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一章 飛空島
34 アールベルの恋②
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(アールベル視点)
神の聖杯、とはよく言ったもので、ティルエリー様が怪我をした生徒のために作った《治癒》の魔道具らしいのだが、その効果が凄まじいと聞く。
ただの飲料水が、その魔核に潜らすだけで、その水は《治癒水》と化すというのだ。
私はエンダタール王宮内でいくつもの魔道具を見てきたが、ここまで美しい、澄んだ濃い魔核が存在するなど、知らない。
ティルエリー様は、その魔核を作った直後お倒れになられ、今はベッドで休まれている。
神の聖杯のようだ、と口をした少女は、あの日見かけたアメジストの瞳の子だった。
それでは、ヴォルカーの言っていた《未来を予知した生徒》は、彼女のようだ。
よく見ると、彼女の制服や手などが血で汚れている。
「怪我をした生徒の手当を…?」
服が血で汚れていても、全く気にしていないとは。大した度胸だ。
「はい、でも止血できなくて…あはは。泣きそうになっちゃいました。だけど、ティル様が、物凄い魔道具…いや、まだ魔核だけか。この夜色の魔核を作って下さって……。」
彼女…シャルル=マルローズ男爵令嬢は天使のような笑顔で、その美しい魔核を差し出してくれた。
彼女の未来予知の件も気になるが、今は目の前のこの魔核だ。認定前の、たった十五歳の少年が作れるのか…?
王宮に工房を持つ彼の父親でも、ここまで色の濃い魔核を生み出すことが出来るだろうか?
そして、ベッドで気を失っている、ヴォルカーが心を乱す程の相手。
その姿は、以前王宮の工房で見た彼の母君…シュトゥーリア様によく似ていらっしゃる。
ヴォルカーは愛おしそうにベッドの脇に座り込んで彼の柔らかそうな髪を撫でていた。
(でも…クライン血族は幼い頃に我々が思い描いたような人々ではない。……実際、彼の父親は……家を顧みず工房に籠もり、気に入らない技師を容赦なくクビにする暴君という話だ……。だが、実力は本物。この魔法剣もエンダタールで一、二を争う逸品だった。)
この氷剣も、ジョシュア様の工房で一目惚れして、手に入れた物だ。
兄上は「どうせ使いこなせぬ。貴様には過ぎた宝物だな。」と皮肉を垂れていたが。勿論、地上でこの剣を使ったことはない。
飛空島に来て、初めて抜いた時は年甲斐もなく浮かれてしまったな。
「この魔核。ひょっとしたら神器級の作品になるかもしれない。誰にも知られずに保管しておくべきだ。……できれば、完成させてほしいものだな。」
「……流石ティルエリー様!卒業したらすぐにでも認定魔道具技師様に…!」
マルローズ男爵令嬢はクライン血族についても詳しいらしく、目を輝かせていた。
「詳しいね、マルローズ嬢。…間違いなく、試験は合格するだろうね。」
「それは素晴らしいですね。…この魔核を使った魔道具を、是非聖エルナリア王国の大神殿に収めて頂きたいくらいです。」
「きゃあっ!それって神器決定じゃないですか~!本当に、ティル様を怪我から守れて良かったです…!!」
「……君は、ティルエリー様を、好いているの?」
………しまった。
私は何と不躾な質問を…。
「勿論です!!でも……これは愛とか恋とは違って…憧れ?尊敬…んん…なんていうのか……アイドルの追っかけみたいなものですし。
なんて言うか、彼の才能や、本当は輝かしい将来が待っているのに、理不尽にそれを奪われることが…許せなくて。だって、分かっているのに黙って見てるだけなんて後悔するじゃないですか。」
迷わず、言うのだな。
ヴォルカーが長年、悲惨な未来を知ろうとも、それを見ていないふりをして来た。
後悔…。
そうだな。
私も彼も保身のために未来を知る機会を得ても何もしなかった。
今、思い出すのは…後悔しかない。
私は、後悔するよりも、迷わず行動を起こした彼女が、酷く眩しく見えた。
「そうか………。未来を知るそなたの事も興味があるが、まずはこの魔核だな。君たち、ここで起きたことは内密に頼む。…箝口令を敷く。これはティルエリー様を守るためだよ。君たちの怪我を必死に治してくださった御方に、感謝の念があるならば守るように。」
「「はい!!!」」
そこにいる全員に口止めをし、私はヴォルカーと共にこの夜色の魔核をツインタワーでも魔道具の鍵で保護されている、宝物庫に一時保管するため、ツインタワーへ向かった。
(ティルエリー様には後から説明させていてだこう。この魔核の存在を知られては危険だ。人の出入りが多い学園には置けないだろう。)
宝物庫に厳重に保管して、ヴォルカーに問う。
「それで?お前の先程の腑抜けた結界は何だ?」
「……返す言葉もないですね。……どうかしてしまったようです。あの方と話してみて、感じたのです。彼こそが、私の憧れたクライン血族そのものと。そして彼を殺そうと衝動的とはいえ計画を企てた彼等に……怒りを覚えたのは確かです。」
「お前ほどの手練が、感情に振り回されるなど情けない。」
私は、少なくともヴォルカーの神聖力をかなり信用していた。毒に侵される前の武術についても。だからこそ、先程の失態が、どこか許せなかったのだ。
「……それ程の御方なのかは、まだ私は話も出来ていない故分からぬが。少なくともあの怪我を負った生徒らを救わんと、これ程の魔力を込めた魔核を生み出されたのだ。自ら……人のために、動かれたのだ。レガーノ様とは違うのかもしれぬ。」
それならば、私が…王族として守るべきは彼がいい。
◆◇
それからしばらく、私はマルローズ嬢ともっと話したくて無駄に学園を訪ねてみたり、柄でもなく贈り物などをして気を引こうと奮闘していた。
だが、彼女は良くも悪くも正直な性格で、少しも靡いてくれないのだ。
これまで、貴族令嬢らに対して一切そういった行為をしてこなかった自分が悔やまれる。
そんなある日、再びヴォルカーが私の執務室を訪ねてきた。
「噴水…?あの、公園の枯れた噴水のことか?」
「えぇ。ティルエリー様と公園をデ……こほんっ。ご一緒する機会がありまして。彼が簡単に調べたところ、どうやら噴水自体が魔道具である可能性がある…と。だから一般的な修理は無駄だったのだ、と。」
何もなかったようにツラツラと事情を説明してはいるが。
「ヴォルカーよ。今……デート、と言いかけて誤魔化したな?」
「なっ…何を仰っているのやら。気の所為でしょう。そんなことより、噴水を調べる許可を貰いたい。宜しいですね?」
「ふぅん。……まぁ、いいだろ。公園のシンボルである噴水が、あぁも長年枯れたまではな。では、次の学園の週休日に。…私も行こう。」
こうして、私は飛空島の調査の足がかりとなる、噴水の探索へと向かうのだった。
神の聖杯、とはよく言ったもので、ティルエリー様が怪我をした生徒のために作った《治癒》の魔道具らしいのだが、その効果が凄まじいと聞く。
ただの飲料水が、その魔核に潜らすだけで、その水は《治癒水》と化すというのだ。
私はエンダタール王宮内でいくつもの魔道具を見てきたが、ここまで美しい、澄んだ濃い魔核が存在するなど、知らない。
ティルエリー様は、その魔核を作った直後お倒れになられ、今はベッドで休まれている。
神の聖杯のようだ、と口をした少女は、あの日見かけたアメジストの瞳の子だった。
それでは、ヴォルカーの言っていた《未来を予知した生徒》は、彼女のようだ。
よく見ると、彼女の制服や手などが血で汚れている。
「怪我をした生徒の手当を…?」
服が血で汚れていても、全く気にしていないとは。大した度胸だ。
「はい、でも止血できなくて…あはは。泣きそうになっちゃいました。だけど、ティル様が、物凄い魔道具…いや、まだ魔核だけか。この夜色の魔核を作って下さって……。」
彼女…シャルル=マルローズ男爵令嬢は天使のような笑顔で、その美しい魔核を差し出してくれた。
彼女の未来予知の件も気になるが、今は目の前のこの魔核だ。認定前の、たった十五歳の少年が作れるのか…?
王宮に工房を持つ彼の父親でも、ここまで色の濃い魔核を生み出すことが出来るだろうか?
