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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

2 ウビン=ソリス《太陽の都》 ②

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浴室の扉入口までナラと共に歩いて
「ここからわたし1人でいくわ」
と告げると、湯気で少しだけ視界の悪い浴室にわたしは入っていった。

滑りやすい石の床に気を付けながら、湯舟に後ろ向きでつかるニキアスに近づく。

ニキアスは濡れた長い髪を垂らしたまま、バシャッと湯舟のお湯を何度か顔にかけているようだった。

そろそろっと音を立てない様に足を運んで
「…ニキアスさ…」
と声を掛けようとした瞬間だった。

わたしの目に見えない様な速さで、ニキアスはがばっとわたしの頭と首を、その太い腕で羽交い絞めにしたのだった。

 ******

「――!!」
「マ…マヤ!」


「す…済まない」
羽交い絞めにしていた相手がわたしだと分かると、慌ててニキアスが締めていた腕の力を抜いてわたしを離した。

「だが…気配を消して近づいて来ようするのは止めてくれ。危うく殺すところだった…」

「ご…ごめんなさい。驚かせようと思って…」
(あら?)

いきなり首まわりを押さえられてわたしも驚いたのだけれど、ニキアスの表情からいつもの余裕が無いように見えた。

「ニキアス…何かあったの?」
今日、午後暫く帰ってこなかった事に関係があるのだろうか。
 
ニキアスは暫く目線をわたしから外していたが、軽く息を吐くとわたしの方を向いた。
「皇帝陛下に戦果の報告に上がった際に、今回の戦の褒賞を尋ねられた」

わたしは頷いた。
だからニキアスの機嫌が悪かったのだ。

「…わたしを褒賞としては認めて下さらなかったのね」

「いや、そうではない。認める前にお前に会わせろと」
「え?…お目にかからなければならないって事ですか?」

「どうやらそうらしいな。
あの方が本当は何を考えているのかは、俺には分からん」

単にお前に興味があるのか、本当にお前を警戒してなのか、俺に嫌がらせをしたいだけなのか…と言ってそのままちゃぷんとお湯の中に沈んだ――かと思うと。

ザバっと飛沫をあげて立ち上がった。

水の滴る逞しい筋肉のついた身体がわたしの目の前に露わになる。
完璧な――美術館で見るような美しい身体だった。

目の前に揺れるニキアスの男根に目線の行き場が無く、恥ずかしくて横を向くと、ニキアスはわたしを見下ろしたまま言った。

「…お前を宮殿に連れて行きたくない」

 *******


「…お前を兄上に会わせたくない」

立ち上がると今度はわたしが少しだけニキアスを見下ろす様になった。
ニキアスの面は下を向いたままだった。

「俺にもう少し力があれば…」
ニキアスの表情は見えないが、握りしめた手に力が入っているのは分かった。

このままだと、彼が当初懸念していた通りの展開になりそうだったのだ。

預言者として、そして側妃としての『宮殿内での飼い殺し』である。

「このままお前を連れて、逃げ…」
ニキアスが顔を上げてそう言いかけたのを、わたしは指を置いて止めた。

「マヤ…」
「宮殿にいくしか選択は無いの…ニキアス。ですわ」

ニキアスの表情が不安で曇ったのが分かった。
「お前はまた…何を考えている?」

わたしはニキアスをぎゅっと抱きしめてあやす様に背中を擦った。
「神託よ、ニキアス。…それだけ」

****************


『お前は何を考えている?』


ニキアスに訊かれる前に、わたしは小説の内容を思い出していた。

これから、小説『亡国の皇子』ではアウロニア帝国に幾つかの災難が降りかかる。

まず始めに、皆既日食である。

これは『神の怒り』と民から思われてしまう。
その後奇しくも起こった災害と、セットで考えられてしまうから。

それが――サイクロン発生後のテヌべ川の氾濫と、バッタの大量発生だ。

所謂『蝗害』である。

テヌべ川のある付近から発生したバッタは群生化し、アウロニア国を始めとする他国を巻き込んだ深刻な作物被害をもたらすのだ。

(これは、防ぐのは難しそう…)

しかし発生する時期と場所は大まかに検討がついている。


そもそもなぜいきなりバッタが大量に発生するのか?

(これは前世で蝗害のニュースの時にふと原因を調べて知ったのだが)
これはサイクロンに因って(テヌべ)川が部分的に氾濫し、そこにバッタの餌や産卵場所になる植物地帯が発生するからだ。

そして温かい気候条件と重なり、バッタが普段よりも大量に発生する。

そのちいさな個体が集団化し、群生化すると群れで長距離移動しながら、作物を求めるのだという。


つまりバッタを群生化させなければ、作物被害を軽減させられるかもしれないのだが、大規模な駆除をしなければならない為軍隊で動かなければならなくなる可能性がある。

でも救いはこれだけ大きな災害だと、レダ神だけでなく他の神からも神官や預言者に神託として降りてきている可能性が高い。

複数の神託が寄せられていれば、疑り深いガウディ皇帝陛下も納得するだろうと、この時のわたしは単純に考えていたのだ。
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