侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月

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7 戦場のパウダールーム

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 扉の前でしゃがみ込んだナイジェル様はどんどん青ざめながら呟いた。

「ああ…もう詰んだ。まずい展開だ…」
「なんて酷い…こんな事って…」

 わたしも今までなく沸々と怒りがこみあげて来て思わず声に出してしまった。

 ――と同時に二人の声が被った。
「ああ…兄上になんて報告すればいいんだ…」
「ナイジェル様を裏切るなんて…浮気ですわ」

「はぁ――俺を?」(ナイジェル様)
「えっ――兄上に?」(わたし)

 またも声が同時に重なって、二人の間に盛大な疑問符が飛び交う。

「しー…ソフィア。これでは声が部屋の中に聞こえてしまう。ちょっと待ってくれ、ここじゃ場所がマズいから移動しよう」
「わ…分かりましたわ」
 もう一度裸足のまま靴を持って歩くナイジェル様の後に続き、舞踏会中のホールの方に向かって廊下を戻った。

 流石にそのまま裸足ではナイジェル様はダンスホールに入れない。
 そこでその隣にあるパウダールームで、ナイジェル様の足を休めながら話をする事にした。

 ナイジェル様はわたしをじっと見つめた。
「何だかソフィアが勘違いをしている様だが…いや俺の所為だな。でも何て説明すればいいんだ…」
「ナイジェル様…?」

 珍しくまた歯切れの悪い話し方をするナイジェル様はしばらく俯いていたと思うと、迷いを振り切った様にわたしを見上げた。

「――ソフィア、少し大事な話がしたい。勿論お父上にも報告はするが――いいか?」
「わっ…分かりましたわ…」

 わたしはナイジェル様を見ながらこくこくと首を縦に振った。 
 
 +++++

『ゆっくりと時間を掛けたい話しだ』と言われたわたしは
「では何かお飲み物でも持ってきましょうか?」
 とナイジェル様に尋ねた。

 そう言えば騎士団のナイジェル様のお部屋で軽くお茶とお菓子を頂いた後、わたし達は何も飲み食いをしていないのである。

「そう言われると喉が渇いた様な気がするが…」
「わたくし会場から飲み物を持って参りますわ。ナイジェル様はここでお待ちになって」
「何て…ソフィアは気が利くんだ。それに比べて俺はダメだ。自分の心配毎でいっぱいになっている」
「…そんな事を仰らないでください。ナイジェル様はいつもわたくしに気を遣って下さっていますわ」
「…ソフィアはやはり優しいな。ありがとう。悪いな…ここで待っている」

 わたしはナイジェル様だけ残しパウダールームを出て会場へと向かった。

 歩きながらナイジェル様の言葉を思い返して考えた。
(何だろう…何を仰るつもりなのかしら)
 考えてみればわたしの立場は非常に微妙である。

 わたしの婚約者の『浮気のお相手』が、更に浮気をしていた。
 しかもそのお相手は、隣国の王女と婚約中の第二王子殿下であるという複雑かつメンドクサイ状況だ。

 メイドから飲み物を二つを貰ってパウダールームに戻ろうとすると、丁度会場内を巡廻中のわたしのお父様にばったりと遭遇した。
 
 いつも通りのムキムキゴリマッチョの巨体に一応魔術師団の団長の制服と、長いマントを纏っている。
 歩くゴリラが団服を着てのっしのっしと歩く様は、お父様を知らない海外の招待客が思わず二度見するであろう異様な迫力を放っていた。

(お父様でもわたしとナイジェル様を勘違いするかもしれない…)
 いや殆どの他人は違和感はあれど、わたし達が入れ替わっているなんて分からないだろう。

「おと…いやっ、ド、ドレスデン侯爵…!」
 わたしは両手に飲み物をそれぞれ持ったまま、通り過ぎようとするお父様に慌てて声を掛けた。

(あっ…思わず声を掛けちゃったけれどこの事態を信じて貰えるかしら)
 わたしは一瞬不安に駆られた。

 お父様は声をかけたわたしに気が付くと、巨体の割りに軽快な足捌きでわたしの方に近づいて来た。

「おお、これはごきげんよう、ナイジェル様。うちの娘を見なかった…おや?」

 そう言った途端、お父様は目を細めてまじまじとわたしを見つめた。
「その姿…一体何の遊びをやっているんだ?ソフィア」

(流石だわ…お父様。すぐに見抜けるなんて)
 はぁ…とわたしは今日やっと初めて安堵のため息をついたのだった。

 +++++

「一体どうしたんだ。何があった?」
「わたくしにも分からないのです。いきなりナイジェル様と身体が入れ替わってしまい混乱しています」
「いや…それは確かに困るだろうな。ナイジェル様もお気の毒に…」
お父様。実はナイジェル様はパウダールームで先に待っておられます。事情はそこで…」

 わたしがお父様を伴ってパウダールームに向かって戻ろうとしたその時。
 何故か4、5人の人だかりがパウダールームの入口に出来ている。

 その原因は直ぐに分かった。
 聞き覚えのある女性二人の金切り声が部屋の入口まで大音声で聞こえたからである。

 パウダールーム内が戦場と化し、あの伯爵令嬢二人とわたしの声で激しい口論が始まっていた。

 わたしとお父様もそこに立ったまま暫く顔を見合わせた。
(因みにナイジェル様とお父様の身長は同じくらいである。横幅は全然違うのだが)

「――嘘ですって?わたくし達嘘なんてついていませんわ!」
「そうですわ!わたくし達セリーヌ様から直々に聞いておりますのよ!?ナイジェル様が貴女との婚約を解消して、セリーヌ様とご婚約されるって!」

 お父様はぼさぼさの眉を顰め、初耳だといった風にわたしの方を見た。
 わたしは軽く肩をすくめてお父様へと言った。
「さっきその様な趣旨の事をナイジェル様から伝えられました」

 令嬢のワントーン上がった声の後に怒りを抑えるようなわたしの声が響いた。

「だから…それが嘘なのだと言っている」

(え?――嘘?)
 わたしは一瞬ナイジェル様の言葉に混乱してしまった。

「くそ、こんな…婦女子をこの場で晒す様な真似はしたくないが…」
 言いにくそうだったがきっぱりとしたわたしの声が響いた。

「――セリーヌ=コンラッド嬢は…皆に嘘をついている」

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