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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

18 預言の報告 ①

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わたしはさっきからのバアル様の視線が気になって尋ねた。
「あの…どうしてそんなに…」
「私が君を見るのかって事か?」

わたしはモゴモゴと口ごもった。
「そ…そうです…すみません…」

バアル様は、『いや、かえって済まないね』と言うと
「観察されている様な気になるだろうな。どうか気を悪くしないでほしいが」
「…気を悪くしているという事ではありませんけれど、どうしてなのかと思いまして…」

バアル様は少し笑って
「レダの預言者は帝国にも数多くいるが、君の様に完全にレダ神に身を委ねて、その言葉を理解しているのは珍しい」
「身を預けて…理解するですか?」
「そうだ。自分の神の預言を完全に降ろせて、その内容を理解するという事だ」

(…そうかしら?)
わたしは返答に困り、黙り込んだ。
他人にはそんな風に見えているのだろうか?

戸惑うわたしの様子を見てバアル様は続けた。
「預言者はある程度神に身を委ね、言葉を伝えていくものだ」

「…はい。そうですね」
「しかし、預言者自身が自分の考えを持っていけない訳ではない」

ふと気づくと、なんだか控えの間にあたる部屋の向こうから、色々な人の声が混じった声が徐々に大きくなっている。

何やら騒がしい感じの集団が不穏な空気を出しながら、近づいて来るのだ。

(…何かあったのかしら?)
「あの…すみません、バアル様。お気づきになられましたか?」

その声がどうしても気になって、思わずバアル様に声を掛けてしまった。
「何か変ではありませんか?廊下がとても騒がしい気が…」

バアル様は微笑んで、わたしの声が聞こえなかったかの様に続けた。

「このわたしも長年闘いの神ドゥーガを信仰し、その預言者であったとしても帝国を荒らすだけの闘いは避けるべきだと思っている。
その為に各地を放浪しているとも言ってよい――」

そんな風にバアル様が話している間も、ざわざわとした声が確実に近づいて来ている。

とうとうざわつきの御一行が控えの間に到着したのか、となりの部屋から今までの聞いた事が無い程慌てるリラの声が切れ切れに聞こえた。

「お待ちください。今、中でバアル様とマヤ様が…」
「…これ、無礼者!陛下に近づくな…女!…お前は下がれ!」
それに被さる様に同時に野太い男性の声も聞こえる。

(何なの?)
隣の部屋からの声と騒ぎが気になって、部屋の扉を見つめていると、バアル様が呟いた。

「…来られたか」

(来られた?)
すると、いきなりバンッと目の前の扉が開いた。


そこには長身で蜘蛛のように長い手足に白と紫のトーガを無造作に巻いた、皇帝陛下ガウディその人が立っていた。

 *******

あまりの急な来訪展開にわたしは声も出なかった。

(へ、陛下が直接…登場するなんて、何故?)

最後のガウディの所業が脳裏に蘇って、一気に全身から血の気が引いていくのを感じた。

アウロニア帝国皇帝ガウディ陛下は、わたしたちを光の無い真っ黒な瞳で見た。

リラを怒鳴りつけた野太い声の男は、豊かな巻き毛を揺らしながら、必死に訴えている。

「いま一度、お待ちください!陛下!どうか…どうか面会の機会をお作りしますから…」

「五月蝿いぞ、ドロレス。ここからは余と預言者達の話し合いだ。お前は邪魔だ、放りだされる前に出ていけ」

陛下は自分より背の低いでっぷりとした男の身体を見下ろし、その男の台詞を途中で遮った。

巻き毛の男は「ひッ」とひきつった声を上げて、慌てて控えの間に帰っていく。

「へ…陛下…!」

はっと気が付いたわたしは、平服しようと立ち上がった。
その時バアル様に手で止められた。

「預言者が頭を下げるのは己の神の御前のみだ」
バアル様はわたしを見て言った。

陛下は鼻を鳴らした。
「よい。時間が無いし面倒である」

そして、わたしの方を見下ろして
「――レダの預言者か。余に預言の内容を報告せよ」
と命令をしたのだった。

「…あ、は…はい」
わたしは、陛下の無機質な眼を宿す顔を見れなかった。
見れば前回での『お渡り』の恐怖がフラッシュバックしてきそうだったのだ。

(情けない…がんばるのよ…)
『陛下に重要な内容の預言を上申すると決めたじゃないの』

(がんばって報告しなければ…)

そう思ってはいても、立ったままの状態でどんどん気分が悪くなり、全身にぶるぶると震えが出てしまう。
その様子をみたバアル様は訝し気な表情で尋ねた。

「マヤ姫…大丈夫か?」
「は…はい…」

やっとバアル様にそう答えると、陛下は何の感情のこもらないひび割れた様な声で、わたしに言った。
「椅子に座れ、レダの預言者。倒られては適わん」

陛下の視線を感じたが、まさに『蛇ににらまれた蛙』とはこの事だ。

(そうだ、ここで倒れては駄目だわ)
やっとの思いでわたしは椅子にもう一度座ったが、下を向き冷や汗ばかりが出て言葉が一つも出てこない。

陛下はわたしから言葉が出るのをあきらめた様に、今度はバアル様に話しかけた。

「バアル殿――『帝国の危機の預言』とは一体何だ?」
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