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取り憑く人間、間違えた!!
しおりを挟む窓の外、合唱
『じぶんはここにいる。』
鳴くのはオスだけだという事は最近知った。 メスはその声を辿ってオスの元へとやってくる。
-かなしいと思う。-
何年も土の中で過ごし、漸く外の世界を観れるのに残された時間はとても短い。 次の命の為だけにその身、時間、正しく命を削っているのだ。
それがその者達の生き方だと言うのだから、人間の僕がどうこう言えるものではないけれど。
それでも、かなしいと思ってしまう。
初めて観た外の世界をどう思うのだろう。
小さな体に託された使命をどう思うのだろう。
僕だったらきっと耐えられない。
-かなしいなぁ-
またこの季節が、やってきた。
『 。』
「肝試し?」
その問いにニコニコと縦に首を振っているのは、ここ数年の付き合いの職場の同僚達だ。
仕事終わりに付き合えと連れてこられた居酒屋で酒のつまみを食べながら持ち出されたのは、夏だからホラーで涼もうなどという、なんとも短絡的な話だった。
そもそも怖いと感じると寒くなるのは交感神経が高ぶり緊張し心臓に血液が集まり、手足の血液が少なくなるため肌体温が低下するからだ。
涼みたいのなら冷房の効く部屋でかき氷でも食べれば良いのに。 もっと心臓大切にしようよ。
そんな僕の思いなど伝わるわけもなく、肝試しをする前提で話は続く。 いつものことだ。
イベント事になると彼らを止めることは困難だ。人間早々に諦めが肝心である。
話の内容はこうだった。
どうやら僕らの住む町で古くからある神社が心霊スポットとなっているらしい。 心霊スポットとなるだけあって、その神社は信仰が途絶え廃れていったそうだ。 数年前に宮司も亡くなってしまい、神社は取り壊される事なく、管理もされずボロボロの状態でそこにあるのだという。
そこへ行くと祟られるだの、幽霊に取り憑かれるだのと噂されている。
在り来たりな、
そして全くもって勝手な話である。
人とは本当に勝手な生き物だ。
それらを神と崇めておきながら、時が経てば忘れ、何か災いがあれば神のせいだと嘆き、ふと思い出せば今度は助けてくれと神へと願う。 結局のところ神とは人の都合の良い心の拠り所で、人の弱さの象徴でもあると思う。
神を創るのも堕とすのも人だ。
僕に行かないという選択肢は与えられず、酔っぱらい共とその神社へと訪れた。
話通り、神社は寂寞とした場所であった。 鳥居は崩れ落ち、御社殿もボロボロで今にも崩れそうな様子だ。
一通り観たところで、御社殿に入っていこうとする酔っぱらいの襟を掴み帰りの参道を歩く。 ブツブツと文句を言う同僚達の話を聞きながら歩いていると、ふと視線を感じる。
みられてる。どこから?だれに? 後ろを振り返る。御社殿の横にある井戸。 なにかいる。白い手。長い髪。あれは生きていない。生きている人ではない。おんな。 井戸から、出てくる。
『 に$#が§\さ ¿ゞ●な♯√≫い 。 』
窓の外、合唱。朝日。
目を開ければいつもの朝だ。 昨日、あれからどうやって帰ってきたのかあまり覚えていない。 覚えているのは、あれと、目が合ったということ。
これほどに自分の視力の良さを後悔する時が来るとは思わなかった。 同僚達は気付いて居なかったようだが。 何故自分だけ見えてしまったのか。
一番行きたくなかった自分だけ見えてしまうのは酷いのでは? この世は世知辛い。
いつも通り歯を磨いて、朝御飯を食べて、服を着替えて、出勤する。
「行ってきます。」
返事が返ってきたのは何年前のことだったか。 忘れたけれど、暖かかったことは記憶に残っている。 いつもの繰り返しが、少しだけつまらないと感じる事は不徳だろうか。
いつも通り出勤し、仕事をして、帰る。 いつも通り帰ったら晩御飯を食べて、風呂に入る。
風呂から出たら洗面所で歯磨きをして。
僕の後ろ、鏡に映るおんなが笑っている
長いボサボサの髪から見える充血した目。 白いボロボロのワンピースから出る、死んだ人のような白い肌、骨が浮き出る手足、所々に痣。 おんながあの時と同じ言葉を紡ぎ始める。
『に が さ な「やっぱりアウトォォォォオオオオオオ!!!!!!」』
『...。』
「昨日ちょっと見た時にも思ったけどやっぱりアウトォ!!女の子がそんな薄着しちゃいけません!!!!!」
『......は?』
「死んでると分かってても気になって仕方がない不健康そうな白い肌!細すぎる身体!痛々しい痣!!パサついている髪!!!不健康!!不健康!!!不健康ォォォォオオオオオオ!!!」
