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第1章.嘘つき預言者の目覚め
19 兆し ①
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ハルケ山中に入ったニキアスはアウロニア帝国に戻る道程を覚えてはいたが、さすがにこんなに悪路になるとは考えてはいなかった。
斜面になった場所は、裏に鋲を打ったブーツもすべり、たしかに転倒や斜面への転落の危険性が増す。
(行軍する際にはたしかに気を付ける必要はあるな)
ニキアスは思った。
この地面のぬかるみや冠水した山道を隊列を組み、歩くのは少々骨が折れるかもしれない。
しかしこの程度では、迂回を理由するにはならない。
なんといってもまだ歩けるではないか。
(前兆とやらが…マヤが言った様な何かが起こるとすればこの辺りになるが)
マヤ王女がニキアスへ『アウロニアへ戻る行軍で通る場所へ連れて行って欲しい』と言っていたので、彼女を連れてはきたが、今のところ山で特に何かが起こっている気配はない。
「マヤ王女…見つかったか?」
「は…いえ。まだ…だと思います」
「ではもう少し進むか?」
「はい、お願いします」
「…分かった」
(これは彼女の杞憂だったのか?)
マヤはまだ真剣な表情で辺りを見渡している。
これから何かが起こるのを見つけ出そうという表情ではあるが。
しばらく辺りを探しその現象とやらも待ってはみたが、少し陽が傾きて時間だけが過ぎ何も起こらないとわかると、ニキアスは小さくため息をついた。
「マヤ王女、もういい」
「えっ…」
マヤの表情を見ながら、ニキアスは言った。
「これ以上、待っていても同じだ」
********************
「えっ…」
(そんな…)
わたしはニキアスの方を向いて彼へ訴えた。
「ニキアス、お願い。もう少し待って…」
「マヤ」
ニキアスはわたしを静かに見つめた。
「神託があった事は認めよう。きみの表情は嘘をついているようでは無かった。しかし、神託の解釈を間違う可能性もある」
(ニキアスはわたしの言葉を信じていない)
強く否定はせずわたしを気を遣う遠回しな言い方はしているけれど、結局信じるきることが出来ない。
――そういう事なのだ。
わたしは思い切り首を振った。
「違います!嘘じゃありません!お願いニキアス…本当なの…」
「マヤ…俺は嘘だとは…」
ニキアスが言いかけたその時――犬の遠吠えのような声が聞こえた。
ニキアスはその声を聞いた途端わたしの腕を引っ張って自分の近くに引き寄せた。
「野犬の集団が近くまで来ている…マヤ王女、俺の傍を離れるな」
わたしはニキアスを見上げて首を振って頷いた。
いきなり聞こえた遠吠えは野犬の集団だったのか。
野犬なんてなかなか以前の世界でもお目にかかった事がない。
(危険――なのよね。多分…)
わたしは緊張の走るニキアスの表情を見て怖くなってしまった。
**************
――雨足がどんどん強くなっていく。
ニキアスが目を瞑り五感に集中してすると、先ほどより雨の山中を縫うように走る野犬達の足音と匂いを強く感じるようになっていた。
(…何匹だ?)
十数匹はいるだろうか。
ニキアスは持っていた剣を握りなおした。
自分ひとりならなんとでもなるが、マヤがいるとなると。
(神の加護を、祈らなければならないかもしれない)
カサッと木の枝が揺れる。
次の瞬間、野犬の群れの一匹がマヤに向かって牙を剥き飛び掛かって来た。
ニキアスは剣で獰猛な獣を切り捨てる。
「ひっ!」
マヤが思わず悲鳴を上げる。
「離れるなマヤ!」
ニキアスが叫んだ瞬間、次の犬が今度はニキアスに飛び掛かって来た。
今度も剣で斜めに切り捨てた。
そしてもう一匹がまたマヤに飛びかかろうとする。
ニキアスは犬の腹を思い切り足で蹴りあげた。
降っとんだ獣はそのまま太い樹に叩き付けられた。
「どうやら、奴らには俺達が肉の塊に見えるらしいな」
すると犬が一斉に遠吠えを始めた。
遠吠えが終わると同時に、数十匹の野犬の群れの中央から一匹の白銀の大きな身体の犬が挑戦するように前に出てきた。
堂々としたリーダーの風格のある犬だった。
忌々しい事に神の獣――白狼の血が少し混じっているのかもしれない。
「一対一で勝負するつもりか?」
ニキアスはニヤリと笑って剣を構えなおした。
しかしニキアスを見つめた犬が突然首を巡らせて山頂の方をみるやいなや、仲間の犬らに向かって数回吠えた。
その声を訊いた野犬の群れは、それが合図の様に一斉にニキアス達の前から走って姿を消した。
「…何だ?」
ニキアスが野犬の群れの行動を理解できず眉をひそめた時、細かい小石の欠片が山の上方からパラパラと振ってきた。
と――それまで野犬に囲まれて震えていたマヤが、ハッと気付いたように叫んだ。
「ニキアス危ない!土砂崩れが起こるわ!」
斜面になった場所は、裏に鋲を打ったブーツもすべり、たしかに転倒や斜面への転落の危険性が増す。
(行軍する際にはたしかに気を付ける必要はあるな)
ニキアスは思った。
この地面のぬかるみや冠水した山道を隊列を組み、歩くのは少々骨が折れるかもしれない。
しかしこの程度では、迂回を理由するにはならない。
なんといってもまだ歩けるではないか。
(前兆とやらが…マヤが言った様な何かが起こるとすればこの辺りになるが)
マヤ王女がニキアスへ『アウロニアへ戻る行軍で通る場所へ連れて行って欲しい』と言っていたので、彼女を連れてはきたが、今のところ山で特に何かが起こっている気配はない。
「マヤ王女…見つかったか?」
「は…いえ。まだ…だと思います」
「ではもう少し進むか?」
「はい、お願いします」
「…分かった」
(これは彼女の杞憂だったのか?)
マヤはまだ真剣な表情で辺りを見渡している。
これから何かが起こるのを見つけ出そうという表情ではあるが。
しばらく辺りを探しその現象とやらも待ってはみたが、少し陽が傾きて時間だけが過ぎ何も起こらないとわかると、ニキアスは小さくため息をついた。
「マヤ王女、もういい」
「えっ…」
マヤの表情を見ながら、ニキアスは言った。
「これ以上、待っていても同じだ」
********************
「えっ…」
(そんな…)
わたしはニキアスの方を向いて彼へ訴えた。
「ニキアス、お願い。もう少し待って…」
「マヤ」
ニキアスはわたしを静かに見つめた。
「神託があった事は認めよう。きみの表情は嘘をついているようでは無かった。しかし、神託の解釈を間違う可能性もある」
(ニキアスはわたしの言葉を信じていない)
強く否定はせずわたしを気を遣う遠回しな言い方はしているけれど、結局信じるきることが出来ない。
――そういう事なのだ。
わたしは思い切り首を振った。
「違います!嘘じゃありません!お願いニキアス…本当なの…」
「マヤ…俺は嘘だとは…」
ニキアスが言いかけたその時――犬の遠吠えのような声が聞こえた。
ニキアスはその声を聞いた途端わたしの腕を引っ張って自分の近くに引き寄せた。
「野犬の集団が近くまで来ている…マヤ王女、俺の傍を離れるな」
わたしはニキアスを見上げて首を振って頷いた。
いきなり聞こえた遠吠えは野犬の集団だったのか。
野犬なんてなかなか以前の世界でもお目にかかった事がない。
(危険――なのよね。多分…)
わたしは緊張の走るニキアスの表情を見て怖くなってしまった。
**************
――雨足がどんどん強くなっていく。
ニキアスが目を瞑り五感に集中してすると、先ほどより雨の山中を縫うように走る野犬達の足音と匂いを強く感じるようになっていた。
(…何匹だ?)
十数匹はいるだろうか。
ニキアスは持っていた剣を握りなおした。
自分ひとりならなんとでもなるが、マヤがいるとなると。
(神の加護を、祈らなければならないかもしれない)
カサッと木の枝が揺れる。
次の瞬間、野犬の群れの一匹がマヤに向かって牙を剥き飛び掛かって来た。
ニキアスは剣で獰猛な獣を切り捨てる。
「ひっ!」
マヤが思わず悲鳴を上げる。
「離れるなマヤ!」
ニキアスが叫んだ瞬間、次の犬が今度はニキアスに飛び掛かって来た。
今度も剣で斜めに切り捨てた。
そしてもう一匹がまたマヤに飛びかかろうとする。
ニキアスは犬の腹を思い切り足で蹴りあげた。
降っとんだ獣はそのまま太い樹に叩き付けられた。
「どうやら、奴らには俺達が肉の塊に見えるらしいな」
すると犬が一斉に遠吠えを始めた。
遠吠えが終わると同時に、数十匹の野犬の群れの中央から一匹の白銀の大きな身体の犬が挑戦するように前に出てきた。
堂々としたリーダーの風格のある犬だった。
忌々しい事に神の獣――白狼の血が少し混じっているのかもしれない。
「一対一で勝負するつもりか?」
ニキアスはニヤリと笑って剣を構えなおした。
しかしニキアスを見つめた犬が突然首を巡らせて山頂の方をみるやいなや、仲間の犬らに向かって数回吠えた。
その声を訊いた野犬の群れは、それが合図の様に一斉にニキアス達の前から走って姿を消した。
「…何だ?」
ニキアスが野犬の群れの行動を理解できず眉をひそめた時、細かい小石の欠片が山の上方からパラパラと振ってきた。
と――それまで野犬に囲まれて震えていたマヤが、ハッと気付いたように叫んだ。
「ニキアス危ない!土砂崩れが起こるわ!」
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