104 / 119
ジョージ=ハルネ
しおりを挟む日が暮れて、ハルネの屋敷の当主の部屋でのこと。
「アルクス本部が我が要請に応じて下さり、領地に来てくれた。これで領民たちは飢餓や病から抜け出せる。」
そう言うのは、アシュトらを出迎えた初老の男ではなく、若い男だった。
ただ、彼はベッドの上に上半身だけ起こした状態。顔色も悪く、精気が見られない。
「ジョージ、もうしばらくの辛抱だよ。…となり村…このまま、アルクスの支援の手を徐々に広げ、あの村へと辿り着ければ…国王を守るあの方の元へ支援が届けば…!」
初老の男は、ベッドに居る若い男をジョージと、呼ぶ。
「…だが、アルクスは武力を我々には貸してはくれぬでしょう。彼らは正義だ。…しかし、人を守ることはしても、殺める行為は決してしない。本当に…憎たらしい程に高潔な組織ですね。」
目の前に、こんなにも苦しみ、レオンハルトの殺戮の餌食になっている者たちがいるというのに。相手が魔獣ならば、どんなに良かっただろうか。
「ジョージ…。」
「私の命も残り僅か。忌々しい…まさかあの男爵が寝返るとは。…父は毒殺され…。私もその毒でこの身体だ…。畜生っ…!」
ぐ、と拳を握るが、その力も弱く。
「領民に…こんな腑抜けな姿、到底見せられぬ。…しばらくは私の代わりとして、役目を果たして欲しい。叔父上。」
「あぁ。お前の父は最期まで果敢に戦った。この暁の門を守るのは、我ら一族の勤めだ。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…ふぅん。そういうことね。」
ハルネ邸の、領主の部屋の窓の外。
気配を消し、夜に溶け込むように。
(ヒー様に伝えたら…ジョージ殿のことも治療しちまいそうだなぁ…。)
苦笑し、機械導具の翼を展開して空に飛び立った。
「フォレン様、今いいッスか?」
宿に戻る前に、フォレンに相談。天使化したエルシオンの技術力が跳ね上がり、今や通信機は世界の何処でも通信できるようになったので、アシュトのような翼候補や《神翼》の精鋭らには、使えるように手配している。
《アシュト…?なんだ、こんな時間に…。》
「実はですね…。」
アシュトが事情を説明すると、フォレンは黒い笑みを浮かべた。
《きっと、我々が想像できないほど最悪な魂をお持ちなんだろうね、レオンハルト殿下は。弱い者を追い込むのが随分とお好きなようだ。…こちらの支援の名目は病人と、怪我人の治療と人々への食糧支援。…病人の救済は、すべきだね。ヒー様にはご自身の浄化はしないようにお願いしているから、きっと充分な神力で癒していただけると思う。…だが、ご無理だけはさせてはいけない。》
「了解ッス。俺も砡を使った回復はディーテ様に特訓されてかなり上達したッス。サポートはお任せください。…あと、風の民を何名か追加で送ってもらえると助かるッス。レジスタンスの実情を知る者で、あっちに寝返った貴族の情報も得ないと。」
《あぁ。すぐに手配しよう。ヒー様はお疲れではないか?久しぶりの馬車での長旅だったからな。
エルシオンらもうるさいくらい心配してたぞ。》
「はは。今は宿で、ジャンニさんのお菓子を食べているッスよ。リアン君のプレゼントが大いに役立ってるッス。」
ヒースヴェルトの屋敷の厨房と繋がっている、リアンがヒースヴェルトの誕生日に贈った、機械導具のアクセサリーには、いつもジャンニの作りたてのお菓子や軽食が届くのだ。
《はははっ。それを聞いたら、リアンも喜ぶだろうね。…では、成果を期待しているよ。》
「うす!」
ぴっ。
通信を切ると、アシュトは宿の近くの街路樹の上から音もなく降りた。
「それじゃ、ヒー様には、暁の門の…今の主殿の治療を頑張っていただきますか!」
宿に戻り、領主邸で見聞きしたことを伝えると、ヒースヴェルトはすぐに治療しなきゃ!!と飛び出そうとしたところを、ロシュリハインに首根っこをつままれて制止される。
「お待ちなさいな。まずはあのお屋敷に異分子がいないかを確認してからよ。聖神子がここにいるって、向こうに知られるわけにいかないの。」
「うぅー…。」
「さ、そうと分かればヒースヴェルト様?お屋敷のすべての人たちの魂を見てくださいな。そしてアタシに伝えて?私の能力で見極めるわ。」
「ロシュさんの、能力…。翼の固有能力のこと?」
ロシュリハインはその瞳の色をフレイドの神力の色、淡い水色に染めて能力を発動させる。
「えぇ。アタシ、人間やってた頃は星の滅亡まで領主やっていたからかしらね…フレイド様の翼になった時にさ。人を見極める能力が発現したのよ。この人は味方、この人は敵、この人は敵だけど迷ってる、とか。」
「ほぇ~…。」
「で、敵だけどユルーい子には、唆して味方につけちゃったりね。」
「わぁ…。天使の囁きだね…。」
ヒースヴェルトはパチパチと手を叩いて微笑むが、アシュトはロシュリハインの、お世辞にも天使には見えない黒い笑顔に、苦笑する。
(相手にとっては悪魔の囁きだろ…。)
「ただ、ここはアタシの領域じゃないから、ココの神様の読み取った魂を選別するに止まってしまうけど。」
「天使の囁きは、できないの?」
「えぇ。異世界だから仕方ないわ。…でも、似たような能力を持ちそうな子は、いるじゃない。ほら、ヒースヴェルト様を徹底管理してるイケメンちゃん。」
「…フォレンが?」
「あの子が翼になれば、次からの聖戦はかなり有利になるわよ。だからヒースヴェルト様は翼の取得を頑張らないと、ね★」
「ぁい!」
そして、翌日、領主邸の使用人が集まり、仕事を始めたころを見計らいヒースヴェルトは神眼を行使した。
その結果、潜入している敵の人間が、一人見つかった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
別に構いませんよ、離縁するので。
杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。
他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。
まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
私はあなたの母ではありませんよ
れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。
クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。
アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。
ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。
クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。
*恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。
*めずらしく全編通してシリアスです。
*今後ほかのサイトにも投稿する予定です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる