11 / 14
11 セリーヌ嬢のお相手についての考察
しおりを挟む
『――本当に僕の子供なんだろうか』
「兄上の言葉で言えば――最後に彼女に会ったのは5カ月以上も前だと言う。その後彼女とは音信不通になったらしいんだ」
ナイジェル様はお父様に説明をした。
「まあ、期間で言えば有り得る話ですが――」
「しかし彼女は『実は先日妊娠している事に気が付いた』と言ってきたらしいのだ」
お父様は顎を撫でながらナイジェル様に尋ねた。
「ふむ…ではやはりセリーヌ嬢が『高貴な方の子供を妊娠しているらしい』という噂は真実なのですね?」
「それも実際には分からない。『妊娠した』というのは彼女の口からでしか聞けていないからだ」
ナイジェル様はそう答えてから足を組み、考え事をする表情をしていた。
「最初は『何を今更…責任転嫁か』とも思ったが、学生時代から彼女の性癖が寝取りであると分かると、僅かだが兄上の言葉に信憑性が増したのは事実だった」
+++++
「だから――実は今夜セリーヌ嬢に真相を質そうと中庭に呼んだんだ」
ナイジェル様はわたしの方を向いて見つめた。
「――本当に兄上の子供がいるのかどうかを遠回しに訊こうとしたが『そんな事を訊くなんて酷い、屈辱だ』と反対に滅茶苦茶罵られたよ。
まぁ、本当に兄上のお子がいるのなら屈辱的な扱いをされたと思われても仕方がないが」
とナイジェル様は苦笑した。
わたしは今夜のパーティーにセリーヌ嬢が着用していたのが、ほっそりとした身体のラインが綺麗に出るドレスだった事を思い出した。
(確かに妊娠して5カ月にしては、全然お腹も目立っていなかったわ…)
ただこれは個人差もあるだろうから一概には言えないだろう。
「反対に――公爵家で責任を取らないなら、これから会場に戻って妊娠を公にすると脅かされた」
『見た目とは全く違う中身だな、彼女は』
とほう…ため息を付くナイジェル様の端整な横顔は憂いを帯びて美しかった。
(確かに…)
今夜のパーティはランディ様と王女エイダ様の婚約発表の場でもあったから、その暴露の脅しはとても効力があったはずだ。
「そして直ぐにソフィアとの婚約を破棄して俺と婚約しろと言ってきてな。俺の事を想っているとかでは無く、ただ自分自身の事だけを考えた発言なのが恐ろしいよ」
+++++
セリーヌ嬢は――何と言うか、不敵に笑っていた。
「セリーヌ嬢…そんな事はできないのは分かっているだろう?」
「あら、公爵様が仰ったとわたくし伺いましたわ」
「…父上がそう言ったとしても、俺は了承していないし、殆ど付き合いの無い俺達では説明に無理がある」
「そうですか。では――仕方がありませんわね…会場に戻ってわたくし全て暴露させていただきますわ」
会場に戻ろうとする彼女の腕を掴んだら、セリーヌ嬢が大きくよろめいた。
妊娠している可能性がある彼女を転ばせる訳にはいかない――俺は彼女を抱き止めた。
そうしたら――。
「ちょうどわたしが来たのですね」
「…そうなんだ」
タイミング的にもベストだったから、もしかしたら中庭にわたしが来るようにわざとセリーヌ嬢が仕組んだのかもしれない。
わたしがその場に来てしまった為に、ナイジェル様は渋々ながらも婚約破棄を切り出さなくてはならなくなったという絶妙のタイミングだったから。
彼女の目論見は成功したのだった。
そう――半分は。
+++++
「…確かに入れ替わったりしなければ、もしかしたらこのまま婚約破棄になったかもしれませんな」
ドレスデン侯爵――お父様は優しく水面の上で手を動かし続けていた。
「私が小耳に挟んだ噂とは、エヴァンス公爵家のご子息の誰かがセリーヌ=コンラッド伯爵令嬢を懐妊させたという話でしかありませんでしたから」
そして
『ご兄弟のどなたが、という話までは伝わっておりませんでした』
と言った。
因みにエヴァンス公爵家には男子が三人いる。
ランディ様、ナイジェル様、ルイ様だ。
ルイ様は確かまだ15歳だった筈だ。
現エヴァンス公爵様は、後妻の方が産んだ子供の――三男であるルイ様を溺愛している。
だから長男のランディ様がめでたくエイダ様と婚約をした今、最終的にとばっちりが次男のナイジェル様に廻ってきたに違いない。
「…そうだったのか。父上がエイダ様に知られない様にと奔走していたが、セリーヌ嬢本人らが吹聴しているならどうしようもないな」
(…あら?でも、レオ殿下は?)
わたしは不思議に思ってナイジェル様に尋ねた。
「でもセリーヌ様とレオ殿下の事は――」
ナイジェル様は一段と暗い表情で俯いた。
「…そこが一番問題だ」
「レオ殿下とは何の事ですかな」
お父様が不思議そうに尋ねた。
(あ、そうだわ。お父様には話していなかった)
ナイジェル様の方を見ると軽く頷いてくれたので、わたしはセリーヌ嬢とレオ殿下が一緒に部屋に消えた件をお父様に話した。
「実はレオ殿下とセリーヌ嬢が…」
流石にそれを聞いたお父様の開いた口が塞がらなかった。
「それは…国内だけでなく国際問題にまで発展しかねませんな」
お父様は唸るように言葉を出した。
そして、その言葉でわたしははっと思い出した。
先月レオ様はすでに隣国の王女様と結婚する事が決まっているのだ。
――もしセリーヌ嬢が本当に懐妊していて。
その子供が小公爵様でなく、レオ様のお子だったら。
王家の血縁がセリーヌ嬢から誕生する事になる。
――下手をすれば、王位継承者の一人が誕生する事になるかもしれないのだ。
「それが本当だとすると…もう手に負えない。うちだけの問題では無くなるんだ」
――その出来事による波紋はもっと大きくなるだろうな。
ナイジェル様は憂鬱そうに呟いた。
「兄上の言葉で言えば――最後に彼女に会ったのは5カ月以上も前だと言う。その後彼女とは音信不通になったらしいんだ」
ナイジェル様はお父様に説明をした。
「まあ、期間で言えば有り得る話ですが――」
「しかし彼女は『実は先日妊娠している事に気が付いた』と言ってきたらしいのだ」
お父様は顎を撫でながらナイジェル様に尋ねた。
「ふむ…ではやはりセリーヌ嬢が『高貴な方の子供を妊娠しているらしい』という噂は真実なのですね?」
「それも実際には分からない。『妊娠した』というのは彼女の口からでしか聞けていないからだ」
ナイジェル様はそう答えてから足を組み、考え事をする表情をしていた。
「最初は『何を今更…責任転嫁か』とも思ったが、学生時代から彼女の性癖が寝取りであると分かると、僅かだが兄上の言葉に信憑性が増したのは事実だった」
+++++
「だから――実は今夜セリーヌ嬢に真相を質そうと中庭に呼んだんだ」
ナイジェル様はわたしの方を向いて見つめた。
「――本当に兄上の子供がいるのかどうかを遠回しに訊こうとしたが『そんな事を訊くなんて酷い、屈辱だ』と反対に滅茶苦茶罵られたよ。
まぁ、本当に兄上のお子がいるのなら屈辱的な扱いをされたと思われても仕方がないが」
とナイジェル様は苦笑した。
わたしは今夜のパーティーにセリーヌ嬢が着用していたのが、ほっそりとした身体のラインが綺麗に出るドレスだった事を思い出した。
(確かに妊娠して5カ月にしては、全然お腹も目立っていなかったわ…)
ただこれは個人差もあるだろうから一概には言えないだろう。
「反対に――公爵家で責任を取らないなら、これから会場に戻って妊娠を公にすると脅かされた」
『見た目とは全く違う中身だな、彼女は』
とほう…ため息を付くナイジェル様の端整な横顔は憂いを帯びて美しかった。
(確かに…)
今夜のパーティはランディ様と王女エイダ様の婚約発表の場でもあったから、その暴露の脅しはとても効力があったはずだ。
「そして直ぐにソフィアとの婚約を破棄して俺と婚約しろと言ってきてな。俺の事を想っているとかでは無く、ただ自分自身の事だけを考えた発言なのが恐ろしいよ」
+++++
セリーヌ嬢は――何と言うか、不敵に笑っていた。
「セリーヌ嬢…そんな事はできないのは分かっているだろう?」
「あら、公爵様が仰ったとわたくし伺いましたわ」
「…父上がそう言ったとしても、俺は了承していないし、殆ど付き合いの無い俺達では説明に無理がある」
「そうですか。では――仕方がありませんわね…会場に戻ってわたくし全て暴露させていただきますわ」
会場に戻ろうとする彼女の腕を掴んだら、セリーヌ嬢が大きくよろめいた。
妊娠している可能性がある彼女を転ばせる訳にはいかない――俺は彼女を抱き止めた。
そうしたら――。
「ちょうどわたしが来たのですね」
「…そうなんだ」
タイミング的にもベストだったから、もしかしたら中庭にわたしが来るようにわざとセリーヌ嬢が仕組んだのかもしれない。
わたしがその場に来てしまった為に、ナイジェル様は渋々ながらも婚約破棄を切り出さなくてはならなくなったという絶妙のタイミングだったから。
彼女の目論見は成功したのだった。
そう――半分は。
+++++
「…確かに入れ替わったりしなければ、もしかしたらこのまま婚約破棄になったかもしれませんな」
ドレスデン侯爵――お父様は優しく水面の上で手を動かし続けていた。
「私が小耳に挟んだ噂とは、エヴァンス公爵家のご子息の誰かがセリーヌ=コンラッド伯爵令嬢を懐妊させたという話でしかありませんでしたから」
そして
『ご兄弟のどなたが、という話までは伝わっておりませんでした』
と言った。
因みにエヴァンス公爵家には男子が三人いる。
ランディ様、ナイジェル様、ルイ様だ。
ルイ様は確かまだ15歳だった筈だ。
現エヴァンス公爵様は、後妻の方が産んだ子供の――三男であるルイ様を溺愛している。
だから長男のランディ様がめでたくエイダ様と婚約をした今、最終的にとばっちりが次男のナイジェル様に廻ってきたに違いない。
「…そうだったのか。父上がエイダ様に知られない様にと奔走していたが、セリーヌ嬢本人らが吹聴しているならどうしようもないな」
(…あら?でも、レオ殿下は?)
わたしは不思議に思ってナイジェル様に尋ねた。
「でもセリーヌ様とレオ殿下の事は――」
ナイジェル様は一段と暗い表情で俯いた。
「…そこが一番問題だ」
「レオ殿下とは何の事ですかな」
お父様が不思議そうに尋ねた。
(あ、そうだわ。お父様には話していなかった)
ナイジェル様の方を見ると軽く頷いてくれたので、わたしはセリーヌ嬢とレオ殿下が一緒に部屋に消えた件をお父様に話した。
「実はレオ殿下とセリーヌ嬢が…」
流石にそれを聞いたお父様の開いた口が塞がらなかった。
「それは…国内だけでなく国際問題にまで発展しかねませんな」
お父様は唸るように言葉を出した。
そして、その言葉でわたしははっと思い出した。
先月レオ様はすでに隣国の王女様と結婚する事が決まっているのだ。
――もしセリーヌ嬢が本当に懐妊していて。
その子供が小公爵様でなく、レオ様のお子だったら。
王家の血縁がセリーヌ嬢から誕生する事になる。
――下手をすれば、王位継承者の一人が誕生する事になるかもしれないのだ。
「それが本当だとすると…もう手に負えない。うちだけの問題では無くなるんだ」
――その出来事による波紋はもっと大きくなるだろうな。
ナイジェル様は憂鬱そうに呟いた。
12
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?
satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません!
ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。
憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。
お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。
しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。
お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。
婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。
そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。
いきなりビックネーム過ぎませんか?

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。
加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。
そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

婚約破棄させてください!
佐崎咲
恋愛
「ユージーン=エスライト! あなたとは婚約破棄させてもらうわ!」
「断る」
「なんでよ! 婚約破棄させてよ! お願いだから!」
伯爵令嬢の私、メイシアはユージーンとの婚約破棄を願い出たものの、即座に却下され戸惑っていた。
どうして?
彼は他に好きな人がいるはずなのに。
だから身を引こうと思ったのに。
意地っ張りで、かわいくない私となんて、結婚したくなんかないだろうと思ったのに。
============
第1~4話 メイシア視点
第5~9話 ユージーン視点
エピローグ
ユージーンが好きすぎていつも逃げてしまうメイシアと、
その裏のユージーンの葛藤(答え合わせ的な)です。
※無断転載・複写はお断りいたします。

悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい
花見 有
恋愛
乙女ゲームの断罪エンドしかない悪役令嬢リスティアに転生してしまった。どうにか断罪イベントを回避すべく努力したが、それも無駄でどうやら断罪イベントは決行される模様。
仕方がないので最終手段として断罪イベントから逃げ出します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる