25 / 138
第1章.嘘つき預言者の目覚め
26 帰途の選択 ①
しおりを挟む
事前に伝えていたとはいえ、ニキアスとマヤ王女が戻ってきた事を確認すると、皇軍「ティグリス」内は一時的に大騒ぎになった。
「戻って来られた!」
「ニキアス=レオス将軍が戻ってきたぞ!」
兵たちがマヤとニキアスの乗っていた馬をあっという間に囲んでいる。
「間一髪だった様だな」
副将軍であるダナスがその側近と何か話しながら苦々しい表情でこちらを見ていた。
「明日の到着なら遅かったかもしれないぞ」
ニヤリとしてニキアスは馬から降りた。
「ダナス副将軍、待たせたな。確認してきた帰路について再検討するぞ。部隊長等をテントへ集めろ!」
ニキアスは将軍らしく皆へ指示を出し始めた。
それから近くの兵等に対し手招きすると、そのひとりに命令をした。
「マヤ王女を丁重に扱えよ。俺のテントに連れて行って湯あみと着替えを頼んでくれ」
とだけ伝えると、わたしの顔を見て
「行け」
と言った。
わたしは頷きそのまま去っていくニキアスの背中を見たが
「...ほら、いくぞ」
と声を掛けられ、指示された兵の後をついて行った。
****************
ニキアスは、何度かこちらを振り返るマヤの視線を感じた。
完全に彼女の姿が兵達の姿の中へ消えると
(行ったか…)
と今度は少し安堵のため息をついた。
「お召し物の着替えは…」
部下の兵等からの言葉にニキアスは首を振って断った。
「要らん。このまま本部のテントへ行く」
泥で汚れたままのマントをひるがえし、作戦本部となる目印のついたテントへと足を進めたのだった。
「神託だと――まったく信じられん」
ダナス副将軍は言った。
「お分かりか?嘘つきと名高い預言者の言葉ですぞ?」
「恐れながら、ニキアス将軍。ゼピウス国残党の巧妙な仕掛けでは?」
「確かに…」
「あのマヤ王女が今更真実を告げる預言者になったとは思えません」
軍の部隊長らも一斉にその意見に賛同した。
「俺も一時はどうかと疑った。地面が波の様に流れてくるなどあり得ないと。しかし――見ろ」
ニキアスは泥だらけになった衣服とマントを皆に見せた。
「確認した結果がこうだ」
「皆に問うが、まさか俺がわざとこうして帰ってきたとは思わないよな」
ニキアスが集まった部隊長等を見渡して言うと、隊長らは少しずつざわつき始めた。
ニキアスは冗談の通じない堅物と知られている。
厳しい軍の規定に将軍自ら順守する生真面目さは皆が知るところでもあった。
ましてや全てを管理する将軍職にあたるニキアスが、わざわざ嘘をつく小細工をしたり虚言妄言を吐くなど有り得ない。
「いや、しかし…ハルケ山を通らないルートだと、今はやたら幅を利かせている大盗賊団が出ると言われる街道か、ルー湿原のどちらかを選ぶしかないですよ」
気を取り直し、部隊長の一人が地図を広げてルートを確認するためニキアスへ尋ねた。
街道は公道として一応成らされているが、昔から山賊や追剥が出ると言われている。
戦争で人民と土地が荒らされ、国境近くしか関所が無いためどうしてもそうなってしまうのだ。
現在はある義盗賊団が組織的に大きくなり、精力的に活動している様だった。
細長く軍が移動すれば途中で針をつつくように計画的に盗賊団は襲ってきて、最終的に少なからず被害は出るに違いない。
そしてルー湿原は、得体の知れないナメクジのような母子頭大の生物が靴や服の隙間から入り込み、足や身体に張り付いて血を吸うという情報がある。
それが『ヴェガ神』の遣いと云われ恐れられて、実は余程の地元民しか近寄らない。
ニキアスは再度帰国ルートの検討を始める必要があった。
**************
わたしはニキアスに指示された兵と共にテントへ向かった。
しかし兵士がニキアスの言っていた『俺のテント』ではなく、奴隷用のテント方向へ案内しようとしているのは明らかだった。
ニキアスに事前に説明されていて、将軍用のテントへはこの道を使わない事は知っていたのだ。
(これが気を付けろと言っていた事の一つなんだわ)
ニキアスのテントからどんどん離れた場所へ連れていこうとしているのに気付いたわたしは
「こちらではなく、ニキアス将軍様のテントに案内してください」
と言った。
兵はギラっとわたしを睨むと大声で怒鳴った。
「お前が将軍のテントに入ろうだなんて×××め!」
強烈な帝国語の訛りで『×××』の意味は分からなかったが悪口であろうことは間違いなかった。
するとそこへ
「ちょっと…ちゃんと将軍の命令を聞いてた?レオス将軍のテントへお送りするんでしょう?」
ハスキーな声が聞こえた。
わたしが後ろを振り向くと簡易鎧を付けた淡い金髪で少し線の細い美人が立っていた。
(え?女性?珍しい…)
背の高い美女だと思った――最初は。
この世界は、古代ローマの世界観に漏れず女性の地位がとても低い。
下手をすればただの夫の所有物になる時代背景がモチーフの世界だからこそ、女性兵士なんて居ないと思っていたのに。
「僕、ニキアス様に言いつけちゃうからね」
その言葉にわたしの頭中で『?』が浮かぶ。
「あ!...貴方は...」
わたしは声に出して思わずその人を指差してしまった。
美人がわたしのその声に気が付いたようにこちらを見た。
(女の人じゃない…男の子だ)
まだ成人前の十五歳の少年だが、彼の名前はユリウス=リガルト=ダナス。
ダナス副将軍の息子の一人で今回が初陣となる。
ニキアスの副官で後にわたしを火炙りにする決断をうながした人物のひとりでもあり――。
最終的に皇帝を弑逆して闇落ちするニキアスに見切りをつけ、主人公ギデオン陣営に身を翻す人物だった。
「戻って来られた!」
「ニキアス=レオス将軍が戻ってきたぞ!」
兵たちがマヤとニキアスの乗っていた馬をあっという間に囲んでいる。
「間一髪だった様だな」
副将軍であるダナスがその側近と何か話しながら苦々しい表情でこちらを見ていた。
「明日の到着なら遅かったかもしれないぞ」
ニヤリとしてニキアスは馬から降りた。
「ダナス副将軍、待たせたな。確認してきた帰路について再検討するぞ。部隊長等をテントへ集めろ!」
ニキアスは将軍らしく皆へ指示を出し始めた。
それから近くの兵等に対し手招きすると、そのひとりに命令をした。
「マヤ王女を丁重に扱えよ。俺のテントに連れて行って湯あみと着替えを頼んでくれ」
とだけ伝えると、わたしの顔を見て
「行け」
と言った。
わたしは頷きそのまま去っていくニキアスの背中を見たが
「...ほら、いくぞ」
と声を掛けられ、指示された兵の後をついて行った。
****************
ニキアスは、何度かこちらを振り返るマヤの視線を感じた。
完全に彼女の姿が兵達の姿の中へ消えると
(行ったか…)
と今度は少し安堵のため息をついた。
「お召し物の着替えは…」
部下の兵等からの言葉にニキアスは首を振って断った。
「要らん。このまま本部のテントへ行く」
泥で汚れたままのマントをひるがえし、作戦本部となる目印のついたテントへと足を進めたのだった。
「神託だと――まったく信じられん」
ダナス副将軍は言った。
「お分かりか?嘘つきと名高い預言者の言葉ですぞ?」
「恐れながら、ニキアス将軍。ゼピウス国残党の巧妙な仕掛けでは?」
「確かに…」
「あのマヤ王女が今更真実を告げる預言者になったとは思えません」
軍の部隊長らも一斉にその意見に賛同した。
「俺も一時はどうかと疑った。地面が波の様に流れてくるなどあり得ないと。しかし――見ろ」
ニキアスは泥だらけになった衣服とマントを皆に見せた。
「確認した結果がこうだ」
「皆に問うが、まさか俺がわざとこうして帰ってきたとは思わないよな」
ニキアスが集まった部隊長等を見渡して言うと、隊長らは少しずつざわつき始めた。
ニキアスは冗談の通じない堅物と知られている。
厳しい軍の規定に将軍自ら順守する生真面目さは皆が知るところでもあった。
ましてや全てを管理する将軍職にあたるニキアスが、わざわざ嘘をつく小細工をしたり虚言妄言を吐くなど有り得ない。
「いや、しかし…ハルケ山を通らないルートだと、今はやたら幅を利かせている大盗賊団が出ると言われる街道か、ルー湿原のどちらかを選ぶしかないですよ」
気を取り直し、部隊長の一人が地図を広げてルートを確認するためニキアスへ尋ねた。
街道は公道として一応成らされているが、昔から山賊や追剥が出ると言われている。
戦争で人民と土地が荒らされ、国境近くしか関所が無いためどうしてもそうなってしまうのだ。
現在はある義盗賊団が組織的に大きくなり、精力的に活動している様だった。
細長く軍が移動すれば途中で針をつつくように計画的に盗賊団は襲ってきて、最終的に少なからず被害は出るに違いない。
そしてルー湿原は、得体の知れないナメクジのような母子頭大の生物が靴や服の隙間から入り込み、足や身体に張り付いて血を吸うという情報がある。
それが『ヴェガ神』の遣いと云われ恐れられて、実は余程の地元民しか近寄らない。
ニキアスは再度帰国ルートの検討を始める必要があった。
**************
わたしはニキアスに指示された兵と共にテントへ向かった。
しかし兵士がニキアスの言っていた『俺のテント』ではなく、奴隷用のテント方向へ案内しようとしているのは明らかだった。
ニキアスに事前に説明されていて、将軍用のテントへはこの道を使わない事は知っていたのだ。
(これが気を付けろと言っていた事の一つなんだわ)
ニキアスのテントからどんどん離れた場所へ連れていこうとしているのに気付いたわたしは
「こちらではなく、ニキアス将軍様のテントに案内してください」
と言った。
兵はギラっとわたしを睨むと大声で怒鳴った。
「お前が将軍のテントに入ろうだなんて×××め!」
強烈な帝国語の訛りで『×××』の意味は分からなかったが悪口であろうことは間違いなかった。
するとそこへ
「ちょっと…ちゃんと将軍の命令を聞いてた?レオス将軍のテントへお送りするんでしょう?」
ハスキーな声が聞こえた。
わたしが後ろを振り向くと簡易鎧を付けた淡い金髪で少し線の細い美人が立っていた。
(え?女性?珍しい…)
背の高い美女だと思った――最初は。
この世界は、古代ローマの世界観に漏れず女性の地位がとても低い。
下手をすればただの夫の所有物になる時代背景がモチーフの世界だからこそ、女性兵士なんて居ないと思っていたのに。
「僕、ニキアス様に言いつけちゃうからね」
その言葉にわたしの頭中で『?』が浮かぶ。
「あ!...貴方は...」
わたしは声に出して思わずその人を指差してしまった。
美人がわたしのその声に気が付いたようにこちらを見た。
(女の人じゃない…男の子だ)
まだ成人前の十五歳の少年だが、彼の名前はユリウス=リガルト=ダナス。
ダナス副将軍の息子の一人で今回が初陣となる。
ニキアスの副官で後にわたしを火炙りにする決断をうながした人物のひとりでもあり――。
最終的に皇帝を弑逆して闇落ちするニキアスに見切りをつけ、主人公ギデオン陣営に身を翻す人物だった。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
自暴自棄になってJK令嬢を襲ったら何故か飼われる事になりました
四十九・ロペス
恋愛
仕事も家庭も金も全て失い自暴自棄になった中年男と謎の令嬢との暴力と凌辱から始まるストーリ。
全てを失っても死ぬことさえできない西野の前に現れた少女。
軽蔑されたと思った西野は突発的に彼女に暴行を働いてしまう。
警察に突き出されると確信していたのだが予想外な事が起きる。
「あなた、私に飼われなさい」
中年男と女子高生の異常な恋愛を書いてみました。
初めての作品なので拙い文書ですが、よろしくお願いします。
また感想などもお待ちしております。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる