蜻蛉

夢永

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蜻蛉

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蜻蛉

極夏極冬と言う言葉が似合う現代で、相も変わらず緑も青々しく揺れている。田舎の百貨店へ向かう空虚たる私は、自分と言う者が如何に惨めかについて考え、満足感に酔いしれながら街の大通りを歩いている。

人、車、窓。
街の至る所に目がある。
何処にいてもぎょろぎょろした気持ちの悪い眼球が監視カメラの様に動く。

自分を見透かしているかの様なあの可愛げで奇妙な目。仏像の様な顔面でちらりと私を見た後、また別の所を見る。私は恥をかいていた事に気づく。

血の繋がった家族、心を繋ぎ合わせた友、手を繋げる筈だった他人。

いつも側にいてくれた。虫が大の苦手な私が奇声を上げるとすぐに駆け付けて不快害虫を益虫の様にすぐに潰してくれるのだ。

自分の縄張りを守ってくれる勇者様。
自分の身を守ってくれる勇者。
自分を助ける事が出来る勇気。

とても素晴らしい精神だ。
私は彼らの様になりたいと思った。
だから勇気を出して同じ様に皆潰す事にした、皆潰れた。

嫌な感触がした。
でも勇気を出したおかげで以前より快適な生活が出来る様にはなった。

私の縄張りに害虫が一匹たりとも存在しない、その現実に感動した。
これほど自由を感じる事があるだろうか?いや無い、無いだろう。
だからこそ、勇気を出して良かったんだ。
そう思いたかった。


暑さと時間を飛び越えて、私はワープする。

すると百貨店の自動ドアが私を笑顔で出迎え、突然大きな口を開いてこんな事を言いだした。

こんにちは、二名様ですね。

面白い冗談に一瞬心を奪われそうになったが、今百貨店に入ろうとしているのは結局の所私独り。幾ら周りが恋人や家族連れだからと言って心を抉る門前払いとは随分と意地悪な無機物だ、一体誰に似たのだか。

彼女の揶揄を水に流し店内に入ると中で籠っていた冷気が身体を包む。精肉コーナーの冷気が入口付近まで移動したのだろうか。まぁ何でも良い、ともかくそのおかげで朧げな頭が冷やされ、暑さを忘れる為に利用していた雑念は消え去った。

うぅん、すっきりとした頭で気持ちが良い。
まるでこの世の支配者になったかの様な気分だ。

人の目も気にせず大きく腕を広げてみる。通路のど真ん中で目を閉じ、私は冷気を今、胸一杯に取り込むのだと心の中で叫ぶ。

大きく、大きく、大きく、気管に圧迫感を感じる位に吸い込む。そしてゆっくりと目を開き、だああぁぁぁと低い声が混ざった大きな息を吐きながら背を丸める。

熱気に頭をやられていただけあって反動が凄まじい、自分でも驚く程高揚感を感じる。他者からの視線がまるで違う。

姿勢を元に戻す。
巻き肩だからかふと、視界の端に何かがいる事に気づく。

目線から外れている為、暈けて正体が掴めない。
嫌な予感がした私の頭は虫の言葉が浮かべ、見るなと私に警告する。
しかし顔が止まる事は無かった。
私の好奇心は警告を上回り、分かりきった現実に飛び込もうとする。

肩にいたのは此方の顔色を伺う蜻蛉の顔だった。
周囲に人がいるにも関わらず私は発狂し、身体を縦横小刻みに震わせ、足を弾ませながら肩を叩く。

羽を折られた蜻蛉は私の周りを一周した後、弱々しく飛び去っていく。

激しい罪悪感に襲われた私は、払い除けた手と飛び去って行った方向を交互に眺め、立ち尽くす。


以降、私がそのデパートに行く事は無かった。
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