22 / 119
コール子爵領
しおりを挟むその昔、人々がまだ文化を知らず、日々の糧を狩りに、少しの木の実を林で獲って暮らしていた頃。
その小さな村の近くの森に、小さな小さな泉が湧いた。その水はどんな生き物も飲むことはできない。しかし、草花は美しく育ち、黄金の光を纏う。
人々はその奇跡の泉を神の泉と称え祀った。時代が流れ、この辺りを統一する国が出来たが、彼らの信仰は皇国の皇帝陛下にではなく、奇跡の泉へと向けられていた。
毎年、その年に収穫した作物を、奇跡の泉の水で洗い、調理し、その黄金色の料理を神に捧げた。
長い歴史の中で、過去に一度だけその捧げ物が一口分消えていたそうだ。
人々は、神様が召し上がられた、と大層喜んだ。
それ以来ずっと、この倣わしは続いていて、この村がコール子爵の管理する領地に吸収された後も、文化を積極的には取り入れず、昔のまま生活をしてきた。
それが、この度の視察先、コルディウス族の村だ。
「確かに、ママが大昔に一度だけ下界の食べ物を食べたって言っていたよ。人々は、知らずとその料理を清めて捧げていたみたい。」
コール子爵領内に転移装置は無いため、一番近くの隣の領地に転移し、そこから馬車でコール子爵邸へと向かっていた。
視察に同行したのは、案内人のジャンニ、ルシオ、リーナと、フォレンだった。ディランとアシュトは国内の大砡欠片を探しに遠方まで行っていたために、呼べなかった。
「ジャンニ、あれはなぁに?クルクルクルクル♪」
「あれは、水車小屋ですよ。川の水流の力を利用して、小麦を粉にしたりしますよー。」
「小麦を粉にするのー?」
「えぇ。ヒー様が召し上がるパンやパスタなんかも、小麦粉で作られてますよ。」
「えぇ?粉じゃないよ?どうして固まるの?」
「粉に水を混ぜて、捏ねるんです。そうすると、ちゃんと形になるんですよ。今度やってみましょう?」
そう言ってくれたのは、ジャンニ。
「ぼくにもできる?」
「はい♪」
「ほんと?やってみたーい!!」
なんて話ながら。穏やかな、自然に囲まれた豊かな領地。それがコール子爵領だった。
大きな町や教会などはなく、隣の伯爵領に大まかな施設や機関が揃っているため必要なかった、と言うことだ。関係性は良好で、何代か起きに婚姻する間柄。ジャンニの姉のユンニも、跡継ぎの令息と婚約関係にあり、来春には爵位を継ぐ彼と夫婦になり、伯爵婦人になる予定。
「あ、見えてきましたよ。あれが我が家です~。」
緑に囲まれた、青い風が薫る涼やかな邸だ。
「わぁ…すごく、キレイ!ジャンニはとっても美しい場所で育ったのね!ぼくの大好きなジャンニの笑顔は、ここで生まれたの!」
主となる可愛い彼に、最大級の褒め言葉をもらい、ジャンニは心から喜んだ。
邸に馬車で乗り付け、入り口の前で降りる。フォレンはリーナを、ヒースヴェルトはジャンニをエスコート。
レディファーストは基本ですよ、とトリシャに教わったことを、試しているのだ。
エスコートされ、降りてきたジャンニはゆでダコ状態であったが。
「フォレン、ぼく上手にできた?」
「ふふっ。お上手でしたよ。ジャンニを見たら分かるでしょう?あんなに潤けて…。」
「わぁい。トリシャ先生がね、機会があれば夜会に出てみましょうねって言ってたよ。女性をエスコートして、ダンスするの!ダンスもねぇ、難しいけれどね、少し覚えたよ?でもね、楽しくなっちゃうと神力が思わず出ちゃうの。
だからねぇ、ぼくはまだ参加出来ないです~。」
虹色を振り撒きながらダンスする様は、きっとこの上なく神秘的だろうな、とフォレンは笑った。
「そうですね…。それに、人間の夜会は…ヒー様には少々危険かもしれないですしねぇ。」
「んぇ?危険?何でー?」
「ヒー様は、人間としてだと貴族籍のない…孤児だからです。
いくら我々公爵家が後ろ楯でも、一度拐われてしまうと、いくらでも悪い者の好きにされてしまう。
それが国外の連中だったとしたら、尚更今の我々には手が出せないのです。」
「…??ママが助けてくれる、です。」
「えぇ。勿論、そのようなことは絶対、させませんけれど…。でも、拐われた先が死都市だったら?」
フォレンの言葉に、ヒースヴェルトは一気に顔色を悪くした。
死都市は、ディーテ神の力が一欠片も無い。助けを呼んでも、ディーテ神が、来れない場所。
「い、イヤ…。ぁ…加護の無い場所は…ぼくの、ぼくとママの弱点……?」
フォレンは深刻な表情で頷いた。
「今はまだ、貴方の存在は知られていない。ディーテ様も、ヒー様が、完全に浄化を終えてから新たな神だと知らしめるとおっしゃった。浄化を終えて、それでも人間界で何かをするおつもりならば、悪しき者の存在を総て把握し、常に監視せねばなりません。」
「……ぼく、ちゃんと世界を見て、調べて育てるって決めた。…上から見て管理するだけでは…不完全。…ぼくの拠点は、あの神殿。」
「でしょう?」
そこが、他の世界の神とヒースヴェルトの違い。
「ぅぅ……。」
「だから、死都市の問題を早く解決しましょう。壊死した大地を浄化し、再び神力を通わせる方法を!」
「…うん!」
死都市をヒースヴェルトの手中に収めれば、世界は彼の思う通りに廻る。
死都市の問題解決は、必須。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
私はあなたの母ではありませんよ
れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。
クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。
アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。
ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。
クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。
*恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。
*めずらしく全編通してシリアスです。
*今後ほかのサイトにも投稿する予定です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる