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大罪人
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コンコンコン、と控えめなノック音のあと、ディランのよく通る声がした。
『ディーテ様、ヒースヴェルト様、ディラン・マグダウト、参りました…。』
『ディラン、入って入って。』
ディーテ神ではなく、ヒースヴェルトの声で、ディランは扉を開ける。
そして、いつもお立ちになられているディーテ神が、ゆったりとソファに腰かけている、という珍しい光景が目に入った。
『緋の矛よ、本日、コレが神化する。…その時にな…そなたに頼みがある。』
『はい。何なりと、お申し付け下さい。』
傅き、頭を垂れる。
「ディラン、あのね…ぼくの一番目の翼は、ディランなの。だからね、ぼくが神化したら、すぐにあなたの澱みを譲って欲しいの…。神化すると同時に、翼を得ること。それが、ぼくの一番最初の仕事…。翼がいなければ、ぼくは丸裸の赤ん坊と変わらないんだって。」
「…丸裸の赤ん坊、ですか?それは…また…。」
ヒースヴェルトの例えが極端過ぎて、思わず顔を上げてしまう。すると、ディーテ神が僅かに笑みを溢し、続けた。
『翼は鎧。翼は武器。人に舐められぬようにな。コレはあまり望まぬことだが、圧倒的な力を見せつけねば、従わぬ愚民が必ずいる。そなたらには…心当たりがあろう?』
ディーテ神の含みのある言い方に、ヒースヴェルトは眉根を寄せる。
『畏まりました。…ヒー様、お心を…痛めてらっしゃいますか?』
『ぅぅ…。ぼくは…人間が醜いこと、知っています。…でも、いい人も、たくさん…。ぼくは、ぼくの理想のためにも…力を示さないと、いけないことも、分かります。…それには、やっぱりディランの緋色の力が一番。
天使化が済んだらね、ぼくと一緒に、ダスティロスの…き、教会本山、行くです。』
ヒースヴェルトは、なるべく感情を出さぬよう、小さな声でそう告げた。
『ダスティロス…。ルシオ様の父上がいらっしゃる本山、ですね。』
『ルシオさんのお父さんは…ママの怒りを買ってしまった。だから、ママが直接消滅させることが、決まってる。』
ヒースヴェルトはそっと手首を握りしめる。その手は小さく震えていた。
『…余は、総ての管理者。…コレがこの世の管理を始めるその時に、大罪人は摘むべきであろう。
だが…生きとし生けるものに平等にチャンスを与えねばならぬ。…そこで、そなたが役目を負え。あの者に、まだ人を救う気概があれば良し。人を蹴落とし己だけ助かろうとするならば、価値無しと判断し消滅させる。』
『……それは…俺に本山の神官らを襲えと…?』
『ううん。襲うのは、本山にたくさんある穢黒石…。本山にぼくと行って?そこで、魔獣化させるからね、たくさん魔獣が出現する。い…痛いかもしれないけれど、ルシオさんのお父さん以外の人に、強化の加護を与えておくから…ッ。魔獣から、人々を助けて欲しいの。でも、ルシオさんのお父さんは、助けちゃ……駄目。』
紫の瞳が潤む。
優しい子だから、きっとルシオの父親にも加護を授けたいのだろう。しかし、ディーテ神の決定は絶対。
助けない命など、ヒースヴェルトにとっては辛いことだろう。
『本山ならば、ディーテ様の神気が満ちているはず。ここからでも、魔獣化はできるのでしょう。それでも…本山に赴くと言うのは…何か理由が?』
ディランの質問に、ディーテはそっと溜め息を吐いた。答えたくない、といった雰囲気にヒースヴェルトはぽたり、と、涙をこぼす。
「ルシオさんのお父さんッ……ママの言霊鳥が、降りなかったのッ…。」
「…!」
言霊鳥は、神の存在を受け入れる者全てに降り立った。これまで信じてこなかった者も、金色の小鳥に少しでもディーテ神の気配を感じることが出来たものならば、全てだ。
そして、彼に小鳥が降りなかったということは。
「ぐすっ。……だからね、ぼくが代わりに、言葉を下ろしてあげないと。言霊鳥は、神語しか宿せないから…。」
ディランはヒースヴェルトに向かって力強く頷いた。
『…分かりました。必ずや成功させてみせます。誰も、死なせない。』
『ありがどう……ッ。』
ディランは部屋を出た後、ルシオの元へと向かったのだった。
ディーテ神より、言伝てを預かった。
《そなたの肉親を滅ぼすのは、余の役目。気分は晴れぬだろうが、親殺しをさせるわけにはいかぬ。我が子の願い故な。》
(余計なことをするなよ、というディーテ様の警告、といったところか…。ルシオ様も大変な親を持って悲惨だな。)
コール領での事件の委細を聞き、ディランは国内の問題を解決する中で、進んで教会関係の問題に手をつけてこなかった自分を一瞬恨んだ。
(ヒー様はお優しすぎる。
自分は大魔境に着いたとはいえ、親と思っていた女に死都市へ送られた身であるのに。)
あのような大罪人にさえ、涙を流すとは。
(……あぁ、駄目だな。俺はヒー様の感覚全てにならねば。…感情を違えてはならん。)
頭を振り、ルシオの居るであろうラボを目指して歩いた。
『ディーテ様、ヒースヴェルト様、ディラン・マグダウト、参りました…。』
『ディラン、入って入って。』
ディーテ神ではなく、ヒースヴェルトの声で、ディランは扉を開ける。
そして、いつもお立ちになられているディーテ神が、ゆったりとソファに腰かけている、という珍しい光景が目に入った。
『緋の矛よ、本日、コレが神化する。…その時にな…そなたに頼みがある。』
『はい。何なりと、お申し付け下さい。』
傅き、頭を垂れる。
「ディラン、あのね…ぼくの一番目の翼は、ディランなの。だからね、ぼくが神化したら、すぐにあなたの澱みを譲って欲しいの…。神化すると同時に、翼を得ること。それが、ぼくの一番最初の仕事…。翼がいなければ、ぼくは丸裸の赤ん坊と変わらないんだって。」
「…丸裸の赤ん坊、ですか?それは…また…。」
ヒースヴェルトの例えが極端過ぎて、思わず顔を上げてしまう。すると、ディーテ神が僅かに笑みを溢し、続けた。
『翼は鎧。翼は武器。人に舐められぬようにな。コレはあまり望まぬことだが、圧倒的な力を見せつけねば、従わぬ愚民が必ずいる。そなたらには…心当たりがあろう?』
ディーテ神の含みのある言い方に、ヒースヴェルトは眉根を寄せる。
『畏まりました。…ヒー様、お心を…痛めてらっしゃいますか?』
『ぅぅ…。ぼくは…人間が醜いこと、知っています。…でも、いい人も、たくさん…。ぼくは、ぼくの理想のためにも…力を示さないと、いけないことも、分かります。…それには、やっぱりディランの緋色の力が一番。
天使化が済んだらね、ぼくと一緒に、ダスティロスの…き、教会本山、行くです。』
ヒースヴェルトは、なるべく感情を出さぬよう、小さな声でそう告げた。
『ダスティロス…。ルシオ様の父上がいらっしゃる本山、ですね。』
『ルシオさんのお父さんは…ママの怒りを買ってしまった。だから、ママが直接消滅させることが、決まってる。』
ヒースヴェルトはそっと手首を握りしめる。その手は小さく震えていた。
『…余は、総ての管理者。…コレがこの世の管理を始めるその時に、大罪人は摘むべきであろう。
だが…生きとし生けるものに平等にチャンスを与えねばならぬ。…そこで、そなたが役目を負え。あの者に、まだ人を救う気概があれば良し。人を蹴落とし己だけ助かろうとするならば、価値無しと判断し消滅させる。』
『……それは…俺に本山の神官らを襲えと…?』
『ううん。襲うのは、本山にたくさんある穢黒石…。本山にぼくと行って?そこで、魔獣化させるからね、たくさん魔獣が出現する。い…痛いかもしれないけれど、ルシオさんのお父さん以外の人に、強化の加護を与えておくから…ッ。魔獣から、人々を助けて欲しいの。でも、ルシオさんのお父さんは、助けちゃ……駄目。』
紫の瞳が潤む。
優しい子だから、きっとルシオの父親にも加護を授けたいのだろう。しかし、ディーテ神の決定は絶対。
助けない命など、ヒースヴェルトにとっては辛いことだろう。
『本山ならば、ディーテ様の神気が満ちているはず。ここからでも、魔獣化はできるのでしょう。それでも…本山に赴くと言うのは…何か理由が?』
ディランの質問に、ディーテはそっと溜め息を吐いた。答えたくない、といった雰囲気にヒースヴェルトはぽたり、と、涙をこぼす。
「ルシオさんのお父さんッ……ママの言霊鳥が、降りなかったのッ…。」
「…!」
言霊鳥は、神の存在を受け入れる者全てに降り立った。これまで信じてこなかった者も、金色の小鳥に少しでもディーテ神の気配を感じることが出来たものならば、全てだ。
そして、彼に小鳥が降りなかったということは。
「ぐすっ。……だからね、ぼくが代わりに、言葉を下ろしてあげないと。言霊鳥は、神語しか宿せないから…。」
ディランはヒースヴェルトに向かって力強く頷いた。
『…分かりました。必ずや成功させてみせます。誰も、死なせない。』
『ありがどう……ッ。』
ディランは部屋を出た後、ルシオの元へと向かったのだった。
ディーテ神より、言伝てを預かった。
《そなたの肉親を滅ぼすのは、余の役目。気分は晴れぬだろうが、親殺しをさせるわけにはいかぬ。我が子の願い故な。》
(余計なことをするなよ、というディーテ様の警告、といったところか…。ルシオ様も大変な親を持って悲惨だな。)
コール領での事件の委細を聞き、ディランは国内の問題を解決する中で、進んで教会関係の問題に手をつけてこなかった自分を一瞬恨んだ。
(ヒー様はお優しすぎる。
自分は大魔境に着いたとはいえ、親と思っていた女に死都市へ送られた身であるのに。)
あのような大罪人にさえ、涙を流すとは。
(……あぁ、駄目だな。俺はヒー様の感覚全てにならねば。…感情を違えてはならん。)
頭を振り、ルシオの居るであろうラボを目指して歩いた。
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