5 / 14
5 苦行のドレスシューズと水ぶくれ
しおりを挟む氷の様に冷え冷えとした空気がパーティ会場を漂った。
わたしも含めた周りの貴族達があっけに取られた表情で、立ち上がって令嬢に怒るわたし(ナイジェル様)をぼーっと見つめていた。
「あ…いや…おほほ…興奮して、すみません…ですわ」
愛想笑いをしたナイジェル様は、また何事も無かった様にぽすんと椅子へと座った。
令嬢二人組はわたしの姿のナイジェル様の怒りの勢いに気圧されたのか、わたしをダンスに誘った事も忘れてその場をそそくさと立ち去っていった。
下も向き足をぷらぷらとさせて座るナイジェル様に、気になったわたしは尋ねた。
「あの、大丈夫ですか?ナイジェル様…彼女達に何か言われたのですか?」
「思い出すと腹立たしいから…ソフィアに言わない。…言いたくない」
プイと顔を背け子供っぽい言い方をしたナイジェル様は、まだ少し憤慨している様だった。
わたしは可笑しくなって少し笑いながら、ナイジェル様にとりなす様に言った。
「あの令嬢達の『ナイジェル様に釣り合わない』ならいつもの事ですわ。会う度に仰るので既にご挨拶なのかと思っております。ですからわたくしそんなに気にしておりませんわ」
それを聞いたナイジェル様は真っ青になってわたしを見つめてショックを受けたように呟いた。
「そんな…酷い。何て事だ。婚約者がそんな事を言われていた事に気づいていなかったとは…」
「ナイジェル様…」
そしてそのまま顔を強張らせてナイジェル様は俯き喋らなくなってしまった。
+++++
舞踏会の会場はわたし達の気分を置いて行くように、盛り上がっている。
その中でわたしが何度も練習したワルツの曲も聞こえていた。
(ああ…これはワルツを踊るのに何度も練習した曲だわ…)
わたしがぼうっとして曲に聞き入っていたが、ナイジェル様の様子は違っていた。
ナイジェル様は舞踏会に来ている貴族達を目で追いながらチェックする様にじいっと見つめていたのだ。
するといきなりナイジェル様が顔を上げて椅子から立ち上がった。
「あ…あれは…」
「待てっ…」
つまずきそうな勢いで歩こうとしたのと同時に『…痛ッ』とわたしの姿のナイジェル様が小さく叫んだ。
わたしは慌ててナイジェル様の足元に屈んだ。
「足をどうかしましたか?」
(立ち上がって勢いで足を挫いたのかしら)
ナイジェル様は小さく呟いて痛みに眉を寄せていた。
「…足が痛いんだ」
「まあ…少し失礼いたしますね。お靴の中を少々拝見させて頂きますわ」
「あっ…」
嫌な予感がしてわたしはナイジェル様が抵抗するのも構わず、ソフィアが履いていたドレスシューズを脱がせた。
(ああ、やっぱり…)
予想通り両方の足の小指は靴に当たってしっかりと大きな水ぶくれができており、踵は酷い靴擦れで皮がすでに剥がれていた。
真っ赤になっている傷がとても痛痛しい。
近年見た事が無いくらい酷い状況の靴擦れではあった。
わたしは小さくため息を付いた。
「…だから言ってくださいねと言いましたのに…」
「悪い…こんなに酷くなっているとは思わなかった。でも…」
ナイジェル様はそうわたしへ言いつつも、目線は扉の方向へ向いている。
扉というか、扉の奥の廊下の方向だ。
こんな状態にも拘わらず、視線だけでも追いかけようとするナイジェル様にわたしは違和感を覚えた。
「ナイジェル様。向こうにどなたかお知り合いでもいらっしゃるのですか?」
「あ…いや。…どなたがと言えないのだが、追いかけたい人が歩いていた気がして――」
「追いかけたい?」
「う…む…ああ。まあ確認したいというか…」
ナイジェル様にしては歯切れの悪い物言いだった。
言っている事の要領が得ない。
けれど、ずっと扉の向こうに消えたであろう人の事を気にしている様だ。
ナイジェル様は足にできた靴擦れの痛みと、追いかけたい気持ちとが交錯してとてもやきもきしていた。
(…仕方がないわ)
「…ナイジェル様、少し失礼しますね」
わたしは、わたしの足元に屈んだ。
+++++
「わああっ!ソフィア!やっ、止めろっ…!」
パーティ会場の皆がその声でこちらを振り向いた。
わたしはナイジェル様をお姫様抱っこをして歩き始めた。
「ナイジェル様…あまり大声を出さないでください。また皆の注目になってしまうではありませんか」
「声なんか出さなくともこれで注目されるぞ――と…」
ふと周りを見渡せば、令嬢たちはひそひそと扇で隠しながら
「…見て。あのナイジェル様があんな事をするなんてなんて珍しい…」
「やっぱり婚約者の方には違うのね。抱き上げてもらうなんて羨ましいわ」
などと軽くざわついていた。
それを見たわたしの姿のナイジェル様はわたし(ナイジェル様の)の首にがっちりとしがみついた。
いきなりの接近と密着にわたしは驚いてしまった。
「え…?ナ、ナイジェル様?」
「…悪いな、ソフィア。このまま俺をホールの扉を抜けて、向こうの廊下の方まで連れて行ってくれ」
13
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?
satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません!
ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。
憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。
お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。
しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。
お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。
婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。
そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。
いきなりビックネーム過ぎませんか?

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

婚姻破棄された私は第一王子にめとられる。
さくしゃ
恋愛
「エルナ・シュバイツ! 貴様との婚姻を破棄する!」
突然言い渡された夫ーーヴァス・シュバイツ侯爵からの離縁要求。
彼との間にもうけた息子ーーウィリアムは2歳を迎えたばかり。
そんな私とウィリアムを嘲笑うヴァスと彼の側室であるヒメル。
しかし、いつかこんな日が来るであろう事を予感していたエルナはウィリアムに別れを告げて屋敷を出て行こうとするが、そんなエルナに向かって「行かないで」と泣き叫ぶウィリアム。
(私と一緒に連れて行ったら絶対にしなくて良い苦労をさせてしまう)
ドレスの裾を握りしめ、歩みを進めるエルナだったが……
「その耳障りな物も一緒に摘み出せ。耳障りで仕方ない」
我が子に対しても容赦のないヴァス。
その後もウィリアムについて罵詈雑言を浴びせ続ける。
悔しい……言い返そうとするが、言葉が喉で詰まりうまく発せられず涙を流すエルナ。そんな彼女を心配してなくウィリアム。
ヴァスに長年付き従う家老も見ていられず顔を逸らす。
誰も止めるものはおらず、ただただ罵詈雑言に耐えるエルナ達のもとに救いの手が差し伸べられる。
「もう大丈夫」
その人物は幼馴染で6年ぶりの再会となるオーフェン王国第一王子ーーゼルリス・オーフェンその人だった。
婚姻破棄をきっかけに始まるエルナとゼルリスによるラブストーリー。

悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい
花見 有
恋愛
乙女ゲームの断罪エンドしかない悪役令嬢リスティアに転生してしまった。どうにか断罪イベントを回避すべく努力したが、それも無駄でどうやら断罪イベントは決行される模様。
仕方がないので最終手段として断罪イベントから逃げ出します!

(完結)モブ令嬢の婚約破棄
あかる
恋愛
ヒロイン様によると、私はモブらしいです。…モブって何でしょう?
攻略対象は全てヒロイン様のものらしいです?そんな酷い設定、どんなロマンス小説にもありませんわ。
お兄様のように思っていた婚約者様はもう要りません。私は別の方と幸せを掴みます!
緩い設定なので、貴族の常識とか拘らず、さらっと読んで頂きたいです。
完結してます。適当に投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる