侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月

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1 いきなりの婚約破棄と目の前の『わたし』

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「ソフィア=ドレスデン侯爵令嬢、君との婚約は…解消する」


(…なんて皮肉なのかしら)

 遠くで舞踏会のワルツの曲が聞こえている。
 奇しくもそれはナイジェル様と踊る為に何度も練習した曲だった。

 ここはミルデン王国の王宮の中庭だ。
 煌々とした月の光だけが中庭を照らしている。

 ナイジェル様は、わざわざここ――中庭に来るようにとわたしに伝言をして下さったらしい。

 わたしは小走りで月明りの中、薄暗い王宮の中庭の噴水がある待ち合わせ場所に向かった。

 夜も更けて舞踏会の賑わいも高まっている。
(ナイジェル様の御用って何かしら。
 今夜は恥ずかしがったりしてないでちゃんとお話ししなくちゃ…)

 プラチナブロンドに濃い紫色の瞳の端整な美貌でありながら、長身で鍛えた体躯を持ち、ミルデン王国騎士団の副団長も務めるナイジェル=エヴァンス公爵様は、22歳でエヴァンス家のご次男でいらっしゃる。

 お兄様であるランディ=エヴァンス小公爵様には、すでにミルデン王国の3番目の姫君エイダ様が輿入れされる事が決まっている。
 今日の晩餐会ではその婚約発表もされたのだ。

 いつもはきはきと軍人特有の話し方をするナイジェル様とわたしは対照的な性格だ。

 わたしが内向的で会話の途中で直ぐ詰まってしまうし、話すのも回りくどいので、どちらかと言えばせっかちで端的なナイジェル様との会話はいつも続かない。

 この間も久しぶりに二人きりになったのに、気にかけて話しかけてくれるナイジェル様になかなか上手く返答できずに、ほとんど無言の時間が2時間近くも続いた。

 疲れたのかため息をついたナイジェル様は、少し怒った様に「用事がある為失礼する」とその後に帰ってしまわれた。

 +++++

 舞踏会…この日の為に新しい――わたしの瞳に合わせた鮮やかなグリーンの絹のドレスもしつらえた。

(似合うと誉めて貰えたら嬉しいな)
 もしかしたらそのままダンスも誘っていただけるかもしれないと思いながら、中庭の植え込みの一角を通り過ぎた。

 ちょうどその時だった。

 植え込みの隙間から。
 ナイジェル様が誰か…令嬢を抱きしめているのを見てしまったのだ。

 わたしは思わずあっと声を上げてしまった。

 そしてその声でわたしが居るのに気づいたナイジェル様は、バツが悪い様子で令嬢から素早く離れた。

「ソフィア…」

 一瞬わたしの事を見たナイジェル様は、少し乱れたご自分の服に気が付き直してから、改めてわたしの方を向いた。

 ナイジェル様の傍らにはまるで妖精の様に可憐な美しい金髪の令嬢が立っていた。

 彼女はとてもほっそりとしていて、流行の身体の綺麗に見えるスッキリとしたスタイルの薄いブルーのドレスを身に着けていている。

 まるで今夜の月の妖精の様に美しかった。

 大きな満月を背にして妖精のような令嬢と騎士団の凛々しい制服を纏うナイジェル様が二人で並んでいると、おとぎ話の挿絵のようにとても絵になっている。

 そして冒頭の――。

「ソフィア=ドレスデン侯爵令嬢…君との婚約は、解消する」
 ナイジェル様は、先ほどの婚約破棄の件をわたしに淡々と告げたのだった。

 そして続けて
「…このセリーヌ=コンラッド伯爵令嬢と…新たに婚約を結ぶ…つもりだ」
 と言いにくそうに告げたのだった。

(…ナイジェル様は何を言っているの?)
 初めて聞く話に、わたしは立ちすくんだままぼうっとしてしまった。

 次の瞬間、王宮の近くに立つ大聖堂の鐘の音が九時を指して鳴り響いた。
 最初はカーン、カーンと聞こえた音が、徐々にグワーングワーンと不協和音の様に聞こえ始める。

(え?何?)
 いきなりぐらっと目の前の景色がブレて揺れ始めた。

 そして
(あ――頭が痛い!)
 頭の中を思い切り揺すぶられるような激しい眩暈――そしてもっと激しくぐわんぐわんとした鐘の音が頭全体で鳴り響いている感覚に、目の前が真っ暗になって行く。

「あっ…!もう…」
(倒れちゃうかも…!)
 もう立っていられなくなりそう――と思わず頭を抱えてうずくまった。

 その時、
「…フィア…!大丈夫か…!?」
 一瞬、ナイジェル様の声が聞こえた気がした。

(ナイジェル様。もしかして…心配してくださったの?)

 そう思ったのもつかの間、鐘の音とぴたりと止まると共にいきなり眩暈と頭痛が嘘の様に消えてしまった。

 わたしはふらつきながら立ち上がった。
「あ、いきなり治まったわ…?何だったのかしら…あ…あら?」

 聞いた事がある凛々しい男性の声が直ぐ側で聞こえる。
(え…これ誰の声??男の人みたいなんだけど…?)

 そしてすっくと立ち上がったわたしの視線が――高い。

 何と言うか、視点がとても高いのだ。
(な、何故かしら?)

 中庭の植え込みが上から見下ろせてしまうくらいの目線の高さだ。
 まるでいきなり身長が伸びたかのようだった。

 自分を見下ろしてみると、どこかで見た事のある制服とがっしりとした、けれど綺麗な手と指。

「…ご気分は大丈夫ですか?ナイジェル様。大分『頭痛が…』と仰っていましたが」
「はい…?」

(…え?)
 音楽のような美しい抑揚をもつ声がすぐ近くで聞こえて、わたしはぎょっとして見下ろした。

 すぐ横に金髪で薄水色の瞳の…妖精の様に美しい令嬢が立っている。
(ど…どうしてわたしの側にセリーヌ嬢が立っているの?)

「セ、セリーヌ様…?」
「はい。どうなされましたか?ナイジェル様」
「ナ、ナイジェル様…???」
「…本当に大丈夫ですか?」

 不審がるセリーヌ嬢に返答が出来なくてわたしがあうあうとしていると、わたしの真向いからこれまた聞いた事のある声が聞こえた。

「な、何だ?お前…」

 その声につられる様に真向いに立つ鮮やかなグリーンのドレスを着た令嬢を見つめて、わたしはあんぐりと口を開けた。

 真向いの、少し離れた所でわたしの目の前に立っている
 赤毛で緑の瞳に胸元に白い花を付けている鮮やかなグリーンのドレスの令嬢――。

(あれは…わたし?…そっくりだわ)
 まるで鏡の中のわたし自身を見ているみたいだ。

 彼女は頭を片手で押さえながら、真っ青な顔でわたしを見つめていた。
 
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