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第1章.嘘つき預言者の目覚め

5 この戦争捕虜は俺のもの ①

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ニキアス将軍が率いてきたアウロニア皇軍『ティグリス』は塔の周辺を囲むように集結している。

グイグイとマヤ王女の手を引きながら歩いたニキアス=レオス将軍は、軍の先頭に立つと背を向けさせた状態でマヤ王女を自分の眼の前に立たせた。

アウロニア帝国の兵士らは、ニキアス将軍が連れたマヤ王女を好奇の眼差しで見るか、下卑た嗤いを浴びせるかのどちらかだ。

いつもの高慢なマヤであれば、即座に態度の無礼な連中に挑戦的な目線で見返すか大声で怒りをぶつけるところだが、記憶喪失だか何だかの彼女はその視線に晒されると耐えられなさそうに下を向き静かにしていた。

(…いいだろう。この彼女であれば何とかなるかもしれん)

思わぬ大軍の中に連れて行かれマヤは身体を緊張で硬くしていたが、ニキアスはマヤの両肩に手を置いた。

両肩に置かれたニキアスの手に、マヤはほんの少しだが安心した様にニキアスを見上げた。

(...何だ?そんな目で俺を見るな)
ニキアスは忌々しい気持ちになるのを抑えられなかった。

本当の末端の兵はここには居ない。
全てニキアスの直属の部下では無いが国に帰るまではニキアスを最高指揮者と仰ぐ部隊長達だ。

ニキアス将軍は口を開いた。
仮面越しのくぐもった声が響く。

「ここにいる…第二王女マヤ=ゼピウスを無事捕らえられた。諸君らの働きまことにご苦労だった。
それぞれへの褒賞を愉しみに、略奪はそこそこにして帰路に就いてもらいたい」

ニキアスは言葉を切りマヤの小さい肩に置いた手に力を少しだけ入れた。

「ひとつ言っておく。この女…マヤ王女も褒賞となるが、将軍である俺が皇帝にこの褒賞マヤ王女を戴くつもりだ。賢い諸君らは分かっているだろうが、俺の褒美に傷をつけたり無体を働いてその価値を下げたりしたものは俺が許さない」

その途端兵等からおお!っという驚きと納得の声が上がる。

ニキアス=レオス将軍は兵らを見渡した。
「もしもそんな事があれば…どちらかの息の根が止まるまで俺と一騎打ちの試合でもしてもらうか。勝者が彼女を貰う」

スキあらばマヤ王女を暴行しようと考えていた者は、冷や汗をかいてニキアスの脅しを聞く事になった。

「いずれ俺の物に手を出せばどうなるか。それはその時に教えてやる。理解できるまで徹底的にな。慈悲として死を与えてやってもいいぞ」
冗談めかして言うニキアスの声音からは、決してが遊びではないという圧が感じられた。

そしてマヤ王女への揶揄うような声はピタリと止まった。

 ********

わたしはニキアスの後について将軍用のテントに入るよう言われた。

天幕用の布がふんだんに使われたやや広めのテントだが、皇帝の義弟で将軍という肩書の者が使うにしては随分簡素だった。

「あの…」
テントに入るなり、着けていた鎧を下働きの奴隷に外させ始めたニキアスにわたしは恐る恐る声を掛けた。

「あの…ありがとうございました、ニキアス様。とても助かりました」
わたしはニキアスの方を見て言った。

ちょうど鎧を脱いでいるところだった為、ニキアスは背をむけたままこちらを振り向かなかった。

テントの奴隷達がすっかりニキアスの鎧を外すと艶やかな美しい黒髪が現れた。
たくましく美しい筋肉のついた上半身を奴隷たちが香油の入った湯で丁寧に拭っていく。

けれど黒い仮面は付けたままで、相変わらず表情は分からない。

「礼には及ばない。俺が傍にいる間は安全というだけで貴女が危険な状況は変わってない」

わたしの言葉にまた数秒程止まっていたニキアスはゆっくりと言葉は返した。

「俺の目の届かない所で貴女に何かあっても犯人が分からなければ泣き寝入りになるから気をつけてもらいたい。『ティグリス』はもともと俺の軍ではないしずっと目を光らせるのに流石に限界がある」

わたしはニキアスへとペコリとお辞儀をした。
「そうですよね。はい、分かりました。大丈夫です」
「大丈夫、分かりましたか…王女にはこの状況を分かってないだろう?」
すかさずニキアスに突っ込みを入れられた。

「…ええと危険だから、ニキアス様から離れないで一緒にいた方がいいんですよね。そうしたら誰も襲ってくる事も無いわけで…そうでしょう?」
お荷物の上バカな虜囚では本当に放り込出されてしまうとわたしは焦った。

その言葉にニキアスはこちらに振り向いた。
「失礼…今、何て言った?」

ニキアスが凄い勢いでこちらを見たのに驚いたが、わたしがもっと驚いたのは黒仮面を外したニキアスの素顔だった。

「――え?」
(何!?...この凄い美形…)

左半分の顔には黒い布を眼帯の様に大きな三角形の布で覆われていたが、右半分は見える。

綺麗な額から続く高い鼻梁、かたちの綺麗な唇は下唇はほんの少し厚めで色気が凄い。
切れ長の瞳は、長いバサバサの睫毛に瞳が大きく濃いグレーの色をしていた。

(嘘…どうしてこんなにムダに顔がいいの!?)

おかしいわ。
こんなに顔が良いなんて、小説には一行も記載が無かったというのに。
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