『え、いや。...え??』
「そんな薄着のボロボロのワンピース着てたら不審者に目を付けられるでしょうがァァアア!!格好の餌食でしょうがァァアア!!警察ゥゥウウウウ!!不審者を取り締まれェェエエエエ!!!!というかそんな薄着で僕についてきたの!?そんな格好で女の子が独身男性の家に一人で来ちゃいけません!!」
『ちょ、ちょっ と 待って、落 ち着 いて。』
とにかくこのままでは彼女が危ない。 このままでは不審者に捕まって薄い本が出来上がってしまう。不審者おじさん×幽霊ちゃんとか望んでません!僕の地雷の上でサンバ踊るとは良い度胸である。吊るしてくれよう。
彼女の腕を取りリビングのイスに座らせ、薄手の上着を羽織らせる。
例え夏と言えどもここら辺の地域は夜は寒くなる。風邪をひくという概念が幽霊にあるかは知らないが僕の気持ちが落ち着かないから着ておいて欲しい。
上着を羽織らせたら今日の残りになってしまうが食事だ。
『わた しに、こ んなも のいらな い。』
「確かに残りものであるのは申し訳ないけど、栄養バランスは考えてあるし食べないよりはまし。ほら、ゴーヤの肉詰めはビタミン豊富で食欲の落ちる夏にはぴったりだよ。高血圧やむくみ予防にもなるし。」
『そ うじ ゃ ない。』
「味噌汁も飲んで。味噌汁も夏には欠かせないよ、スポーツドリンクより味噌汁の方が水分補給に適しているんだ。」
『えっ!?』
食事を取らせら次はお風呂に入れる。流石に一緒に入るわけにはいかないのでシャンプー等の位置を教え、服は僕の入らなくなった服を着てもらおう。下着は...申し訳ないが同じものを着てもらうしかない。
『だか らわた し にこん なこ と。』
「ゆっくり温まっておいで~。しっかりお湯に浸かるんだよ。冷え性は血流の悪さが招くからね。夏だからと言ってシャワーだけで済まさずに、ぬるま湯にゆっくり浸かって血流を良くすれば冷えている末端も温まるから。副交感神経を刺激していこう。」
『お願 いだから 聞 い て。 ...え?、そう なの ?』
お風呂に入らせたら濡れた髪の毛をオイルを塗った後にドライヤーで乾かす。 先程よりはパサつきのなくなった髪がふわふわと宙を舞う。
髪を乾かし終わったら次は身体の傷の手当てだ。 治るかは分からないが痣には湿布を、切り傷には消毒と塗り薬をし包帯を巻く。 包帯だらけになったしまったがなにもしないよりはましだ。僕の精神的に。
救急箱を仕舞おうと彼女の元を離れようとしたがそれは叶わなかった。
救急箱の中身は床に散らかってしまった。 あぁ、あんな所にシミなんてあったんだ。部屋の天井なんて滅多に見ないから新しい発見だ。
やがて天井は黒く覆われる。 ふわりと自分のよく使うシャンプーの香りがする。上から白い手が伸びて、息がしにくい。 ぶつけた背中と首が痛む。 プツリと首に爪が食い込み血が出る感覚。
『わ たしにそ んなこ とや っても無 駄だ。お 前な ど殺して や る。あの 井戸へ落と してや る、寒く て、冷 たい場 所に 落とし て...。苦 しめ、苦し め、苦 しめ、苦し め、苦しめ、苦 しめ。し ね。しね。し ね。し ね。しね。しね。し ね。しね。』
「まあ落ち着け。」
なんだかよく分からないことを言ってる彼女の手を取り引き剥がし、馬鹿力だの、ゴリラだのと何故か逆に引いている彼女を抱きしめ頭を撫でると固まってしまった。
〔大丈夫、大丈夫、怖いものがなくなるおまじないをかけよう。〕
緊張した身体を解くように彼女の頭をゆっくり撫で何度もその言葉を繰り返し紡ぐ。
言葉と言うのはとても強い力をもつ。人が言葉を紡ぎ広げたことで神が生まれたように。 その言葉が彼女の心に本の一筋でも光が差し込むように、おまじないを紡ぐ。
『お 前 変な や つだ 。』
窓の外、合唱。朝日。
目を開けて、歯を磨いて、朝御飯を食べて、服を着替えて、出勤する。いつもの朝だ。
「行ってきます。」
返事が返ってきたのは何年前のことだったか。
『いって らっし ゃ い。』
いつもの繰り返しが、少しだけ変わったことが、少しだけ面白いと感じるは不徳ではないだろう。
返事をしたにも関わらず、ずっと自分の後ろを音もたてずについてくる彼女の名を聞いていなかったことに気がつく。
名などとうの昔に捨てた、嫌いだと話す彼女に僕は親切心から名をあげることにしたのだが。
「幽霊ちゃんでどう?」
『取り憑く人間、間違えた!!』
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