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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

19 預言の報告 ②

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「帝国の危機とは何だ?」

陛下の問に、バアル様はさっきわたしに見せてくれた巻物の書面と、帝国領の地図を陛下の前に広げた。

「陛下、こちらが先日ご報告申し上げたドゥーガの神殿における闘いの預言の一覧でございます」

「…ふむ」
少し顔を上げると、ガウディ陛下は書面をくるくると回して広げながら、神殿の名前を確認している様だった。

「成程…確かに。テヌべ川付近から始まっているな、ごく小さい範囲の様だがこれが問題か?」

「何故その闘いが始まるのか原因が分かりません。実際、小規模な反乱の類かもしれません」

バアル様は陛下の前で説明をしつつも
「しかし、この規模の小競り合いなら、いつでもどこでも起こりそうな物です。何故わざわざドゥーガ神が神託を下されるのかが分からなかったのですが…」

そこでバアル様はわたしの方を見ながら話しを続けた。
「どうやらこちらのマヤ様…レダの預言者が原因の一部を知っている様なのです」

 *********

「レダの預言者よ。お前はその様な神託を受けたか?」
ひび割れた声が頭上から降ってくる。

(陛下がわたしに問うている。しっかり答えるの…マヤ)
ニキアスの男らしく美しい顔が脳裏に浮かぶと、わたしの心が少し落ち着いてくるのが分かった。

わたしの対応一つで、今後のニキアスやわたしの立場が変わるかもしれないと思うと知らず知らずに口が重くなる。

(慎重に…でも正確に)
「は…はい」

わたしは声が震えないように、と両手で自分の胸を抑えながらごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりとガウディ皇帝に顔を上げて報告を始めた。

「実は…テヌべ川のほとりであるデリの神殿周囲で起こる出来事が闘いの始まりになります」
「それは何だ?」

「蝗害による食糧事情の悪化です。それが次第に帝国全土へと広がっていくのです」

『――蝗害?』

陛下とガウディ様の声が同時に重なり、わたしは思わず二人の顔を見上げた。
二人とも怪訝な表情で顔を見合わせている。

「蝗害とは何だ?」

「陛下…それは移動するバッタによって、食料が次々と食い荒らされる災いの事です。大量の…それも空を覆いつくす程の」

「いや、勿論文献で数回起こったのは知っているが、ここ100年程は例がないのでは無いか?レダの預言者よ」

「その通りです、陛下。でも…これからその災いが起こる預言が出ています」

ガウディ陛下が尋ねた内容について、わたしは発生した数か所で発生したバッタの大群が群生化して行き、帝国内の食物の畑を喰い荒らす様を伝えた。

「成程。それで争いが起こるという事なのか…」
少し息を詰める様にしてわたしの話を聞いていたバアル様が、呟いた。

「では…そこでバッタが大量に発生するという事か?
そこのデリ神殿付近の土地の植物を草木も生えない様にすれば良いという事か」

ガウディ皇帝は無表情でわたしに尋ねた。
(いっそ土地を全てを焼け野原にすれば良いとでも言いそうだわ…)

どうやって根絶やしするのか想像すると恐ろしくて聞けなかったが、わたしは直ぐに『いいえ』と答えた。

「違います。そもそもなぜバッタが大量発生するのか――それは…」

わたしは目の前の帝国領の地図の一部――テヌべ川のもっと南側の下流を指差した。
「ここの付近で発生したテヌべ川の氾濫から始まります」
「テヌべの氾濫?」

「そうです。季節性の大きなサイクロンに因るものです」

そこからは、小説で読んだ通りの台風よりも大きなサイクロンの発生と、それによって起こるテヌべ川の氾濫により、土壌に一時的にバッタの餌になる植物が増える事。

そして河の回りでバッタが大量に発生し始め、それが纏まって強い偏西風に乗って大移動する事を伝えた。

わたしは
「この争いの殆どが、貧しい集落で起こる食物の争いに端を発していると思いますが、その前にこの争いを加速させる事象がもう一つあります」
と陛下に告げた。

 **********


「何だと?…事前の事象とな。言ってみろ」
バアル様は眉をひそめてわたしに尋ねた。

「はい、そうです。ただ申し訳ありませんが、それが何時頃起こるのかが分かりかねまして…」
「かまわん、レダの預言者。分かる範囲で申してみよ」
陛下は変わらず無表情な顔でわたしを見ている。

『畏まりました』とわたしは頷くと
「実はこのバッタの大量発生の前にある天体の異変が起こります」
「ふむ…異変か」

陛下の真っ黒い目と表情からは感情が読み取れない。
けれど、わたしの話は興味深く聞いている様だ。

「それは皆既日蝕と呼ばれるものです」
「皆既日蝕?」

バアル様はわたしに尋ねた。

「昼間の時間に完全に太陽が黒くなるのです」
「黒く…?なんて不吉な…」

陛下の表情は変らないが、バアル様の表情は不安のためなのかはっきりと曇っている。

(やっぱりそんな風に受け取ってしまうものなのね)

予想していた通り、この世界では天体の変化は神の領域らしい。
こんなに理性的なバアル様でも、皆既日食に因る太陽の変化を何か恐ろしいものとして捉えた様だった。

そこで、いきなりひび割れた声がわたしとバアル様の間を割った。
「――それは何かしらの合図となるべきものか?」

わたしは陛下を見上げて答えた。

「いえ…太陽の変化は時間が経てば戻ります。ただの天体の動きに因る現象ですから、その事自体に特に意味はありません」

(あまり詳しく伝えると、いろいろ面倒に追及されるだろうから)
なぜそれが起こるのかは今の時点では曖昧にしておいた方がいい。

「ただの現象に過ぎませんが…帝国の民が『怒れる神の仕業』と勘違いするかもしれません。
『不吉の象徴』だと大騒ぎをする可能性があるの問題です」

陛下は暫く考えている様な表情をしていたが、いきなり小首を傾げてわたしに尋ねた。
「――フィロンに聞いたか?」

「……は?」
(どういう事かしら?)
何故ここでコダの預言者の名前が出てくるのか、意味が分からない。

わたしは戸惑って思わず
「フィ…フィロン様ですか?」
と聞き返してしまった。

その言葉を受けて、反対にバアル様が陛下に尋ねた。
「陛下、フィロン…コダの預言者の名が出てくるとはどういう意味ですか?」

陛下は平板な声でわたし達に衝撃的な内容を伝えた。

「その皆既日食とやらが『アウロニア帝国崩壊の始まりの合図』とコダ神の預言があったらしい」
『それで評議会が緊急に召集される予定だ』と陛下はあっさりと言った。
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