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第1章.嘘つき預言者の目覚め

28 帰途の選択 ③

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 ユリウスがテントを出ていくとカーラ嬢とわたしはその場に二人きりで残されてしまった。

 何故だか気まずい空気がテント内を漂っている。
 彼女は盛り上がった豊かな胸の前で腕を組み、わたしマヤを真っ直ぐに無言で見下ろしていた。

(な…何だろう、この視線…怖い)
 わたしは座ったまま指をモジモジと動かしながら考えた。

(本当のマヤだったらこの視線に『無礼者!』とか言って怒るんだろうな…)
 無言のままちらりとカーラを見上げると、彼女はまだこっちを見ている。
 その表情からは彼女が何を言いたいのかは分からない。

(うん…でもまあ、歓迎はしていなそう…)
 それだけは彼女の醸し出す雰囲気ではっきりと分かるけれど。

 ふいにカーラが口を開いてわたしに質問をしてきた。
「――何故テントに連れてきてもらったのですか?」
「え…?な、何故って…」

 その言葉に『自分の国が何故敗戦国の姫を世話しなければいけないのか?』という不満では無く、もう少し複雑な感じの――何故を非難する敵意のニュアンスを感じた。

 そんな風に非難されるとは思っていなかったのでわたしは驚いた。
 「え、ええと…」

(…え?もしかしてだけど。ヤキモチを妬かれちゃったのかしら)
 わたしはもう一度彼女の顔をまじまじと見つめた。

 *************

 帰路についての意見が分かれ様々な意見が飛び交うテントの中で、一際大きな声をダナス副将軍が張り上げた。
「どうやって帰るか――ご検討されるのはご勝手だが陛下に疑念を抱かせるような行いは許されませんぞ!」
 
 ダナス副将軍のその不躾な物言いに周囲の兵らは一瞬ざわっとしたが、確かに彼の言う通りガウディ皇帝陛下の逆鱗に触れるのは恐ろしい。

「それは…確かに」
「下手にルートを変更すれば反逆罪とされかねん行為に映るかもしれない」
 と言う慎重な意見が部隊長より次々に出た。

「いや、だが…ハルケ山の危険性を知っていて入山するなんて愚の骨頂ではないか」
 わざわざ死にに行く様なものだ、という反対意見も他の部隊長らから声が上がる。

 喧々囂々と意見が分かれる中、作戦本部のテントの中へ天幕の隙間からするりと副官のユリウスが戻ってきた。

 ニキアスの隣に立つとユリウスは小声で報告した。

「…仰せの通りマヤ王女をニキアス様のテントの方へお連れしました」
「俺の命を守らなかった兵には十回の鞭打ちを課せ」

 ニキアスは頷くとユリウスへ命令した。
 それを聞くとユリウスは上官へとへ訊きなおした。

「十回ですか…?」
「ふふ、少ないか?」

 ニヤリと笑ったニキアスへ不満そうにユリウスはニキアスへ訴えた。

「上官への命令に背いたものは最低鞭打ち十五から二十回です。ましてやニキアス将軍閣下の命令ですよ!?」
「多すぎれば反感と離反を招く。本人への罰と見せしめになればよい」

「それに」
 ニキアスはユリウスへ少し笑いながら告げた。
「大の男でも鞭打ちは二、三発で失神するだろうよ」

 ***********

「――分かりました。ではそのように伝えておきます」

 ユリウスはニキアスへ一礼した時、先程のテント内の先客の事を思い出した。

「あ、そうだ…ニキアス様」
 ふと足を止め、ユリウスはニキアスのテントを訪れていた『皇帝陛下からの贈り物』について話をした。

「――余計な事を」
 ニキアスはあからさまに眉を顰めると小さく舌打ちをした。
「…嫌がらせだ」

 ニキアスが視線を感じ後ろを振り向くと、帰路について意見を交わす部隊長の中でダナス副将軍がじっとこちらを見ている。
 ニキアスはユリウスに向かって少し笑いながら言った。

「…お前の父上は余程俺が嫌いらしいな」
「権力大好きの石頭の御仁ですからどうしようも無いですよ。いきなり将軍で上官になったニキアス様が羨ましくて仕方が無いんです。問題を起こさない限り無視をして赦してください」

 実の父の事ながらけんもほろろに言うユリウスに、ニキアスはまた苦笑をした。

「取り敢えず二方面に斥候を出すような手間と時間が惜しい。部隊長はそれぞれの隊の兵に土地に詳しいものが居ないか今一度確認してくれ。後に再度集合する様に声を掛ける」
 ニキアスは副将軍と各部隊長へとそう指示を出した。

 そして
「――直ぐに戻る」
 と皆に告げると、身を翻し自身のテントの方へと戻った。
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