侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月

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12 『父親』の正体とは

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(何てこと…)
 セリーヌ嬢がレオ殿下と――そういう爛れた関係が以前からあったとしたら。
「それは…セリーヌ嬢が宿しているのは、もしかしたらレオ殿下の御子と言う可能性があるという事でしょうか?」
 わたしはナイジェル様に尋ねた。

「そうだな…もしかしたらそれを隠す為に兄上に妊娠したと言ってきた可能性だってある」
「…まさかそんな…」

 そこでわたしはふと疑問が湧いた。

(そんな事をわざわざするだろうか?)
 レオ様の御子を妊娠していたとして、それをナイジェル様のお兄様であるランディ様に押し付ける様な事を。

 何故ならレオ殿下の髪や瞳の色は艶のある黒髪だ。
 もしセリーヌ嬢に似て生まれれば特に問題は無いが、生まれた赤子が黒髪・黒い瞳のレオ殿下に似ていたらすぐにバレてしまうではないか。

 結婚する前に御子がいるとバレれてしまうのは勿論の事、結婚後にバレたとしたらもっとややこしくなるのは分っているのに…。

 それに――王家と王家に所縁のあるエヴァンス公爵の両家を敵に回すことになるのだ。
 いくら図太いセリーヌ嬢でも、一介の伯爵令嬢の立場でそこまでの嘘を突き通すというのは無理があると言うものだ。

 その考えをナイジェル様に告げると
「確かにそうだな…うん。その考察…さすがソフィアだ」
 と頷いてまた考えこんでしまった。

「…そもそも彼女の言う妊娠が本当なのかも分からん前提での話だしな。
 そうするとやはり他に誰かいるのか...いや、相手が分からないとこのまま本当に父上にセリーヌ嬢との結婚を強要されかねない」

 ナイジェル様はお手上げといわんばかりに両手を上げそのまま頭を抱え込み、とうとうぶつぶつと呟き始めてしまった。
「嫌だ…あんな女絶対に無理だ。可愛いソフィアと結婚したいのに。...いっそこのまま公爵家を出るか…勘当の方がまだマシかもしれん…」

 お父様は沼っているナイジェル様を見つめると、大声で笑った。
「はッはッはッはッはッ!なかなか見ない光景ですな、ナイジェル様…では、ひとつ真実を訊いてみるとしましょうか?」

「――真実?」
 わたしが尋ねるとお父様は手元にある銀の水盆を覗きながら答えた。

「そうだ。月の精霊は女性の身体にも密接にも関わっているからな。小さい精霊だがソフィアが会った事がある相手位なら分かるぞ」

 ナイジェル様は頭を抱えた手をずらしお父様の方を見上げると、ジト目で睨んだ。
「ドレスデン侯爵…それならそれを最初からやってくれれば…」

 お父様はふっと微笑んでナイジェル様を見下ろした。
「ナイジェル様が本当に我が娘ソフィアを大事にして下さるか確認したかったのですよ。そうでないならこのまま破棄にしてくださった方がソフィアが幸せになれますのでな」

 ++++++

 ――銀色の水盆に映る満月から出現した銀色の小さな影は、僅かに震えながら伸び縮みを繰り返す。
 その不思議で美しい光景に目を奪われていると、お父様がわたしを呼んだ。

「ソフィア…こっちに来て、私の手の上にお前の手を重ねて翳してくれ」
「はい。分かりましたわ」
「こういう風にお互いの手を重ねるんだ」

 お父様の側に立ったわたしは、お父様の手の甲に自分の手を重ねた。

「ふふ…この月の精霊はな。結構ナイジェル様の事を気に入っているらしいぞ」

 お父様は手を水面に翳しながら少し笑って言った。
 わたしはお父様を見上げて尋ねた。

「わたくしじゃなくて…ナイジェル様を、なのですか?」
(月の精霊はわたしの守護者なのに?)

「お前の守護者ではあるのだが、彼のギャップが面白いそうだ」
「…ギャップが面白い…ですか?」
「彼女曰くどうやらそうらしい」

 お父様の答えにナイジェル様が尋ねた。

「ギャップとは一体どういう意味か教えてもらえるだろうか?」
「ええと…ナイジェル様には非常に言いにくいのですが。中身がちょっと残念なイケメン君だと」

 お父様から聞いた月の精霊の評価に、ナイジェル様はショックを隠し切れない様だ。
 ずーん…とそのまま落ち込んでしまった。

「随分はっきりと言うな。それに――それは気に入っていると言えるのか?」
「ふぁッはッはッは!…だから『些細な行き違いや勘違いで二人に離れて欲しくなかった』と精霊彼女は言っておるのですよ」

 お父様はまた大声で笑った。

 ++++++

「ではソフィアには今夜の月とセリーヌ嬢両方を思い浮かべてほしい」
 お父様はわたしの横でまた小さくベルを鳴らしながら呪文を唱え始めた。

 わたしは最初に見た満月と、中庭で会ったセリーヌ嬢を思い浮かべた。
 身体にタイトに巻きつくドレス姿のほっそりとした美しい姿だ。

 銀盤の水面がグルグルと周り――影が糸巻きの様に細長く変化していく。

 またお父様が鳴らす澄み切った音色のベルの音が徐々に大きくなっていく。

 それと同時にわたしのまわりの景色が同じ様にグルグルグルグルと廻っていく――。

 今回は頭痛がする程、鐘が頭に鳴り響くという事は無かった。
 最後にベルが…リーン…と鳴り響いて終わると共にお父様が言った。

「…とうとう分かりましたぞ。セリーヌ嬢の謎が」
 お父様は言った。

  ++++++

「結論から言いますと…セリーヌ嬢はやはり懐妊しておられます」
 お父様は眉をよせ珍しく困った表情をしていた。

「何てことだ、本当なのか…」
 ナイジェル様は大きく息を吐く。

「ではやはり兄上の子か。いや本当はレオ殿下か…?」

 お父様はそのまま続けて言った。
「ですが――お父上様はランディ様とレオ殿下ではありません」

「なんだと?どういう事だ?では彼女には兄上やレオ殿下以外の爛れた関係の男が居るという事か?」
 ナイジェル様は眉を寄せて訝しんだ。

「結論からするとそういう事になりますが――」
 何故だか今度はお父様の歯切れが悪くなってしまった。
 
 ナイジェルは立ち上がりお父様の方へと詰めよった。
「誰なんだ!?父親は一体…」
「いいですか?ナイジェル様、お気を確かに持ってください。…どうか落ち着いて聞いて欲しいのです」
「...?何だ?勿体ぶらないで早く教えてくれ」
「...分かりました」

 お父様は横を向いてはぁと大きくため息をついた。
 それからナイジェル様の顔を見つめながら、とても言いにくそうだがゆっくりと告げた。

「セリーヌ嬢のお腹の子の父親は…現エヴァンス公爵閣下――つまりランディ様とナイジェル様のお父上様なのです」
 
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