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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
16 バアルとの面会 ②
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「今日はお忙しい所お時間つくって頂き、有難うございます。バアル様」
わたしはバアル様に一礼をしてお礼を述べた。
バアル様はわたしを見下ろして微笑んでいる。
「初めまして、レダの娘よ…やはり噂で聞いていたのとは違うお嬢さんに見えるのだが不思議だ」
その言葉にわたしは内心でぎくりとしながらも
「わたくしも敗戦国の姫となり、地に落ちて心を入れ替えました。
今までの預言内容の評価と、わたくしの悪評に異論を唱えるつもりは、全く御座いませんが…」
わたしはバアル様と目を合わせて言葉を続けた。
「アウロニア国専属の預言者となったからには、これまで以上に自分の言葉の重さを噛み締めつつ、ガウディ陛下にお仕えするつもりでございます」
バアル様は微笑んだまま表情は動かない。
(…バアル様って…何を考えらっしゃるのか分からないわ)
リラからの情報に因ると、バアル様は元々は、南国ベルガモンに近い地域出身の剣闘士だったという。
奴隷に近い出身だったが、剣闘士としての確かな腕と闘神ドゥーガの加護を経て預言者としての顕著な資質を著わし、前々国王自ら奴隷の階級から引き抜いたのだと聞いた。
もう50歳近くになるお年の筈だというのに、長身で筋肉が隆々とした精悍な顔つきは、かつての剣闘士のままの面影を残している。
髪の毛こそ白いものが多く混じっているが、真っ黒い肌は年齢を感じさせず艶々とし、黒々した瞳は夜の星のように理知的に光っていた。
「…今日は私と話がしたいとニキアスから聞いたのだがーー」
バアル様のにこやかな表情は変わらないのに、妙に圧迫感を感じた。
ふと横を見ると、リラが少し青ざめている。
「バアル様…リラを下がらせてもよろしいでしょうか」
わたしはバアル様に尋ねた。
「ふむ…いいだろう。では君は隣の控え室で待ちたまえ」
バアル様に声を掛けられ、リラが心配そうにこちらを向きながら部屋を退出して行った。
「…今のはわざとですか?」
「何の事だろうか?」
「リラへの殺気です」
途端にバアル様はくすくすと笑い始めた。
「『殺気』ではない。『闘気』だ。彼女だけではなく君自身にも放った。動じないのはさすが元王女というべきかな。
自ら預言者として陛下に売り込んだだけの胆力はある」
「…わたしをお試しになるのはお止めください。バアル様はお忙しいと聞きました。お時間がもったいないですわ」
バアル様は、ふふと笑ってから、わたしを手招きをして椅子に座る様に促した。
「そうだな。では、話をきこう」
「実は…ある預言を受けました。
それでバアル様にご相談をしたかったのです」
わたしはバアル様に話し始めた。
*******
「…ちょっと待て。レダ神の預言内容を、私に軽々しく話してよいのか?」
「今からお話するのは…預言の内容その物ではありません。
しかしその内容は、大変重いものでした。
それでわたしが世間知らずと云う事もあり、是非バアル様にご相談させていただきたかったのです」
「相談?…どういう事かな?」
バアル様は質問の意図が分からないようだった。
「わたくしはゼピウス以外の国を知りません。他国の様々な情勢や地理にも疎いのです」
(正確にいえばゼピウス国も小説のうろ覚えの知識しかないけれど)
「…ふむ」
「ある災害が起こるのですが…」
「…ある災害?それが預言か?」
「はい、その通りです。その災害の後、国内では食料の奪い合いが起こる可能性があるのです。その果てには…実は、帝国内でも内戦が起こる可能性まであります」
バアル様は瞳をきらっとさせると小さく頷いた。
「……成程」
「…これは地理に疎いわたしがバアル様にお聞きしたいのですが、テヌべ川のどの辺りで氾濫が起きやすいか、又は起こる可能性が高いのか、を知りたいのです。
バアル様は長く帝国内を旅をしているとお聞きしました。
何か情報としてご存じではないですか?」
『蝗害』は、普段は水量が少ないテヌべ川の周囲で川の氾濫が起こって、餌である植物が豊富になった為に、バッタの尋常じゃない大量発生が起こるのが始まりだ。
それがその後、群生して飛び回り、帝国内の穀物を食い荒らす蝗害へと進む。
帝国内では食料の奪い合いによる小さな争いが増え、合併したばかりの国々から次々と反乱が起こり、長い内戦が続く為にアウロニア帝国の国土は徐々に荒れていく。
そして小説内ではその混乱に乗じて、ニキアス将軍がガウディ皇帝を弑逆し――王位簒奪を目論むストーリ展開になる。
「…そのサイクロンとやらが預言の内容ではないのか?」
「サイクロンは預言の一部ですが、大変な事態はその後に起こるのです」
「あともう一つ…これはサイクロン発生の前に、大がかりな天体の変化が起こります。
他の方やバアル様はその預言をお聞きになった事はないですか?
若しくはその預言をされた方がいらっしゃるかだけでも、バアル様はご存じないですか?」
バアル様はわたしをじっと見つめていた。
それはまるで、わたしへと何を言うべきか考えているような表情だった。
わたしはバアル様に一礼をしてお礼を述べた。
バアル様はわたしを見下ろして微笑んでいる。
「初めまして、レダの娘よ…やはり噂で聞いていたのとは違うお嬢さんに見えるのだが不思議だ」
その言葉にわたしは内心でぎくりとしながらも
「わたくしも敗戦国の姫となり、地に落ちて心を入れ替えました。
今までの預言内容の評価と、わたくしの悪評に異論を唱えるつもりは、全く御座いませんが…」
わたしはバアル様と目を合わせて言葉を続けた。
「アウロニア国専属の預言者となったからには、これまで以上に自分の言葉の重さを噛み締めつつ、ガウディ陛下にお仕えするつもりでございます」
バアル様は微笑んだまま表情は動かない。
(…バアル様って…何を考えらっしゃるのか分からないわ)
リラからの情報に因ると、バアル様は元々は、南国ベルガモンに近い地域出身の剣闘士だったという。
奴隷に近い出身だったが、剣闘士としての確かな腕と闘神ドゥーガの加護を経て預言者としての顕著な資質を著わし、前々国王自ら奴隷の階級から引き抜いたのだと聞いた。
もう50歳近くになるお年の筈だというのに、長身で筋肉が隆々とした精悍な顔つきは、かつての剣闘士のままの面影を残している。
髪の毛こそ白いものが多く混じっているが、真っ黒い肌は年齢を感じさせず艶々とし、黒々した瞳は夜の星のように理知的に光っていた。
「…今日は私と話がしたいとニキアスから聞いたのだがーー」
バアル様のにこやかな表情は変わらないのに、妙に圧迫感を感じた。
ふと横を見ると、リラが少し青ざめている。
「バアル様…リラを下がらせてもよろしいでしょうか」
わたしはバアル様に尋ねた。
「ふむ…いいだろう。では君は隣の控え室で待ちたまえ」
バアル様に声を掛けられ、リラが心配そうにこちらを向きながら部屋を退出して行った。
「…今のはわざとですか?」
「何の事だろうか?」
「リラへの殺気です」
途端にバアル様はくすくすと笑い始めた。
「『殺気』ではない。『闘気』だ。彼女だけではなく君自身にも放った。動じないのはさすが元王女というべきかな。
自ら預言者として陛下に売り込んだだけの胆力はある」
「…わたしをお試しになるのはお止めください。バアル様はお忙しいと聞きました。お時間がもったいないですわ」
バアル様は、ふふと笑ってから、わたしを手招きをして椅子に座る様に促した。
「そうだな。では、話をきこう」
「実は…ある預言を受けました。
それでバアル様にご相談をしたかったのです」
わたしはバアル様に話し始めた。
*******
「…ちょっと待て。レダ神の預言内容を、私に軽々しく話してよいのか?」
「今からお話するのは…預言の内容その物ではありません。
しかしその内容は、大変重いものでした。
それでわたしが世間知らずと云う事もあり、是非バアル様にご相談させていただきたかったのです」
「相談?…どういう事かな?」
バアル様は質問の意図が分からないようだった。
「わたくしはゼピウス以外の国を知りません。他国の様々な情勢や地理にも疎いのです」
(正確にいえばゼピウス国も小説のうろ覚えの知識しかないけれど)
「…ふむ」
「ある災害が起こるのですが…」
「…ある災害?それが預言か?」
「はい、その通りです。その災害の後、国内では食料の奪い合いが起こる可能性があるのです。その果てには…実は、帝国内でも内戦が起こる可能性まであります」
バアル様は瞳をきらっとさせると小さく頷いた。
「……成程」
「…これは地理に疎いわたしがバアル様にお聞きしたいのですが、テヌべ川のどの辺りで氾濫が起きやすいか、又は起こる可能性が高いのか、を知りたいのです。
バアル様は長く帝国内を旅をしているとお聞きしました。
何か情報としてご存じではないですか?」
『蝗害』は、普段は水量が少ないテヌべ川の周囲で川の氾濫が起こって、餌である植物が豊富になった為に、バッタの尋常じゃない大量発生が起こるのが始まりだ。
それがその後、群生して飛び回り、帝国内の穀物を食い荒らす蝗害へと進む。
帝国内では食料の奪い合いによる小さな争いが増え、合併したばかりの国々から次々と反乱が起こり、長い内戦が続く為にアウロニア帝国の国土は徐々に荒れていく。
そして小説内ではその混乱に乗じて、ニキアス将軍がガウディ皇帝を弑逆し――王位簒奪を目論むストーリ展開になる。
「…そのサイクロンとやらが預言の内容ではないのか?」
「サイクロンは預言の一部ですが、大変な事態はその後に起こるのです」
「あともう一つ…これはサイクロン発生の前に、大がかりな天体の変化が起こります。
他の方やバアル様はその預言をお聞きになった事はないですか?
若しくはその預言をされた方がいらっしゃるかだけでも、バアル様はご存じないですか?」
バアル様はわたしをじっと見つめていた。
それはまるで、わたしへと何を言うべきか考えているような表情だった。
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