バレンタインの有休

うたた寝

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バレンタインの有休

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 迫るバレンタイン。貰えないとは分かっていても、どこか期待を持ってソワソワしてしまうのは男の性だろうか?
 貰えないのは別に彼がモテないことだけが原因ではない。いや、まぁ、彼女も居ないのでそれが一因であることは否定しないが。それが全ての原因ではない。
 こう見えて、数年前までは毎年チョコが貰えたのである。……何だその疑わしそうな顔は? ウソではないぞ? 義理で、しかも社内イベント的に半強制的に女性社員が男性社員全員に配らなければいけなかっただけで。
 一応補足しておくが、一方的に男性社員が貰うだけではない。貰って返すまでがバレンタインなので、ホワイトデーにちゃんとお返しはする。これはまぁ貰った以上お礼をするのは当たり前とも言えるのだが……、
 駄菓子みたいなチョコを貰って、有名店の箱に入ったチョコをお礼として用意するため、意外と女性の方が乗り気で、男性の方が乗り気じゃない、という中々珍しいバレンタインの構図であった。オブラートに包まず、コスパマジいいんだけどー(笑)なんて談笑している女性社員まで居たくらいだ。
 しかし、そのイベントもある日急に禁止となった。役員から全社員宛の一斉メールで『今年から社内でのバレンタインを禁止する』というお達しがあったのである。
 本当に急だったので何かバレンタイン絡みでトラブルでも起きたのではないか、と彼は推測している。もしくは、毎回300円くらいのチョコを貰い、3千円くらいのチョコを返さなくてはいけない男性陣の誰かがキレて上に直談判したか。
 そんなわけで、チョコが貰いづらくなってしまった昨今なのだが、社内でのバレンタインが完全に廃止されたか、と言われるとそうでもない。個人間でコッソリとバレンタインをしている社員は少なからず居るのである。
 恋愛目的でチョコを渡す人も居れば、単純に普段お世話になっているので、という感謝の気持ちで渡してくれている社員も居る。
 前者、で貰うのは中々難しいと思うが、後者であればワンチャン……? と彼はひっそりと期待していた。というのも、彼は彼の課に配属された新人の女性社員のフォローをずっとしてきた。後者であれば貰えそうかも、と期待もしたくなる。……いや、もちろん、バレンタインのためだけに面倒を見てきた、と言うつもりはないが、
 先輩が後輩のフォローをするのは当たり前なので、それを恩に着せるつもりはないが、それでも他の課の先輩と比較すると、それなりに手厚くフォローをしてきた自負はある。気を遣って彼の方から色々話しかけもしたし、彼女の仕事を褒めてモチベーションが下がらないようにしたりもした。その結果、『彼のおかげで仕事ができています』と言ってくれたこともある。それなりに親しい先輩・後輩の距離感は構築できたのではないか、と彼は思っている。
 何も手作りのチョコなど要求はしない。それこそ300円の駄菓子でもいい。正直、彼女から貰えるのであれば何だっていい。食べかけのチョコだっていい(変な意味ではないぞ?)。日頃のお礼と言ってバレンタインに何かくれたりしないかな? と彼はひっそりと期待していたのだが、

