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一章 飛空島

6 可愛い願い

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(ヴォルカー視点)


3人が残る保健室に、神聖力による防護結界を施して、私はある場所へと向かっていた。
学園の門を越え、飛空島の反対側にそびえ立つ、黒銀色のツインタワーの頂上を目指す。
そこには、この度の突拍子もない作り話のような事を、まともに聞いてくれる唯一の権力者がいる。
「これは…ヴォルカー様!!このような時間に、如何されました!?」
門の衛兵に敬礼されるも、軽く視線を流すだけで通過してしまう。
今はそのような時間すら惜しいのだ。
黒銀色のツインタワー、ここは飛空島のロストテクノロジーを解明するための研究機関である。
その頂上、責任者の執務室に詰めているのは、我がエンダタール王国の王族。
今のところ、レガーノ様を牽制出来る唯一の御方だ。
そして、今代のエンダタールのクライン当主を心から敬愛している。
その息子の危機と知れば、あのものぐさ王子も腰を上げるだろう。

◇◆

そして今、私は責任者執務室にいる。

「まさか、その女子学生の世迷い言を信じているわけではあるまい?ヴォルカー。」
幼い頃より共に時間を過ごしてきた、謂わば幼なじみ、という立場だからか。
緊張もしなければ、意見も好き放題言い合える仲だ。
「…信じる、信じないの話ではないのですよ。残念ながら…寮は、必ず襲われます。」
私の言葉に、エンダタール第二王子、アールベルは目を見開いた。
「…まさか、また見たのか…?神の、見せる予知夢を…。」
私は頷いた。
寮の一室が火の海になる、という事を、私は知っていた・・・・・
昔から、神が気まぐれに未来を見せてくるのだ。決まって、少し未来の…後味の悪い未来ばかりを。
「……火の海…魔法か?学園では授業以外の魔法の使用は固く禁じられているだろう。破れば相当の罰が与えられる。にも関わらず、か?」
学園での不祥事は退学どころか、家門の名誉まで傷つくだろう。
「ええ。必ず起きるでしょう…。だが、それを少し、回避できるかもしれなくて。」
「それで、何故お前が動いているんだ。私の近衛騎士の職を蹴り、ただの保健医を望んだお前が。」
まだ根に持ってるのか…。まったく、私はもう戦えないというのに。
「火の海になる部屋が、誰の部屋なのか、先程分かりました。…いや、正確には教えていただいた…と言うべきか。」
「教わっただと?一体誰に……。」
「私も驚きましたよ。私の他に、未来を予知した者がいたなど。」
あのマルローズ男爵令嬢は、私とは少し違うが…これから起こることを的確に言い当て、尚且危険から、あの方を…ティルエリー様を守ろうと必死だった。
私が朧げに見る夢よりも、より正確に知っていたのだ。

「一緒に来てください。襲われる部屋はエンダタールのクライン、ティルエリー=クライン様の部屋です。」
クラインの名を出したとたん、優しげな表情のアールベルの瞳が炎を宿した。

ダンッ!!!

「何故それを早く言わないのだ!!!我が国の宝、クラインの血統に重傷を負わせるだと!?」
ほらね、お前ならこの話が眉唾だろうと動いてくれると思っていたよ。

アールベルは即座に学園へと向かった。
「安心して下さい。ティルエリー様は私の結界の中に居ますから。」
「そうか…。お前の神聖力なら安心だな。…急ごう。」

◆◇


私は、結界の中にいるティルエリー様を思い出していた。

あの方がビルチェ伯爵令息に抱えられて保健室に入って来られた時は、血の気が引いた。
あの神が見せる悪夢と、彼が重なったのだ。
だが、話を聞けば具合を悪くしただけと言うことで安堵した。
ベッドに寝かせると、青白い顔に冷や汗を浮かべて、瞳は開いていたが焦点が合っていない。
聞けば、自分にこれから起こることを聞かされ、精神的にショックを受けたのだとか。

あの予知夢の火の海は、彼の部屋だったのか。

それによって、ティルエリー様の身体は、大火傷を負い、魔道具技師としての夢を断たれることになる。
そう言われてショックを受けたそうだ。

クラインである彼が、魔道具を作れなくなる。
それを想像しただけでも、彼の絶望は計り知れない。
そして、クラインを失うことはその国にとっても損失。
ビルチェ伯爵令息はかなり動揺していた。貴族の子息らは、クラインを守り、クラインの役にに立てるようにと、国を揚げ教育させられる。
しかも、世界一の魔道具技師であるエンダタール王国の当代クラインの嫡子であるティルエリー様を失うことは、世界的にもあってはならない。

クラインは、王族、貴族に守られる。
世界中のどの国でも、クラインの血は至高。
ただの石塊に奇跡の力を吹き込み、魔核という美しき宝石を生み出す。
その美しい宝石はただの装飾品などではなく、精巧な能力を秘めた魔法の石だ。人々を守り、時には強大な力となり、世界の発展に貢献する。
生み出せる者はクラインの血族だけ。それがどれだけ稀有な存在であるか。

そういう意味が、その言葉に含まれていなかった、と言ったら、それは嘘だ。

「私には貴方を守る義務がある。」

そう口走った直後、ティルエリー様の瞳は光を失った。
私は後悔した。

この子は、あのレガーノ様とは違うのか…?

守られて当然。
崇められて当然。

あの方の日々の態度は目に余ることがあるが、クラインであるなら、それは許されるのだ。
私の知るクライン血族の方々は皆、性格の差はあれど、国から厚く守られることを受け入れている。
だが、彼は何故、そのようなさみしげな顔をするのか。

取り繕わねば…と、私はつい、常日頃から思っている心の内を話してしまう。

せめて、私の居るこの学園の中では、同じ生徒として接したいのだと。

あぁ、取り繕うつもりが、今度はクラインの血族を貶すような発言をしてしまった。

初対面の彼に、私は何という失礼なことを。

しかし、彼はその私の思いに応えてくれた。
レガーノのようになりたくない、崇められて当然などという傲慢な存在に思われたくないと、必死に…涙まで流して。

こんな、心優しいクラインがいるなんて思わなかった。

魔道具を作り出す手を失いたくない。学園で静かに過ごしたい。純粋なただの十五歳の可愛い願い。

(その夢を、私が守ってやりたい。)

烏滸がましくも、そんな小さな欲が私の中に芽生えた瞬間だった。





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