6 / 68
一章 飛空島
6 可愛い願い
しおりを挟む
(ヴォルカー視点)
3人が残る保健室に、神聖力による防護結界を施して、私はある場所へと向かっていた。
学園の門を越え、飛空島の反対側にそびえ立つ、黒銀色のツインタワーの頂上を目指す。
そこには、この度の突拍子もない作り話のような事を、まともに聞いてくれる唯一の権力者がいる。
「これは…ヴォルカー様!!このような時間に、如何されました!?」
門の衛兵に敬礼されるも、軽く視線を流すだけで通過してしまう。
今はそのような時間すら惜しいのだ。
黒銀色のツインタワー、ここは飛空島のロストテクノロジーを解明するための研究機関である。
その頂上、責任者の執務室に詰めているのは、我がエンダタール王国の王族。
今のところ、レガーノ様を牽制出来る唯一の御方だ。
そして、今代のエンダタールのクライン当主を心から敬愛している。
その息子の危機と知れば、あのものぐさ王子も腰を上げるだろう。
◇◆
そして今、私は責任者執務室にいる。
「まさか、その女子学生の世迷い言を信じているわけではあるまい?ヴォルカー。」
幼い頃より共に時間を過ごしてきた、謂わば幼なじみ、という立場だからか。
緊張もしなければ、意見も好き放題言い合える仲だ。
「…信じる、信じないの話ではないのですよ。残念ながら…寮は、必ず襲われます。」
私の言葉に、エンダタール第二王子、アールベルは目を見開いた。
「…まさか、また見たのか…?神の、見せる予知夢を…。」
私は頷いた。
寮の一室が火の海になる、という事を、私は知っていた。
昔から、神が気まぐれに未来を見せてくるのだ。決まって、少し未来の…後味の悪い未来ばかりを。
「……火の海…魔法か?学園では授業以外の魔法の使用は固く禁じられているだろう。破れば相当の罰が与えられる。にも関わらず、か?」
学園での不祥事は退学どころか、家門の名誉まで傷つくだろう。
「ええ。必ず起きるでしょう…。だが、それを少し、回避できるかもしれなくて。」
「それで、何故お前が動いているんだ。私の近衛騎士の職を蹴り、ただの保健医を望んだお前が。」
まだ根に持ってるのか…。まったく、私はもう戦えないというのに。
「火の海になる部屋が、誰の部屋なのか、先程分かりました。…いや、正確には教えていただいた…と言うべきか。」
「教わっただと?一体誰に……。」
「私も驚きましたよ。私の他に、未来を予知した者がいたなど。」
あのマルローズ男爵令嬢は、私とは少し違うが…これから起こることを的確に言い当て、尚且危険から、あの方を…ティルエリー様を守ろうと必死だった。
私が朧げに見る夢よりも、より正確に知っていたのだ。
「一緒に来てください。襲われる部屋はエンダタールのクライン、ティルエリー=クライン様の部屋です。」
クラインの名を出したとたん、優しげな表情のアールベルの瞳が炎を宿した。
ダンッ!!!
「何故それを早く言わないのだ!!!我が国の宝、クラインの血統に重傷を負わせるだと!?」
ほらね、お前ならこの話が眉唾だろうと動いてくれると思っていたよ。
アールベルは即座に学園へと向かった。
「安心して下さい。ティルエリー様は私の結界の中に居ますから。」
「そうか…。お前の神聖力なら安心だな。…急ごう。」
◆◇
私は、結界の中にいるティルエリー様を思い出していた。
あの方がビルチェ伯爵令息に抱えられて保健室に入って来られた時は、血の気が引いた。
あの神が見せる悪夢と、彼が重なったのだ。
だが、話を聞けば具合を悪くしただけと言うことで安堵した。
ベッドに寝かせると、青白い顔に冷や汗を浮かべて、瞳は開いていたが焦点が合っていない。
聞けば、自分にこれから起こることを聞かされ、精神的にショックを受けたのだとか。
あの予知夢の火の海は、彼の部屋だったのか。
それによって、ティルエリー様の身体は、大火傷を負い、魔道具技師としての夢を断たれることになる。
そう言われてショックを受けたそうだ。
クラインである彼が、魔道具を作れなくなる。
それを想像しただけでも、彼の絶望は計り知れない。
そして、クラインを失うことはその国にとっても損失。
ビルチェ伯爵令息はかなり動揺していた。貴族の子息らは、クラインを守り、クラインの役にに立てるようにと、国を揚げ教育させられる。
しかも、世界一の魔道具技師であるエンダタール王国の当代クラインの嫡子であるティルエリー様を失うことは、世界的にもあってはならない。
クラインは、王族、貴族に守られる。
世界中のどの国でも、クラインの血は至高。
ただの石塊に奇跡の力を吹き込み、魔核という美しき宝石を生み出す。
その美しい宝石はただの装飾品などではなく、精巧な能力を秘めた魔法の石だ。人々を守り、時には強大な力となり、世界の発展に貢献する。
生み出せる者はクラインの血族だけ。それがどれだけ稀有な存在であるか。
そういう意味が、その言葉に含まれていなかった、と言ったら、それは嘘だ。
「私には貴方を守る義務がある。」
そう口走った直後、ティルエリー様の瞳は光を失った。
私は後悔した。
この子は、あのレガーノ様とは違うのか…?
