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会いたい
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ラントとマリン奪還の日に遡る。
ロレイジアの貴族の屋敷に忍び込むなど、エンブルグ皇国の隠の者を使えば、雑作もない。
アイザックは真夜中に地下牢へ忍び込むと、眠っていたラントの身柄を保護し、早々にアルクス西支部へと走った。
途中、目が覚めて騒がれてもまずいので、隠の者愛用の睡眠薬も少し投与させておいた。
アルクスの転移装置の側で待っていると、もう一人の拉致された少女を探しに行っていた班の者が血相を変えて飛び込んできた。
「どうした!?」
「殿下、この子ヤバい。死にそう…!」
この軽い口調を、アイザックは聞き覚えがあった。
「そっちにはお前が行っていたんだったな。ユージェイン。」
ユージェイン、と呼ばれた青年は、黒髪の隻眼。眼帯では隠しきれない大きな傷の跡が見える。
「そうなんだけどさ、すぐ戻らないとだよー?フォレン様に釘を刺されてはいるけど、最短で帰らないとヤベェ!」
毛布にくるまれた少女を見ると、明らかに重症だ。
「…ちっ。仕方ない。大神殿へ急げ、聖神子様にお目通りを請うんだ。こっちの子は予定通り撹乱ルートで戻る!」
「御~意ッ!」
すぐさま転移装置で本部へと飛んだ。
「…さて、こっちはまずロレイジアの貴族街に飛ぶかな…。」
ロレイジア国内を数ヶ所経由し、エンブルグ皇国内に入ったのは、既に日が明るくなってからだった。
そして、ラントの薬も効果が切れて、目が覚めたと同時に、目の前に居たアイザックを見るなりあの言葉を放ち、暴れだしたのだった。
「お前なんかじゃなかった!!!僕を助けたあの人は!?会わせて…っ!あの人に!!!」
不敬も不敬、元とはいえこの国の第二皇子に対しての振る舞いではない。
「なんと無礼なッ!!」
「あはは、まぁまぁ。かなり心に負担があったんだろう。医者を呼んできてくれる?」
怒る護衛騎士らをアイザックは諌め、苦笑を漏らした。
「無礼だって何だっていい!僕はあの人に…あの御方に……!!!」
ボロボロと涙を流すラント。
全身の力の限り暴れているつもりだろうが、その動きは弱々しく、体力がないことも見てとれた。
眠っている間に身体を診察してもらったが、背中の傷は無数に跡が残り、まだ癒えていない生傷も多かった。
肋骨は折れたあと歪な形でくっついたらしく、肌の下で歪んでいた。
足首の骨も砕かれたまま放置されていたようで、まともに歩けば激痛を伴うだろうと、医者は言っていた。
今は下手に動かさず、ここで治療を受けるべきだと診断されたのだ。
「うあああぁぁぁっ…!!!」
ラントは、ただ、会いたいと叫び、泣いていた。
(こんなにパニックんなっても、何でこいつの鳥は常に現れてんだ……。相当傾倒してる証拠なんだろうな…。)
ラントの鳥は、彼を心配するように側で羽ばたいている。
「失礼します…アイザック様…おやおや、これは大変でしたでしょう。」
しばらくして、護衛騎士が呼んだであろう宮廷医が駆けつけた。
「あぁ。すまないね。興奮してまた熱が上がったようだ。落ち着いたら、話をしたい。話せる状態になったら呼んでくれ。私はだいたい父上のところに居るから。」
父上の、と言ったが、元父親の皇帝陛下の執務室には、現父親のレイモンドも必ず居るため、その一言で城の者なら行き先は分かる。
「承りました。」
ラントを医者に任せて、アイザックは父親の居る執務室へと向かった。
そして、ラントが落ち着きを取り戻し、まともな会話が出来るようになったのは、丸二日経過してからだった。
その間、アイザックは大神殿でフォレンに報告をしたり、隠の者らの報告を纏めたりと、忙しく動いていた。
そして、一頻り情報の整理や今後の計画が整った頃。
鎮痛効果と、精神安定の効果のある薬湯を定期的に飲み続け、やっと落ち着いたらしく再びラントと面会する。
「ぁ…っ。あの、すみません、でした……」
