校内園

夢永

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口内炎上

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「互いに能力を打ち明けよう。僕の能力は時を操る。つまり君がどんな事をしようとも無駄と言う事さ!」

「俺の能力は、塩飴を一日一粒だけ生成出来る能力だ!」

「俺は口内炎を発症させられる」


──給食。それは学校生活において一番楽しい行事である。

出席確認により、今日は一人が休みと分かった。当然、食糧も一人分余る訳である。

大食い男になれば異性にモテると信じる俺にとって、最高の状況だ。

しかし、大食い男は俺だけでは無い。
同級生もまた給食が大好きなのだ。

「またしてもココアパンを手に入れ、調子付いている様だが」

今日も彼は俺の席に近付くと。

「舐めるのはブルーベリー&マーガリンジャムだけにしておけ...食パンの耳。」

こうやって宣戦布告する。

食パンの耳とは俺のあだ名だ。学校の食パンの耳の硬さと俺の堅物を掛けてある。

この名で呼ばれる様になったのはそう、あの日から。

師走の限定デザートメニューにおいて、ショートケーキ、チョコレートケーキ、苺ゼリーの中の一つを選ぶアンケートが黒板に貼られていた。

皆がそれぞれの好みを晒し、「当日よ、早く来てくれ」と言う気持ちで待っていた。

そして当日、給食の時間に全員が選んだデザートが付いてきた。その時偶然ゼリーが余った。

その時、俺はクラスメイトと争ったのさ。熾烈を極める戦いだった。そう言えば、偶然が重なってその日の主食も食パンだったな。

「口から出すのは柳葉魚の骨だけにして貰おうか。卵。」

俺は彼を睨み返すと、そう返した。

四時間目の授業が終わり、インスタントコーンスープの底の如く溜まりに溜まった疲労を吐く生徒達。

ある者は天に手を伸ばし、雄叫びを上げ、ある者は大地に敬意を表している。

そしてある者は戦争を企て、不敵な笑みを浮かべている。俺だ。

「ABCスープだ!」

「「「「「いええええええええい!!!」」」」

「ツイストパンだ!!」

「「「「「うめえええええええい!!!」」」」」

「そして!ほうれん草の胡麻和えだ!!!」

「「「「「やったああああああああ!!!!」」」」」

「来たか、希少種が」

平和は戦争の準備期間と先人は言った。俺は全くその通りだと思う。
この教室は今から戦場になるのだから。
給食のメニューに燥ぐ者達は皆兵となるのだ。それを喜んでいる筈。

「胡麻和え好きなの?」

聖女が現れた。
この俺の笑みに気付き、今日も話しかけてくれた。

だから俺は今日も彼女に甘える。
彼女の包容力はミルクプリンの如し。

「ああ、胡麻和えは天ぷらやハンバーグと違って、個数がはっきりしていない。

平等に配膳しなければならない給食係にとって、一種の試練だ」

「量が偏らない様に、後々に響かない様に予め量を少なめに掬うのがベター。

配膳するのが難しいおかずは必然的に余り易くなるもの」

よく分かってるじゃないか。
だから俺は君が好きなんだ。

「でも胡麻和えは...」

そう、胡麻和えは。

「美味いが故に、完食され易い」

俺達の話に横入りする声。
この声の主は俺の終生のライバルとなりだろう。人呼んで銀箱。こいつとは嘗てココアパンや苺ゼリーを奪い合った。

「今日の給食のメニューはどれもこれもシンプルに美味い」

「何回も食べたくなっちまう、それ所か店で売ってほしい位の中毒性を持つ食材ばかりだ。そんな物が余るならば、死人が出る。パンの耳、今回はやべえぞ」

「ああ、久しぶりに戦争が起きる」

「まさか、ゼリーが出た時と同じ争いが!?」

「いや、恐らくそれ以上の事が起きる。あの時とはメニューの人気度が違う」

「この勝負、絶対に勝つ!」

俺は握り拳を作って、意気込んだ。

「では日直の佐藤さん、お願いします」

「給食に感謝を。皆さん、手を合わせて、頂きます」

頂きまーす!!!

オーディンの宣告が放たれし瞬間、支給された宝具を掴み、一気に全てを掻き込む。

腕の早さだけでは駄目だ、食に対する敬意と味わいも早く、且つ長くなければならない。

同級生に指摘されない様にそれとなく。
且つ手早く口腔に放り込む。そして一秒の食感を一年レベルまで引き上げ、放り込んだ料理が唾液と混ざった何かへと完全に変貌するまで前歯から奥歯まで順番に噛んで行く。

そして舌の中に移動させ、味蕾の区域を意識しながら、塩や酸、甘に苦、旨味などを解析していく。

俺と銀箱が同時に立ち上がる。
互いに完食した事を確認し合うと、見つめ合ったまま、配膳台まで歩みを進める。

ゆっくり、ゆっくりとだ。
ゆっくり歩く事で部外者である同級生達に俺達の威光を見せつける。

そう、給食のお代わりをする為に早食いを身に付けた俺達は格好良い...

「先生お代わりしまーす」

「どうぞー」

お...俺達の戦いに乱入者が現れた!
どうやら牽制し合っている暇は無さそうだ!互いに同調を確認し早足且つ、素知らぬ顔で配膳台へ急ぐ!

素知らぬ顔なのは急いでいる事がバレたら格好悪いからだ!

学生生活に於いては、例え遅刻していても、地震が発生しても、皆が急いでいる時に落ち着いている振りをして素知らぬ顔で急ぐのが格好良いのだ!

...!?
あの乱入者!?俺達の早足一歩でもう牛乳とパンの二つを胸に抱きやがった...!?時空を操る能力を持っているのか...!?

「「させるかあああああああ!!!!!」」

走れェェェェェ!!!!

「えぇ!?」

((まずはお手並み拝見...している場合じゃねぇ!!!!))

銀色の配膳箱の端に掻き集められている
料理は二つ!胡麻和え、そしてハンバーグ!ABCスープは少し、ツイストパンは一斤!

これらをお代わりする為には条件が課される。制限時間内に配膳された給食を全て平らげる事!それを果たせる選ばれし勇者だけがお代わりと言う伝説的事業を行えるのだ...!

お代わりとは特権、特権とは格好良い事である!恐らく同級生たちは俺達二人の事を尊敬の目で見ている事だろう。俺達の妃になりたいと考えている者もいるに違いない!

しかしこの勇者になれたとしても、戦争は終わらない!何故なら同じ料理を狙っている可能性が発生するからである!

「じゃんけんだ!此処はじゃんけんにしよう!なぁ!?」

「ああそうだ!じゃんけんは良いぞ!こういうのも給食のドラマだ!」

「う、うん...」

ようし。
因果律を操って何とか早い者勝ちの世界線から移動する事が出来た。こういう時は例え後々の敵であっても協力して早い者勝ちの世界線に生きる愚者達に文化と言う文化を押し付け洗脳するやり方がベストだ。

しかし、俺達の世界線の理である「じゃんけん」に持ち込めたとは言え、じゃんけんは非情である。自分の思いの強さだけでは奇跡は起こらないのだから。

だが勝率を上げる秘術は存在する。相手の心を読む能力だ。これを身に付けさえすれば、どれだけじゃんけんに自信が無い者でも勝利に近付ける。

じゃんけんに於いて人間が一番出し易い手はグーであるとクラスメイトに聞いた。と言う事は実質二択だ。

後は「ポン!」と言う勝負の結果が確定する呪文の詠唱が完了するまでの間、動体視力によって相手が出す手を観測し、且つ後出しと指摘されない速さで優位な手を出す。

俺の勝ちだ...!

負けた瞬間、残念そうに机に戻るジャッカル。一方、そそくさと銀箱はお玉を握り、胡麻和えに手を伸ばした。流石は俺のライバル、切り替えの早い男だ。

しかし残念だったな。

俺は彼の隣に接近して手を掴んだ。

「俺も胡麻和えだ」

「...ならば仕方ない。今日は全メニュー一食分残っているからな、俺はABCスープにしよう」

平和的解決を行う事でお溢れでも良いから確実に目的を果たす。「残り物には福がある」と思い込みながら食べる少しのお代わりも確かに美味い。

しかし。

「そっちも俺が貰う」

満足にお代わりが出来なきゃ学校に価値なんて無いだろう。学校=給食を楽しむ為の施設なのだから。

「...始めるつもりか」

「ああ」

銀箱も譲る気は無いようだ。

「良いだろう、だが今回は授業が長引いた所為で給食の時間が短くなってしまった。よって此処は一騎討ちで決めさせてもらう」

「西部劇風に行こう、あれ格好良いからな」

「良いだろう」

この戦争も青春だ。
互いに背を向き、能力発動の準備をする。

俺は校庭側の窓へ、銀箱は廊下側へ歩く。

配膳台の前で高まる緊張感。
上履きの音が静寂に目立つ。

張り詰めた空気を換気したのは更なる乱入者。給食溢しちゃったんで分けて下さい勢が教室の扉を開けた。

「失礼しまーすっ、給食溢しちゃったんでぇ分けて欲しいんですけどぉ...良いよね?」

返事も聞かずに手を伸ばしやがった。
他人はこれ位の身勝手なら許してあげるべき、と言う思想の元に生きているタイプだ。

俺の青春を奪いやがって。

「おい待て、俺は許可してないぞ」

俺が静止するとやっぱり逆ギレしてきた。

「思いやりってもんが無い訳?」

「嘘を吐くなっつってんだよ、柔らかスプーン!」

前方の銀箱が怒鳴った。

「俺達のクラスの隣で溢したなら、悲鳴の一つや食器が落ちた音が聞こえても良いよな?」

確かにな。
事件性のある響めきがあれば廊下からも聞こえる筈だ。内の学校は古いし防音壁なんてないからな。まぁ嘘を吐いて無かろうが俺は気に入らないから怒るぞ。

「妙に静かだったじゃねぇか、マジシャンみてぇに曲げるぞテメェ」

「...バレちゃ仕方ないね。

実は僕達、給食が無いんだよ。授業が四時間で終了だから直ぐ帰られるんだ。

でもね、例え二時間増えたとしても、自分の好きなメニューは楽しみたいのさ。
給食って美味いじゃん?」

「「...だから?」」

「...余ったスープも胡麻和えも、全部貰う!!!

出てこいぷっチュウブレード!青りんご味!!

ジャキンジャキン!」

「ぷっチュウか...しかも青りんご味とは...フッ...良いもん持ってるな」

「コンビニで普通に売ってるよ」

売ってるかどうかじゃないんだよ聖女ケチャマヨ。ぷっチュウは何が好きかで人間は決まるんだ。

この柔らかスプーンぷっチュウ味はムカつく野郎だが食に対するセンスは本物だ。ぷっチュウは青りんご味が至高。
悔しいね、お前とは友達になりたかったぜ、柔らかスプーンぷっチュウ味!

「ぷっチュウの同志と戦う羽目になるとは残念だよ、喰らえ!散弾銃!」

柔らかスプーンぷっチュウ味はズボンのポケットから無数のぷっチュウの粒を取り出して俺達へ投げた。ぷっチュウの硬さと、肌を擦ると微妙に痛い銀紙のささくれ、奴の能力の組み合わせで、粒は加速し、弾丸の様に飛ぶ。

改めて駄菓子でも武器になる事を思い知った。

「ぷっチュウはそうやって使う物じゃない。大きな音を立てながら食って銀紙を眺めてる時間が一番楽しいんだよ!お盆バリアー!」

「教えてやろうぜ、パンの耳。給食を奪い合う事の重大性をな!鍋蓋シールド!」

「食器はそうやって使う物じゃなーい!」

「僕も教えてあげるよ!能力はぷっチュウではない、時だ!時を操る!」

「俺は塩飴!」「俺は口内炎だ!以後宜しく!」

聖女のツッコミを他所に自己紹介を交わしながら、散弾銃の粒を躱す。

柔いスプチュンの口腔に、銀箱が口内炎を発症させると、突然の激痛に奴は涙をポロポロ流しながら悶え始めた。

膝を屈伸させながら苦しむ彼を見て、教室に爆笑の渦が巻く。第三者にはリアクション芸の様に映るのも、銀箱の能力の強みだ。

奴が大声を上げて悶えている隙に、奴の口の中に塩飴を突っ込んでやると、更に大袈裟な動きで悶えた。

「この程度か。
冷めちまうよ、闘志も給食も」

銀箱が上手い具合に決め台詞を言っているが、周囲が冷ややかな目を向けている。俺は何も言わなくて良かった。

「僕にだってこれ位...!いやしかし、僕の不意打ちぷっチュウ散弾銃を避けるとは...!だが僕はぷっチュウを一日八本食べるんだ!予備ならまだある!」

そう言うと柔スプチンはブレザーの内ポケットから二本のチューイングキャンディを取り出した。長方形の包装紙の端を握り、刀の様に持っている。

「チューイングキャンディの様に歯応え
はある様だ」

「...今度はストロベリー味とぶどう味の二刀流か...どっちも俺の好きな味だからヤバいぜ」

「何が...!?」

「喰らえ!!!そして僕も喰らう!!!」

「喰らうの!?」

聖女のツッコミを他所に柔スチは床に落ちたぷっチュウを時を操る事で自分のポケットに戻し、それを再び掴んで銀紙ごと口に放り込んだ。

「相変わらずめちゃめちゃ美味いねぇ、傷が癒える味だ」

「口から血出てますけど」

「鉄分補給だ!」

「銀紙なのに!?」

「因みにその銀紙はアルミでコーティングされている物だ!」

「鉄分補給になってないじゃん!」

「...これが時を操る能力の真髄か?意外と大した事ないな」

「...くっ...何故だ、何故当たらない!?パンの耳!何故僕だけが血を流さなければならない...!」

「そっちは自業自得だよ...」

「ぷっチュウの、むちゃむちゃ...銀紙を...くちゃくちゃ....チャフにしたのさ...もぐもぐ...」

「食べ終わってから話しなよ...と言うか敵のお菓子食べてる!?」

「馬鹿な...銀紙にそんな方法があるとは...!?」

「別に無いぞ」

「ぐおおおお!!!ぜんぜんいたくねぇ...!!!」

「銀箱にはめっちゃ当たってる!?」

「全...然....当たって...ねぇ...!」

「...口内炎を舐める事で痛みを重複させ、散弾銃の痛みを無感にしようとしているのか」

「ふぐおおおおお!!!」

「凄く痛そう...!?」

「口内炎で苦しんでるんだ」

「本末転倒じゃん!」

「ど、どうやら勝負あったみたいだね。さて、今の内にスープだけじゃない、この余っている料理全てを貰うよ!」

「くっ...此処までか...」

「むちゃむちゃ...ごくんっ...美味い」

銀箱は自身で発症した口内炎の痛みに体力を奪われ、膝を突いた。しかし口内炎の痛みに慣れ、歯ブラシで炎症部分を擦っても声を出さずに耐える事が出来る程の強さを得た俺は諦めていなかった。

「いいや、勝機はある。お前の能力、口内炎は心身の調子が狂い、尚且つ体力や栄養が不足している時にのみ発症させられる...!」

「奴があれに気付いた瞬間、勝負を決めろと言うのか...賭けだな」

「だがやるしかない...行くぞ!」

「何をする気か知らないけれど、君達が出来るのはぷっチュウの粒が体内に減り込んだ痛みで悶え、教室の汚い床を舐める事、それだけだ!」

勝利を確信したぷっチュウ好きは目の前のスープを美酒に見立て微笑んでいる。
そして大人の手さえ余る程の大きな銀の筒を抱えて口に一気に注ぎこもうとした。生徒達に動揺が走る。

俺達は奴が飲み干す姿をじっと眺め、決め台詞を言う機会を伺う。もし俺の予想が当たるなら、奴は飲めない!

そして、俺の予想通り奴はスープを口にする事は無かった。否、出来なかったのである。

「何故だ、食欲が失せていく...!?」

銀筒を配膳台に戻し、動揺する柔味。

「親に教わらなかったか、食前に菓子を摘んでしまうと、満腹感で食欲が失せてしまうと」

「ぷっチュウと塩飴、その両方を食したお前は糖分を摂りすぎた」

「くっ...ぷっチュウが美味すぎてつい全部食べてしまった事が仇となったか...!」

「因みにお前に食わせた塩飴は俺の体液から出来ている」

「そうか」

「....此処まで追い詰められたのは昨日ぶりだ。

だが散弾銃作戦に依存し過ぎたな、粒が無くなれば唯のチューイングキャンディとその袋!」

「元から唯のチューイングキャンディだよ!」

「そして俺も青りんご味が好きだ!!!口内炎!」

柔らかスプーンぷっチュウ味の口腔に残った塩分が口内炎の痛みを倍増させる...!じんわりと広がる痛みから、焼ける様な痛みに変化する...!

「ぐわあああああああ!!!!」

口腔の地雷に苦しめられたぷっチュウ好きは、お子様ランチに付属される白旗を振った。

パンの耳、そして銀箱の勝利である。
しかし二人は柔らかスプーンぷっチュウ味を教室から追い出さなかった。

「...俺達の勝ちだ。だが特別に今日のメニューは全て譲ってやる」

「何故...」

「給食は美味いからな。良いだろう?パンの耳」

「仕方あるまい、給食は美味いからな」

「ふっ...青りんご味の様に甘い男だ」

三人は握手を交わした。
三人の心にはチューイングキャンディの青りんご味は美味いと言う共感の元、友情が芽生えた。

「さぁ食べよう、折角の給食が不味くなる。空いてる席を使うと良い」

「ああ、ありがとう!」

──こうして明日も、彼らは給食を楽しむ為だけに登校する。
給食を楽しむ為だけに。

「...そういえば銀箱。君の力で発症したこの口内炎はいつ治るんだ?」

「治らない」

「えっ」

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