「……あの、すみません。2月の14日有休を取りたいのですが……」

 2月1日。貰えるかも、という淡い期待を抱いていた相手である件の後輩の女性社員が上司とそんな会話をしているのが耳に入り、彼の淡い期待はあっさりと砕け散った(そんな前からバレンタインにウキウキしていたのか、というツッコミは現在受け付けていない)。
 ショックで机に突っ伏しそうになる体を何とか起こしはしたが、それでも彼が受けたショックは計り知れない。しばらくもう仕事どころではないかもしれない。
 有休を取る、ということは、当然、出社しない、ということ。出社しない、ということは、2月14日に会えない、ということ。ということは当然、バレンタインのチョコなど貰えるハズもない。次の出社日である15日に気を遣ってくれる可能性も無いではないが、一日遅れであれば相手からするとあまり配る必要性も感じないだろう。
『義理チョコが貰えない』という『小さい』ことに分かりやすく落胆していた彼だったのだが、やがて『深刻な』ことに気付く。
 ……あれ? そもそもバレンタインに有休を取るということは……?
 そう。彼が真っ先に気にすべきは、2月14日に彼女が出社しないからチョコが貰えないこと、ではなく、そもそも彼女が14日を休みたがっている、ということの方であるハズだ。
『私用で』としか言われていないので有休を取った具体的な理由は分からない。プライベートな話なのでそれを細かく説明する義務もなければ、こちらから踏み込んでいい内容でもないだろう。
 有休を取れば週末の休みと合わせて3連休になる、というならともかく、14日は水曜日。連休が取れるわけでもない不自然な取り方なので、14日に何か休みたい予定があるのは間違いないだろう。
 その予定が何なのか……、というのが彼の気になるポイントだ。
 2月14日に有休を取ったからといって、みんながみんな『バレンタイン目的』で有休を取るとは限らない。たまたま何かの予定と被った可能性もあるし、それほど日付を意識しないで有休を取った可能性もあるだろう。
 しかし、邪推したくなるのが悲しき片想いの男と言うべきか、そのイベントと無関係とはあまり思えなかった。『彼氏が居る・居ない』の話にあまり踏み込んだことはない。このご時世、下手をすればセクハラだし、仮に向こうが寛大な心でセクハラとは見なさなかった場合も『彼氏居るの?』なんて聞けば探っているように聞こえるだろう。いや、事実探ってはいるのだが。
 そう。ずーっと密かに思っていたのは、彼氏が最初から居るんじゃないか、ということである。向こうから『彼氏が居るアピール』をされたことはないが、しないからと言って居ないとは限らない。特に、『社内恋愛』であれば、あまり表立って言いたくもないだろう。
 何故今、『社内恋愛』をちょっと強調したのか。理由は簡単。彼がちょっと彼女と交際している、もしくは交際まで発展していないとしても、彼女が好きな男性社員が居るのではないか、とコッソリ疑っていたからだ。
 別の課に居る、彼の後輩には当たるが、彼女からすると先輩の男性社員。どうも新人研修の時代に話す機会がそれなりにあって仲良くなったらしく、配属されてしばらくの間、彼女は同じ課の先輩である彼ではなく、別の課に居るその男性社員によく助けを求めに行っていた。
 これが彼からすると地味にショックであった。配属後のOJTは彼の方が担当していて、『話しやすい』とまで言ってくれていたハズなのに、それでも頼る先は彼ではなく、その男性社員なのだな、と。
 課ごとに業務内容が違うのだから、当然、同じ課に所属している彼の方がその質問の答えはすぐに出せるハズなのに。彼よりもその男性社員の方が話しやすいのか、単純に、彼女が何かその男性社員と話すきっかけが欲しかったのか。
 仲が良い、という話は聞いている。会社内で行われた新人歓迎会の時も、男性社員と彼女はずっと仲良く話していた記憶だ。
 実は、彼が明確に彼女のことを好きだったんだな、と自覚したのは、その歓迎会で男性社員と彼女が親し気に話しているのを見た時だった。
 その男性社員と楽しそうに話している彼女の姿。男性社員に肩や背中を触られても、何一つ拒まない彼女の姿。男性社員の隣に並んで、見たこともないような、あまりにも嬉しそうな彼女の顔を見て、明確に胸が痛んだのを覚えている。その時、自覚してしまったのだ。彼女のことが好きだったのだ、と。
 歓迎会にさえ参加しなければ持たなかった気持ちなのかな、と歓迎会に参加したことを後悔もした。自覚さえしなければ、彼女が他の男性社員と話している姿を見ても、これほどやきもきもしなかったのだろう、と。実際、歓迎会に参加する前までは何とも思わなかった景色だったハズなのだ。
 好きなのだろう、付き合っているのだろう。そうは思いつつも明確な答え合わせはしないまま今日までやってきたのだが、その答え合わせのタイミングは不意にやってきたのかもしれない。
 2月の14日。その男性社員も有休を取った。
 それだけだ。答え合わせにはなっていない、と言えばそれまで。バレンタインと全く関係無い予定で有休を取っているのかもしれないし、仮にバレンタインとして有休を取っていたとしても、各々別のバレンタインなのかもしれない。
 だが、当日出社して、二人の予定が有休で並んでいるのを見て、無関係、とは思いづらかった。実際、本人たちが居ないのをいいことに、『付き合ってるんじゃね?』なんて話している人たちも居る。
 付き合っていたとして、それほど不思議な話でもない。やっぱりな、という程度の意外性しかない。それくらい、公言こそされていないものの、周りが何となく付き合っているんだろうな、と察せる程度には、二人ともそういう雰囲気を醸し出していたりはした。
 だが、どこかで答え合わせをずっと避けていた彼には、改めて目の前に『付き合っている』という答えを突きつけられたような気がして。
 その日の彼はずっと沈んだ気持ちで仕事をしていた。


 翌日、彼女が出社した。一日遅れのバレンタインのチョコなどもちろん無い。
 昼休み。男性社員が彼女の席まで来て話し掛けにきた。比較的珍しい光景だった。その男性社員は普段、昼休みは外に食べに行くから。今もお弁当の類を持参していないところを見るに、外に出る前にちょっと話し掛けにきたのかもしれない。
 話し掛けられた彼女は嬉しそうに振り返っている。それから二人の談笑が始まる。その二人の様子が、どこかいつも以上に親し気に見えてしまうのは、彼が穿った見方をしているからなのだろうか?
 彼のバックの中にはコンビニ弁当が入っている。彼女がお弁当派だということを知っているから、お昼休み、ちょっとでも話す機会を作れないかな、と彼もお弁当を持参するようになった。
 彼はバックからお弁当を取り出す代わりに財布を取り出し、その場から逃げるように外へと出た。
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