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2 どうしてこんな…『入れ替わり?』
しおりを挟む「なっ……」
わたしの目の前にいるソフィア嬢は、ふらっと身体を揺らして呟いた。
「一体何なんだ。どうしてこんな…」
「え!?…こっ、こっ、これっ、どっ、どういう事ですの!?」
パニックに陥ったわたしが何度も繰り返しどもっていると、セリーヌ嬢がぎょっとしたようにわたしの方を見た。
「ですのって…ナイジェル様こそ一体どうされたのですか?」
反対に、冷静に彼女に訊かれてしまったけれど、わたしにも何がなんだか分からない。
「…あの……ごめんなさい。分からないです」
彼女へ正直に伝えると、バカにしたような呆れたような表情をセリーヌ嬢はうかべた。
ちょっとこちらがびっくりするぐらいの表情だ。
(え?ナイジェル様に…こんなお顔をするなんて)
ナイジェル様をお慕いしているのではないの…?
「わかりましたわ、そうですか…では今日は婚約破棄についてのお話は無理ですわね。わたくし会場に戻りますわ」
と言ってあっさりと、優美に身を翻してパーティ会場の方へ戻って行った。
「……」
わたしの姿をした令嬢は、セリーヌ嬢の後ろ姿を無言で見送ると盛大なため息をついた。
そしてすっくと立ちあがり腰に手を当て、わたしを見据えながら訊いてきた。
「なあ、おい――俺の中にいるのは誰だ?」「お…俺?…俺ってわたしの事?…ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ」
「誰って…わたくし訳が分かりません…」
ソフィアの姿をした彼女はイライラした様にずっと腰をタンタンと指で弾いていていたけれど、いきなり
「――こっちへ付いて来い」
と言うとわたしの腕をぐいと引っ張った。
(けれど、わたしの姿なので力は弱い)
そのままグイグイと彼女に引かれながら王宮の奥に入って行く。
(あら?…こっちは騎士団の私室と詰め所だわ)
「こんな所に入ったら団兵達に怒られてしまいますわ」
「そんな訳あるか」
「でも…こちらは…」
彼女は前を向きわたしの抗議も空しく豪華に飾られた廊下をどんどん奥へと突き進んでいく。
マホガニー色の扉の前に立つと、そこに立っていた騎士団の制服を着た騎士に顎を振って命令した。
「扉を開けろ」
衛兵は怪訝そうにわたしの顔を見あげた。
わたしが恐る恐るそれにこくこくと頷くと、やっと扉の前からどいてくれる。
彼女は扉を勢いよく開けて中に入ると、わたしの腕をそのままグイッと引っ張って部屋の中に入れた。
そして、扉を閉める際に騎士に
「くれぐれも口外するなよ。あと部屋に入ってくるな」
とか注意していたような気がする。
彼女はわたしの背中をそのままグイグイと押すと、大きな姿見の前に連れてきた。
「ほら、鏡の中のお前の姿を見ろ」
そしてそこに立っていたのは――。
「ナイジェル様?…」
さっきわたしに婚約破棄を告げた、ナイジェル=エヴァンス公爵様だった。
+++++
鏡に映る自分――。
プラチナブロンドに紫色の瞳の驚いたような表情をした美しい男性。
「わたし、ナ…ナイジェル様だわ…」
わたしは鏡にぴったりとくっついて鏡の中の自分を見つめた。
「…本当にナイジェル様だわ…」
「――そうだ。俺の中に入っているのは…」
とその瞬間、鏡の中のわたしの姿を見てあんぐり口を開けた。
「――な、ソフィア!!」
「…今、気がついたのですか?」
どうやらナイジェル様は自分の姿には今初めて気が付いたようだった。
「俺がソフィアに入ったって事は、まさかソフィアは…」
そのままソフィア嬢はわたしの顔を見上げた。
「…一体どうしてこうなったんだ…?」
+++++
鏡に映るナイジェル様のお顔はとても端整で美しい。
その姿の全てはずっと見ていたくなる程完璧なバランスでできている。
「ナイジェル様、やっぱり綺麗…」
鏡を見ながら、思わずほぅ…とため息をつく。
そんなわたしをナイジェル様は苦々しく見つめて、ため息をついた。
「おい…そろそろいいだろう。それに綺麗は騎士団の男には不要だ。容姿の事をそんな風に言われるのはあまり好きじゃない」
「…そうなのですか?」
(こんなにお綺麗なのに…)
「悪いが俺はナルシストじゃない。自分の容姿もそこまで好ましくは思っていない。そんなに長い間鏡にへばりついていないで、こっちへ来て座ってくれ」
と少しうんざりした様にソファを指差した。
「あぁー…一体どうして…」
わたしの姿をしたナイジェル様は、わたしの向かいのソファに倒れ込むと足を開き肘をついて座った。
わたしはナイジェル様の座り方が気になって仕方がなかった。
あんなに足を開いたらドレスの裾からペチコートが見えてしまうではないか。
「…あの、ナイジェル様」
「なんだ?」
ナイジェル様は不機嫌そうにギロッと睨んだ。
でも自分の姿の為かあまり怖くない。
「そのように足を開いてお座りになるのは止めていただきたいのですが…」
するとナイジェル様は向かいのソファに腰掛けているわたしに言った。
「君こそ俺の身体で、そんなに身体をしなっとさせて内股になるのは止めてくれ。騎士団の連中におかしな目で見られるだろ?」
「わたくしは今、物理的に下着が見えてしまうので止めて頂きたいと言っているのです。大体内股くらいで、ナイジェル様の評判が落ちるはずがないではありませんか」
わたしの姿のナイジェル様は、びっくりした様にこちらを見た。
「…何でしょう?」
「いや…少し驚いただけだ。そんな風に返ってくるとは。…君は俺と話している時、いつもビクビクと怯えているようだったから」
「そうでしたか?…」
(そんなに怖がっている様に見えたのかしら?)
「すごく緊張し過ぎていただけで、本当に怖いと思った事はありませんでした」
と言うと、ナイジェル様はわたしから目線を外してしまった。
「そうか。…そうだったのか」
気を取り直すように、少し咳払いをした。
「…それじゃ、どうしてこうなったか考えてみよう」
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