錯乱していたとはいえ、この国の元皇子、現公爵家のご子息にあれだけの暴言を吐き暴れていたことを医者に教えられ、真っ白な顔色でか細く謝罪した。
「まぁ、そうだな。お前の境遇には同情する。
…だが、残念ながらお前は、あの方には会えない。」
「……な、なんで?」
歪にくっついてしまった肋骨を、再度治療しなおす過程で、ベッドから起き上がれないラントは頭だけをアイザックに向け、尋ねた。
「そんな大怪我で何ができるってんだ?そもそも一般人が簡単に会えるような御方じゃない。」
アイザックは、ラントに一冊の絵本を手渡した。
「これ、何ですか…?」
ラントの精神状態が良くないことをフォレンにそれとなく話したのだが、それを聞き付けたナッシュが届けたのだ。「そういう子供には、こういった本が効果的だろう!」と。
「アルクスが新しく出版した、『ぼくらの虹』…つまり、創造神の子・聖神子さまシリーズ第一巻だ。怪我が治るまで大人しくそれを読んでろ。そうすれば、お前が会いたがってる御方がどんな方か、だいたい分かる。」
新人ハンター・ライリー君シリーズに続く、アルクスの絵本。
「聖神子様…。」
白金の長い髪。隣り合うディーテ神に愛され、微笑んでいた姿。
迎えに行く。と名を呼んでくれた、涼やかで可愛らしい声。
先程まで盲目的にただ会いたいと思っていたのに、ラントは頬を上気させ、大人しく絵本を読み始めた。
(…流石ナッシュ殿だな…。こうなることを予見していたのか。)
世界の空を小鳥が飛んだ日の翌日には、絵本の製作に取り掛かったのだ。
それから、ラントは足首以外の怪我をほぼ完治させ、1ヶ月後に領地へと帰っていった。
その時、ラントはアイザック経由で貰った大量の絵本を抱えて行ったのだとか。
それから、コール領の、ラントが出入りしていた酒屋の主人が彼を引き取ることが決まり、マリンも、予定通り花屋の子になれた。
花屋のご主人は帰ってきたマリンを号泣しながら迎え、それはそれは可愛がってくれたそうだ。
たまにリアンが心配して様子を見に来てくれるのが本当に嬉しいらしく、ラントはその度にヒースヴェルトのことをどれだけ敬愛しているかを物凄い熱意で語るのが、どこかのエルフを思い出させる、と言っていた。
ロレイジアの貴族の屋敷に忍び込むなど、エンブルグ皇国の隠の者を使えば、雑作もない。
アイザックは真夜中に地下牢へ忍び込むと、眠っていたラントの身柄を保護し、早々にアルクス西支部へと走った。
途中、目が覚めて騒がれてもまずいので、隠の者愛用の睡眠薬も少し投与させておいた。
アルクスの転移装置の側で待っていると、もう一人の拉致された少女を探しに行っていた班の者が血相を変えて飛び込んできた。
「どうした!?」
「殿下、この子ヤバい。死にそう…!」
この軽い口調を、アイザックは聞き覚えがあった。
「そっちにはお前が行っていたんだったな。ユージェイン。」
ユージェイン、と呼ばれた青年は、黒髪の隻眼。眼帯では隠しきれない大きな傷の跡が見える。
「そうなんだけどさ、すぐ戻らないとだよー?フォレン様に釘を刺されてはいるけど、最短で帰らないとヤベェ!」
毛布にくるまれた少女を見ると、明らかに重症だ。
「…ちっ。仕方ない。大神殿へ急げ、聖神子様にお目通りを請うんだ。こっちの子は予定通り撹乱ルートで戻る!」
「御~意ッ!」
すぐさま転移装置で本部へと飛んだ。
「…さて、こっちはまずロレイジアの貴族街に飛ぶかな…。」
ロレイジア国内を数ヶ所経由し、エンブルグ皇国内に入ったのは、既に日が明るくなってからだった。
そして、ラントの薬も効果が切れて、目が覚めたと同時に、目の前に居たアイザックを見るなりあの言葉を放ち、暴れだしたのだった。
「お前なんかじゃなかった!!!僕を助けたあの人は!?会わせて…っ!あの人に!!!」
不敬も不敬、元とはいえこの国の第二皇子に対しての振る舞いではない。
「なんと無礼なッ!!」
「あはは、まぁまぁ。かなり心に負担があったんだろう。医者を呼んできてくれる?」
怒る護衛騎士らをアイザックは諌め、苦笑を漏らした。
「無礼だって何だっていい!僕はあの人に…あの御方に……!!!」
ボロボロと涙を流すラント。
全身の力の限り暴れているつもりだろうが、その動きは弱々しく、体力がないことも見てとれた。
眠っている間に身体を診察してもらったが、背中の傷は無数に跡が残り、まだ癒えていない生傷も多かった。
肋骨は折れたあと歪な形でくっついたらしく、肌の下で歪んでいた。
足首の骨も砕かれたまま放置されていたようで、まともに歩けば激痛を伴うだろうと、医者は言っていた。
今は下手に動かさず、ここで治療を受けるべきだと診断されたのだ。
「うあああぁぁぁっ…!!!」
ラントは、ただ、会いたいと叫び、泣いていた。
(こんなにパニックんなっても、何でこいつの鳥は常に現れてんだ……。相当傾倒してる証拠なんだろうな…。)
ラントの鳥は、彼を心配するように側で羽ばたいている。
「失礼します…アイザック様…おやおや、これは大変でしたでしょう。」
しばらくして、護衛騎士が呼んだであろう宮廷医が駆けつけた。
「あぁ。すまないね。興奮してまた熱が上がったようだ。落ち着いたら、話をしたい。話せる状態になったら呼んでくれ。私はだいたい父上のところに居るから。」
父上の、と言ったが、元父親の皇帝陛下の執務室には、現父親のレイモンドも必ず居るため、その一言で城の者なら行き先は分かる。
「承りました。」
ラントを医者に任せて、アイザックは父親の居る執務室へと向かった。
そして、ラントが落ち着きを取り戻し、まともな会話が出来るようになったのは、丸二日経過してからだった。
その間、アイザックは大神殿でフォレンに報告をしたり、隠の者らの報告を纏めたりと、忙しく動いていた。
そして、一頻り情報の整理や今後の計画が整った頃。
鎮痛効果と、精神安定の効果のある薬湯を定期的に飲み続け、やっと落ち着いたらしく再びラントと面会する。
「ぁ…っ。あの、すみません、でした……」
錯乱していたとはいえ、この国の元皇子、現公爵家のご子息にあれだけの暴言を吐き暴れていたことを医者に教えられ、真っ白な顔色でか細く謝罪した。
「まぁ、そうだな。お前の境遇には同情する。
…だが、残念ながらお前は、あの方には会えない。」
「……な、なんで?」
歪にくっついてしまった肋骨を、再度治療しなおす過程で、ベッドから起き上がれないラントは頭だけをアイザックに向け、尋ねた。
「そんな大怪我で何ができるってんだ?そもそも一般人が簡単に会えるような御方じゃない。」
アイザックは、ラントに一冊の絵本を手渡した。
「これ、何ですか…?」
ラントの精神状態が良くないことをフォレンにそれとなく話したのだが、それを聞き付けたナッシュが届けたのだ。「そういう子供には、こういった本が効果的だろう!」と。
「アルクスが新しく出版した、『ぼくらの虹』…つまり、創造神の子・聖神子さまシリーズ第一巻だ。怪我が治るまで大人しくそれを読んでろ。そうすれば、お前が会いたがってる御方がどんな方か、だいたい分かる。」
新人ハンター・ライリー君シリーズに続く、アルクスの絵本。
「聖神子様…。」
白金の長い髪。隣り合うディーテ神に愛され、微笑んでいた姿。
迎えに行く。と名を呼んでくれた、涼やかで可愛らしい声。
先程まで盲目的にただ会いたいと思っていたのに、ラントは頬を上気させ、大人しく絵本を読み始めた。
(…流石ナッシュ殿だな…。こうなることを予見していたのか。)
世界の空を小鳥が飛んだ日の翌日には、絵本の製作に取り掛かったのだ。
それから、ラントは足首以外の怪我をほぼ完治させ、1ヶ月後に領地へと帰っていった。
その時、ラントはアイザック経由で貰った大量の絵本を抱えて行ったのだとか。
それから、コール領の、ラントが出入りしていた酒屋の主人が彼を引き取ることが決まり、マリンも、予定通り花屋の子になれた。
花屋のご主人は帰ってきたマリンを号泣しながら迎え、それはそれは可愛がってくれたそうだ。
たまにリアンが心配して様子を見に来てくれるのが本当に嬉しいらしく、ラントはその度にヒースヴェルトのことをどれだけ敬愛しているかを物凄い熱意で語るのが、どこかのエルフを思い出させる、と言っていた。
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