守られて当然。
崇められて当然。
あの方の日々の態度は目に余ることがあるが、クラインであるなら、それは許されるのだ。
私の知るクライン血族の方々は皆、性格の差はあれど、国から厚く守られることを受け入れている。
だが、彼は何故、そのようなさみしげな顔をするのか。
取り繕わねば…と、私はつい、常日頃から思っている心の内を話してしまう。
せめて、私の居るこの学園の中では、同じ生徒として接したいのだと。
あぁ、取り繕うつもりが、今度はクラインの血族を貶すような発言をしてしまった。
初対面の彼に、私は何という失礼なことを。
しかし、彼はその私の思いに応えてくれた。
レガーノのようになりたくない、崇められて当然などという傲慢な存在に思われたくないと、必死に…涙まで流して。
こんな、心優しいクラインがいるなんて思わなかった。
魔道具を作り出す手を失いたくない。学園で静かに過ごしたい。純粋なただの十五歳の可愛い願い。
(その夢を、私が守ってやりたい。)
烏滸がましくも、そんな小さな欲が私の中に芽生えた瞬間だった。
3人が残る保健室に、神聖力による防護結界を施して、私はある場所へと向かっていた。
学園の門を越え、飛空島の反対側にそびえ立つ、黒銀色のツインタワーの頂上を目指す。
そこには、この度の突拍子もない作り話のような事を、まともに聞いてくれる唯一の権力者がいる。
「これは…ヴォルカー様!!このような時間に、如何されました!?」
門の衛兵に敬礼されるも、軽く視線を流すだけで通過してしまう。
今はそのような時間すら惜しいのだ。
黒銀色のツインタワー、ここは飛空島のロストテクノロジーを解明するための研究機関である。
その頂上、責任者の執務室に詰めているのは、我がエンダタール王国の王族。
今のところ、レガーノ様を牽制出来る唯一の御方だ。
そして、今代のエンダタールのクライン当主を心から敬愛している。
その息子の危機と知れば、あのものぐさ王子も腰を上げるだろう。
◇◆
そして今、私は責任者執務室にいる。
「まさか、その女子学生の世迷い言を信じているわけではあるまい?ヴォルカー。」
幼い頃より共に時間を過ごしてきた、謂わば幼なじみ、という立場だからか。
緊張もしなければ、意見も好き放題言い合える仲だ。
「…信じる、信じないの話ではないのですよ。残念ながら…寮は、必ず襲われます。」
私の言葉に、エンダタール第二王子、アールベルは目を見開いた。
「…まさか、また見たのか…?神の、見せる予知夢を…。」
私は頷いた。
寮の一室が火の海になる、という事を、私は知っていた。
昔から、神が気まぐれに未来を見せてくるのだ。決まって、少し未来の…後味の悪い未来ばかりを。
「……火の海…魔法か?学園では授業以外の魔法の使用は固く禁じられているだろう。破れば相当の罰が与えられる。にも関わらず、か?」
学園での不祥事は退学どころか、家門の名誉まで傷つくだろう。
「ええ。必ず起きるでしょう…。だが、それを少し、回避できるかもしれなくて。」
「それで、何故お前が動いているんだ。私の近衛騎士の職を蹴り、ただの保健医を望んだお前が。」
まだ根に持ってるのか…。まったく、私はもう戦えないというのに。
「火の海になる部屋が、誰の部屋なのか、先程分かりました。…いや、正確には教えていただいた…と言うべきか。」
「教わっただと?一体誰に……。」
「私も驚きましたよ。私の他に、未来を予知した者がいたなど。」
あのマルローズ男爵令嬢は、私とは少し違うが…これから起こることを的確に言い当て、尚且危険から、あの方を…ティルエリー様を守ろうと必死だった。
私が朧げに見る夢よりも、より正確に知っていたのだ。
「一緒に来てください。襲われる部屋はエンダタールのクライン、ティルエリー=クライン様の部屋です。」
クラインの名を出したとたん、優しげな表情のアールベルの瞳が炎を宿した。
ダンッ!!!
