?)
失礼に当たると思いながらも、思わずわたしは陛下に問い返してしまった。

「陛下、ここでフィロン…コダの預言者の名が出てくるとはどういう意味ですか?」
陛下へ尋ねるバアル様の低い声には心なしか警戒心が混じっている。

「フィロンよりその皆既日食とやらが、『アウロニア帝国崩壊の始まりの合図』とコダ神の預言があったと報告された」

頷いて、陛下はバアル様の問にあっさりと答えた。

「そのため今まさに第三評議会が、緊急に召集されている」

(何故フィロン様が…?)

死ぬ運命のわたしが生き残っているし、ハルケ山の災害が回避された事で『亡国の皇子』の小説内とは、話が確実にズレてはきている。

だから、もちろん各々の神からの啓示やその預言者の預言内容の違いがあっても仕方のないことだけれど。

(そのはずなのだけれど…)

コダ神の名が小説内で――そして、預言者『フィロン』の名がこんなにハッキリと記載されていただろうか?

(ええと…、正直覚えてないわ)

頭の中で小説の内容がグルグルと回っている。
その覚えている限り、コダ神の名前がはっきりとわかる様な出来事はなかった筈だ。

「…マヤ様」
「は、ハイッ…」

目を上げると、今度はバアル様からの重々しい問いが来た。
「…先日コダ神の預言者に会ってはいますな」
「それは…」

わたしは『そんな事は聞いていません』と即答しようとしたけれど、フィロンに会ったのは事実だ。
しかも密室で、わたしとフィロンの会話を直接聞いている人もいない。

(…今まで話した事が『わたしの預言』だと信じてもらえるかしら)
なにせ『嘘つき預言者』が通り名のわたしだ。

わたしが一瞬口ごもってトーガを両手を握っていると、頭の上からガウディ皇帝陛下の抑揚のない低い声が響いた。

「…いや、聞くはずがなかった。バアル、レダの預言者よ、愚かしい事を尋ねた…余を許せ」

――

「…陛下?」
わたしよりも更に驚いた表情のバアル様が陛下の顔を見つめていた。

「フィロンは預言を漏らさない。レダの預言者も然りだろう。我の勘違いだ。今の言葉は忘れろ」

わたしはガウディ陛下の顔を恐怖も忘れて見上げた。
陛下は珍しくそのまま言葉を続けた。

「…レダ神とコダ神は姉弟神と聞く。ならば同時に神託が降りてもおかしくはないのだろう」

陛下の言葉に『そうですね』と素直に肯定できる要素は無い気がしたが、
わたしとバアル様は、顔を見合わせて曖昧に頷いた。

*********

わたしは少し咳払いをしてから、陛下に向き直った。

「――まず川の氾濫の起こりそうな場所には事前に土嚢などを積んでおくこと、そして水害の起こってしまった土地はそのまま放置せず、なるべく早めに復興出来るようにしてください。
草木や土にバッタやその卵が無いか確認させ、あった場合は直ぐに処分させる様にお願いします」

陛下は黒い光の無い瞳で私を見つめ、無表情なまま、首を傾げて頷いた。

「…ええと、バッタは発生しても、数が少なければ群生化しにくいとされています。ですから…」

話の途中だったけれど、わたしはバアル様がわたしと陛下を交互に見ているのに気が付いた。
なんだか口元に手を当て笑いをこらえている表情だった。

「バアル様、何かおかしな事が…?」

バアル様は苦笑しながらわたしと陛下に向かって言った。
「いや…何だか陛下のご様子が、今までに無く珍しく…」

わたしの顔を見ていたバアル様は、今度は陛下の方を向き直ると、少し慌てる様に口を噤んでしまった。
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