そして、ベッドで気を失っている、ヴォルカーが心を乱す程の相手。
その姿は、以前王宮の工房で見た彼の母君…シュトゥーリア様によく似ていらっしゃる。
ヴォルカーは愛おしそうにベッドの脇に座り込んで彼の柔らかそうな髪を撫でていた。
(でも…クライン血族は幼い頃に我々が思い描いたような人々ではない。……実際、彼の父親は……家を顧みず工房に籠もり、気に入らない技師を容赦なくクビにする暴君という話だ……。だが、実力は本物。この魔法剣もエンダタールで一、二を争う逸品だった。)
この氷剣も、ジョシュア様の工房で一目惚れして、手に入れた物だ。
兄上は「どうせ使いこなせぬ。貴様には過ぎた宝物だな。」と皮肉を垂れていたが。勿論、地上でこの剣を使ったことはない。
飛空島に来て、初めて抜いた時は年甲斐もなく浮かれてしまったな。
「この魔核。ひょっとしたら神器級の作品になるかもしれない。誰にも知られずに保管しておくべきだ。……できれば、完成させてほしいものだな。」
「……流石ティルエリー様!卒業したらすぐにでも認定魔道具技師様に…!」
マルローズ男爵令嬢はクライン血族についても詳しいらしく、目を輝かせていた。
「詳しいね、マルローズ嬢。…間違いなく、試験は合格するだろうね。」
「それは素晴らしいですね。…この魔核を使った魔道具を、是非聖エルナリア王国の大神殿に収めて頂きたいくらいです。」
「きゃあっ!それって神器決定じゃないですか~!本当に、ティル様を怪我から守れて良かったです…!!」
「……君は、ティルエリー様を、好いているの?」
………しまった。
私は何と不躾な質問を…。
「勿論です!!でも……これは愛とか恋とは違って…憧れ?尊敬…んん…なんていうのか……アイドルの追っかけみたいなものですし。
なんて言うか、彼の才能や、本当は輝かしい将来が待っているのに、理不尽にそれを奪われることが…許せなくて。だって、分かっているのに黙って見てるだけなんて後悔するじゃないですか。」
迷わず、言うのだな。
ヴォルカーが長年、悲惨な未来を知ろうとも、それを見ていないふりをして来た。
後悔…。
そうだな。
私も彼も保身のために未来を知る機会を得ても何もしなかった。
今、思い出すのは…後悔しかない。
私は、後悔するよりも、迷わず行動を起こした彼女が、酷く眩しく見えた。
「そうか………。未来を知るそなたの事も興味があるが、まずはこの魔核だな。君たち、ここで起きたことは内密に頼む。…箝口令を敷く。これはティルエリー様を守るためだよ。君たちの怪我を必死に治してくださった御方に、感謝の念があるならば守るように。」
「「はい!!!」」
そこにいる全員に口止めをし、私はヴォルカーと共にこの夜色の魔核をツインタワーでも魔道具の鍵で保護されている、宝物庫に一時保管するため、ツインタワーへ向かった。
(ティルエリー様には後から説明させていてだこう。この魔核の存在を知られては危険だ。人の出入りが多い学園には置けないだろう。)
宝物庫に厳重に保管して、ヴォルカーに問う。
「それで?お前の先程の腑抜けた結界は何だ?」
「……返す言葉もないですね。……どうかしてしまったようです。あの方と話してみて、感じたのです。彼こそが、私の憧れたクライン血族そのものと。そして彼を殺そうと衝動的とはいえ計画を企てた彼等に……怒りを覚えたのは確かです。」
「お前ほどの手練が、感情に振り回されるなど情けない。」
私は、少なくともヴォルカーの神聖力をかなり信用していた。毒に侵される前の武術についても。だからこそ、先程の失態が、どこか許せなかったのだ。
「……それ程の御方なのかは、まだ私は話も出来ていない故分からぬが。少なくともあの怪我を負った生徒らを救わんと、これ程の魔力を込めた魔核を生み出されたのだ。自ら……人のために、動かれたのだ。レガーノ様とは違うのかもしれぬ。」
それならば、私が…王族として守るべきは彼がいい。
◆◇
それからしばらく、私はマルローズ嬢ともっと話したくて無駄に学園を訪ねてみたり、柄でもなく贈り物などをして気を引こうと奮闘していた。
だが、彼女は良くも悪くも正直な性格で、少しも靡いてくれないのだ。
これまで、貴族令嬢らに対して一切そういった行為をしてこなかった自分が悔やまれる。
そんなある日、再びヴォルカーが私の執務室を訪ねてきた。
「噴水…?あの、公園の枯れた噴水のことか?」
「えぇ。ティルエリー様と公園をデ……こほんっ。ご一緒する機会がありまして。彼が簡単に調べたところ、どうやら噴水自体が魔道具である可能性がある…と。だから一般的な修理は無駄だったのだ、と。」
何もなかったようにツラツラと事情を説明してはいるが。
「ヴォルカーよ。今……デート、と言いかけて誤魔化したな?」
「なっ…何を仰っているのやら。気の所為でしょう。そんなことより、噴水を調べる許可を貰いたい。宜しいですね?」
「ふぅん。……まぁ、いいだろ。公園のシンボルである噴水が、あぁも長年枯れたまではな。では、次の学園の週休日に。…私も行こう。」
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