「何故それを早く言わないのだ!!!我が国の宝、クラインの血統に重傷を負わせるだと!?」
ほらね、お前ならこの話が眉唾だろうと動いてくれると思っていたよ。
アールベルは即座に学園へと向かった。
「安心して下さい。ティルエリー様は私の結界の中に居ますから。」
「そうか…。お前の神聖力なら安心だな。…急ごう。」
◆◇
私は、結界の中にいるティルエリー様を思い出していた。
あの方がビルチェ伯爵令息に抱えられて保健室に入って来られた時は、血の気が引いた。
あの神が見せる悪夢と、彼が重なったのだ。
だが、話を聞けば具合を悪くしただけと言うことで安堵した。
ベッドに寝かせると、青白い顔に冷や汗を浮かべて、瞳は開いていたが焦点が合っていない。
聞けば、自分にこれから起こることを聞かされ、精神的にショックを受けたのだとか。
あの予知夢の火の海は、彼の部屋だったのか。
それによって、ティルエリー様の身体は、大火傷を負い、魔道具技師としての夢を断たれることになる。
そう言われてショックを受けたそうだ。
クラインである彼が、魔道具を作れなくなる。
それを想像しただけでも、彼の絶望は計り知れない。
そして、クラインを失うことはその国にとっても損失。
ビルチェ伯爵令息はかなり動揺していた。貴族の子息らは、クラインを守り、クラインの役にに立てるようにと、国を揚げ教育させられる。
しかも、世界一の魔道具技師であるエンダタール王国の当代クラインの嫡子であるティルエリー様を失うことは、世界的にもあってはならない。
クラインは、王族、貴族に守られる。
世界中のどの国でも、クラインの血は至高。
ただの石塊に奇跡の力を吹き込み、魔核という美しき宝石を生み出す。
その美しい宝石はただの装飾品などではなく、精巧な能力を秘めた魔法の石だ。人々を守り、時には強大な力となり、世界の発展に貢献する。
生み出せる者はクラインの血族だけ。それがどれだけ稀有な存在であるか。
そういう意味が、その言葉に含まれていなかった、と言ったら、それは嘘だ。
「私には貴方を守る義務がある。」
そう口走った直後、ティルエリー様の瞳は光を失った。
私は後悔した。
この子は、あのレガーノ様とは違うのか…?
守られて当然。
崇められて当然。
あの方の日々の態度は目に余ることがあるが、クラインであるなら、それは許されるのだ。
私の知るクライン血族の方々は皆、性格の差はあれど、国から厚く守られることを受け入れている。
だが、彼は何故、そのようなさみしげな顔をするのか。
取り繕わねば…と、私はつい、常日頃から思っている心の内を話してしまう。
せめて、私の居るこの学園の中では、同じ生徒として接したいのだと。
あぁ、取り繕うつもりが、今度はクラインの血族を貶すような発言をしてしまった。
初対面の彼に、私は何という失礼なことを。
しかし、彼はその私の思いに応えてくれた。
レガーノのようになりたくない、崇められて当然などという傲慢な存在に思われたくないと、必死に…涙まで流して。
こんな、心優しいクラインがいるなんて思わなかった。
魔道具を作り出す手を失いたくない。学園で静かに過ごしたい。純粋なただの十五歳の可愛い願い。
(その夢を、私が守ってやりたい。)
烏滸がましくも、そんな小さな欲が私の中に芽生えた瞬間だった。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。
かるぼん
BL
********************
ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。
監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。
もう一度、やり直せたなら…
そう思いながら遠のく意識に身をゆだね……
気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。
逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。
自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。
孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。
しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ
「君は稀代のたらしだね。」
ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー!
よろしくお願い致します!!
********************
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。
天海みつき
BL
何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。
自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
転生令息の、のんびりまったりな日々
かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。
※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。
痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。
※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
弟いわく、ここは乙女ゲームの世界らしいです
慎
BL
――‥ 昔、あるとき弟が言った。此処はある乙女ゲームの世界の中だ、と。我が侯爵家 ハワードは今の代で終わりを迎え、父・母の散財により没落貴族に堕ちる、と… 。そして、これまでの悪事が晒され、父・母と共に令息である僕自身も母の息の掛かった婚約者の悪役令嬢と共に公開処刑にて断罪される… と。あの日、珍しく滑舌に喋り出した弟は予言めいた言葉を口にした――‥ 。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる