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第1章.嘘つき預言者の目覚め
78 メサダ神の怒り ②
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「今…レダ神に助けを求めるとは…」
メサダ神は怒りの表情を浮かべながら、わたしのほうを向いて目の前をうろうろと歩きはじめた。
「しかもこの娘、今回ヴェガ神にも会っている…」
しばらくの間ウロウロと歩きながら――また壊れた人形のように何度も同じ事呟いている。
「これは分が悪い。何故もう片方を…」
メサダ神は歩みをぴたりと止めた。
「成程…ギデオンでは無く、お前はニキアス陣営に『付く』つもりなのか?」
首をぐるっと真横に回し、今度はわたしにそのガラス玉のような透明な瞳で訊いてきた。
何故ここでギデオンとニキアスが出て来るのかが分からない。
(『付く』って…何?)
少年神はわたしに向かって高らかに宣言をした。
「…あの男に付いていけばいつかお前は必ず死ぬ。いや死ぬより辛い目に合うかもしれない」
そして
『たとえ安寧を得たとしても、それはごく僅かな期間だ』
とメサダ神は断言した。
『幸せだったとしても短い間』
少年神からのいきなりの衝撃発言ではあったけれど、もとよりわたしはニキアスに出会って直ぐに処女を奪われた後、火炙りで殺される運命だったのだ。
その時わたしは『少しでも幸せであればそれでいい』とさえ思っていた。
だからメサダ神へ答えたのだ。
「申し訳ありませんメサダ神様…わたし今ニキアスと一緒にいたいんです」
その言葉を聞いた途端、メサダ神は。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
いきなり――少年神は叫んだ。
「お前は……たかが人間の分際で――赦すまじ!…」
バキバキバキっと、そのまま氷の池にヒビが入るような音を立てて床と空が割れると、ぱらぱらと細かく崩れ始めた。
「赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ…」
その呪詛の様な言葉が機械音のように繰り返されて、ヒビの入った空と共にわたしに振りかかってくる。
わたしは恐怖で顔を覆って、悲鳴を上げた。
「――マヤ!」
わたしの身体がいきなり揺さぶられた。
*******
「マヤ!」
――誰かがわたしの身体を揺さぶっている。
わたしはゆっくりと目を開けた。
「マヤ!…大丈夫か?」
そこにはわたしを起こしてくれたニキアスの心配そうな表情があった。
テントの中は寝台周りの数本の蝋燭の明かりが僅かに揺れているのみだ。
外では虫の鳴く声が聞こえる。
ニキアスの顔を見上げてぼうっとしていると、彼が今はもう面布を完全に外していているのに気が付いた。
茶色の染みのような跡が、左の額から青混じりの濃いグレーの水面の様な瞳の周りに広がっている。
これから何度彼の顔を見ても少なくとも
『ヴェガ神に呪われたような青黒い痣がある』
という記載はないだろう。
小説のマヤ王女が本当は何がしたかったのか、そしてわたしに何をして欲しいのか《・》…今となっては分からない。
ただ彼女は
『ニキアスを助けたい』
それだけを考えていた気がしてならない。
ニキアスに対し並々ならぬ強い気持ち(…多分恋心を含む)を抱いていたというのだけはわたしにも分かるのだ。
******
湯あみを終えたばかりなのか、ニキアスから薄荷水のような香りがして、わたしの徐々に気持ちが落ち着いて行くのを感じた。
けれど――長い黒髪から水滴が滴り、バスローブのような簡易的な寝間着の間から鍛えられくっきりとした胸筋が覗いていて艶やかに光っているのを見た途端。
いきなりわたしの頬が紅潮してドキドキと胸が高鳴るのを感じた。
(…お、おかしいわ。なんで今こんなにドキドキするの…?)
ニキアスの顔が急にまともに見れず、下を向いたままようやく言った。
「ご…ごめんなさい。夢を見ただけです」
「夢…予知の類のものか?」
「…分からないの。でもとても…とても嫌な夢だった」
「…内容は…言えるか?」
「――……」
「…マヤ、言いたくないか?」
ニキアスにこれ以上心配と迷惑をかけたくなかった。
昨日攫われたわたしを捜してくれたし、ただですらこれから激職な将軍職――しかも統率の取れないアウロニア帝国軍を纏めて祖国へ連れて帰らなきゃならないのだ。
それに何よりニキアスの名前がメサダ神から出たのが…とても嫌な予感がする。
これがメサダ神の作戦だとしたら、『当たった』と言えるだろう。
すでに今はもう『アナラビがギデオン王子だった』という事をニキアスへ報告する事すら怖かった。
『これからの事に手を出せばお前がたとえレダの預言者でも容赦しない』
レダ神の娘の預言者のわたしですら、なりふり構わず脅すメサダ神の事だ。
最後のメサダ神の言葉『赦すまじ』と聞けば、どんな手を使ってニキアスとわたしを追い詰めに来るか分からない恐怖があった。
(それにアナラビがギデオン王子とニキアスへと報告する証拠は何もない。ハルケ山の時の様にきちんと証明はできないわ)
様々な言い訳を頭に浮かべては――それ程あのメサダ神が恐ろしかった、考え込んでいるわたしの様子を見たニキアスは、静かに言った。
「マヤ…預言者で時に未来視もするお前だから言っておく。なにか辛いことや抱えきれない事があったのなら、俺にできるだけ言ってくれ。解決はできないかもしれんが共有する事はできる」
そしてニキアスは、わたしの頬を指でさらっと撫でながら
『お前の事がとても大事だ…』
と言ってくれた。
「ニキアス様…」
彼の言葉を聞いて、思わず涙が出そうになった。
わたし達は、どちらかとも無くお互いの指を絡めた。
ニキアスの大きい手に比べたら、私の手は小さく全て包まれてしまいそうだ。それを見ながら思ったのだ。
(守られてばかりじゃ駄目なんだわ。わたしもニキアスを守らなくては)
******
メサダ神の狙い――それは、何がなんでもギデオンをわたしが読んでいた小説通りの『亡国の皇子』の展開に持って行く事なのだ。
それが予定通りに行かないので、イラつきを感じているのに違いない。
原因の一つはわたしだ。
(やはり…少しずつ小説の内容を書き換えなければならないんだわ)
そして、最終的に全く違う話の流れになる事を期待するしかない。
それが結局メサダ神の思惑を覆すことになるのだから。
『今ここでわたしに出来る事は…』
わたしは自然にニキアスの手を引いて、彼を寝台に腰掛けさせると彼の前に立った。
そして囁く様な声で、わたしは彼の名前を呼んだ。
「ニキアス様…見てて欲しいんです」
『今ここでわたしに出来る事は』
わたしは震える手で寝間着を一枚ずつ脱いでいき、ニキアスの前で全裸になった。
――『今度こそニキアスに自ら処女を捧げる事だ』
メサダ神は怒りの表情を浮かべながら、わたしのほうを向いて目の前をうろうろと歩きはじめた。
「しかもこの娘、今回ヴェガ神にも会っている…」
しばらくの間ウロウロと歩きながら――また壊れた人形のように何度も同じ事呟いている。
「これは分が悪い。何故もう片方を…」
メサダ神は歩みをぴたりと止めた。
「成程…ギデオンでは無く、お前はニキアス陣営に『付く』つもりなのか?」
首をぐるっと真横に回し、今度はわたしにそのガラス玉のような透明な瞳で訊いてきた。
何故ここでギデオンとニキアスが出て来るのかが分からない。
(『付く』って…何?)
少年神はわたしに向かって高らかに宣言をした。
「…あの男に付いていけばいつかお前は必ず死ぬ。いや死ぬより辛い目に合うかもしれない」
そして
『たとえ安寧を得たとしても、それはごく僅かな期間だ』
とメサダ神は断言した。
『幸せだったとしても短い間』
少年神からのいきなりの衝撃発言ではあったけれど、もとよりわたしはニキアスに出会って直ぐに処女を奪われた後、火炙りで殺される運命だったのだ。
その時わたしは『少しでも幸せであればそれでいい』とさえ思っていた。
だからメサダ神へ答えたのだ。
「申し訳ありませんメサダ神様…わたし今ニキアスと一緒にいたいんです」
その言葉を聞いた途端、メサダ神は。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
いきなり――少年神は叫んだ。
「お前は……たかが人間の分際で――赦すまじ!…」
バキバキバキっと、そのまま氷の池にヒビが入るような音を立てて床と空が割れると、ぱらぱらと細かく崩れ始めた。
「赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ赦すまじ…」
その呪詛の様な言葉が機械音のように繰り返されて、ヒビの入った空と共にわたしに振りかかってくる。
わたしは恐怖で顔を覆って、悲鳴を上げた。
「――マヤ!」
わたしの身体がいきなり揺さぶられた。
*******
「マヤ!」
――誰かがわたしの身体を揺さぶっている。
わたしはゆっくりと目を開けた。
「マヤ!…大丈夫か?」
そこにはわたしを起こしてくれたニキアスの心配そうな表情があった。
テントの中は寝台周りの数本の蝋燭の明かりが僅かに揺れているのみだ。
外では虫の鳴く声が聞こえる。
ニキアスの顔を見上げてぼうっとしていると、彼が今はもう面布を完全に外していているのに気が付いた。
茶色の染みのような跡が、左の額から青混じりの濃いグレーの水面の様な瞳の周りに広がっている。
これから何度彼の顔を見ても少なくとも
『ヴェガ神に呪われたような青黒い痣がある』
という記載はないだろう。
小説のマヤ王女が本当は何がしたかったのか、そしてわたしに何をして欲しいのか《・》…今となっては分からない。
ただ彼女は
『ニキアスを助けたい』
それだけを考えていた気がしてならない。
ニキアスに対し並々ならぬ強い気持ち(…多分恋心を含む)を抱いていたというのだけはわたしにも分かるのだ。
******
湯あみを終えたばかりなのか、ニキアスから薄荷水のような香りがして、わたしの徐々に気持ちが落ち着いて行くのを感じた。
けれど――長い黒髪から水滴が滴り、バスローブのような簡易的な寝間着の間から鍛えられくっきりとした胸筋が覗いていて艶やかに光っているのを見た途端。
いきなりわたしの頬が紅潮してドキドキと胸が高鳴るのを感じた。
(…お、おかしいわ。なんで今こんなにドキドキするの…?)
ニキアスの顔が急にまともに見れず、下を向いたままようやく言った。
「ご…ごめんなさい。夢を見ただけです」
「夢…予知の類のものか?」
「…分からないの。でもとても…とても嫌な夢だった」
「…内容は…言えるか?」
「――……」
「…マヤ、言いたくないか?」
ニキアスにこれ以上心配と迷惑をかけたくなかった。
昨日攫われたわたしを捜してくれたし、ただですらこれから激職な将軍職――しかも統率の取れないアウロニア帝国軍を纏めて祖国へ連れて帰らなきゃならないのだ。
それに何よりニキアスの名前がメサダ神から出たのが…とても嫌な予感がする。
これがメサダ神の作戦だとしたら、『当たった』と言えるだろう。
すでに今はもう『アナラビがギデオン王子だった』という事をニキアスへ報告する事すら怖かった。
『これからの事に手を出せばお前がたとえレダの預言者でも容赦しない』
レダ神の娘の預言者のわたしですら、なりふり構わず脅すメサダ神の事だ。
最後のメサダ神の言葉『赦すまじ』と聞けば、どんな手を使ってニキアスとわたしを追い詰めに来るか分からない恐怖があった。
(それにアナラビがギデオン王子とニキアスへと報告する証拠は何もない。ハルケ山の時の様にきちんと証明はできないわ)
様々な言い訳を頭に浮かべては――それ程あのメサダ神が恐ろしかった、考え込んでいるわたしの様子を見たニキアスは、静かに言った。
「マヤ…預言者で時に未来視もするお前だから言っておく。なにか辛いことや抱えきれない事があったのなら、俺にできるだけ言ってくれ。解決はできないかもしれんが共有する事はできる」
そしてニキアスは、わたしの頬を指でさらっと撫でながら
『お前の事がとても大事だ…』
と言ってくれた。
「ニキアス様…」
彼の言葉を聞いて、思わず涙が出そうになった。
わたし達は、どちらかとも無くお互いの指を絡めた。
ニキアスの大きい手に比べたら、私の手は小さく全て包まれてしまいそうだ。それを見ながら思ったのだ。
(守られてばかりじゃ駄目なんだわ。わたしもニキアスを守らなくては)
******
メサダ神の狙い――それは、何がなんでもギデオンをわたしが読んでいた小説通りの『亡国の皇子』の展開に持って行く事なのだ。
それが予定通りに行かないので、イラつきを感じているのに違いない。
原因の一つはわたしだ。
(やはり…少しずつ小説の内容を書き換えなければならないんだわ)
そして、最終的に全く違う話の流れになる事を期待するしかない。
それが結局メサダ神の思惑を覆すことになるのだから。
『今ここでわたしに出来る事は…』
わたしは自然にニキアスの手を引いて、彼を寝台に腰掛けさせると彼の前に立った。
そして囁く様な声で、わたしは彼の名前を呼んだ。
「ニキアス様…見てて欲しいんです」
『今ここでわたしに出来る事は』
わたしは震える手で寝間着を一枚ずつ脱いでいき、ニキアスの前で全裸になった。
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