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コール子爵領

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その昔、人々がまだ文化を知らず、日々の糧を狩りに、少しの木の実を林で獲って暮らしていた頃。
その小さな村の近くの森に、小さな小さな泉が湧いた。その水はどんな生き物も飲むことはできない。しかし、草花は美しく育ち、黄金の光を纏う。
人々はその奇跡の泉を神の泉と称え祀った。時代が流れ、この辺りを統一する国が出来たが、彼らの信仰は皇国の皇帝陛下にではなく、奇跡の泉へと向けられていた。
毎年、その年に収穫した作物を、奇跡の泉の水で洗い、調理し、その黄金色の料理を神に捧げた。
長い歴史の中で、過去に一度だけその捧げ物が一口分消えていたそうだ。
人々は、神様が召し上がられた、と大層喜んだ。
それ以来ずっと、この倣わしは続いていて、この村がコール子爵の管理する領地に吸収された後も、文化を積極的には取り入れず、昔のまま生活をしてきた。
それが、この度の視察先、コルディウス族の村だ。
「確かに、ママが大昔に一度だけ下界の食べ物を食べたって言っていたよ。人々は、知らずとその料理を清めて捧げていたみたい。」
コール子爵領内に転移装置は無いため、一番近くの隣の領地に転移し、そこから馬車でコール子爵邸へと向かっていた。
視察に同行したのは、案内人のジャンニ、ルシオ、リーナと、フォレンだった。ディランとアシュトは国内の大砡欠片を探しに遠方まで行っていたために、呼べなかった。
「ジャンニ、あれはなぁに?クルクルクルクル♪」
「あれは、水車小屋ですよ。川の水流の力を利用して、小麦を粉にしたりしますよー。」
「小麦を粉にするのー?」
「えぇ。ヒー様が召し上がるパンやパスタなんかも、小麦粉で作られてますよ。」
「えぇ?粉じゃないよ?どうして固まるの?」
「粉に水を混ぜて、捏ねるんです。そうすると、ちゃんと形になるんですよ。今度やってみましょう?」
そう言ってくれたのは、ジャンニ。
「ぼくにもできる?」
「はい♪」
「ほんと?やってみたーい!!」
なんて話ながら。穏やかな、自然に囲まれた豊かな領地。それがコール子爵領だった。
大きな町や教会などはなく、隣の伯爵領に大まかな施設や機関が揃っているため必要なかった、と言うことだ。関係性は良好で、何代か起きに婚姻する間柄。ジャンニの姉のユンニも、跡継ぎの令息と婚約関係にあり、来春には爵位を継ぐ彼と夫婦になり、伯爵婦人になる予定。
「あ、見えてきましたよ。あれが我が家です~。」
緑に囲まれた、青い風が薫る涼やかな邸だ。
「わぁ…すごく、キレイ!ジャンニはとっても美しい場所で育ったのね!ぼくの大好きなジャンニの笑顔は、ここで生まれたの!」
主となる可愛い彼に、最大級の褒め言葉をもらい、ジャンニは心から喜んだ。

邸に馬車で乗り付け、入り口の前で降りる。フォレンはリーナを、ヒースヴェルトはジャンニをエスコート。
レディファーストは基本ですよ、とトリシャに教わったことを、試しているのだ。
エスコートされ、降りてきたジャンニはゆでダコ状態であったが。
「フォレン、ぼく上手にできた?」
「ふふっ。お上手でしたよ。ジャンニを見たら分かるでしょう?あんなに潤けて…。」
「わぁい。トリシャ先生がね、機会があれば夜会に出てみましょうねって言ってたよ。女性をエスコートして、ダンスするの!ダンスもねぇ、難しいけれどね、少し覚えたよ?でもね、楽しくなっちゃうと神力が思わず出ちゃうの。
だからねぇ、ぼくはまだ参加出来ないです~。」
虹色を振り撒きながらダンスする様は、きっとこの上なく神秘的だろうな、とフォレンは笑った。
「そうですね…。それに、人間の夜会は…ヒー様には少々危険かもしれないですしねぇ。」
「んぇ?危険?何でー?」
「ヒー様は、人間としてだと貴族籍のない…孤児だからです。
いくら我々公爵家が後ろ楯でも、一度拐われてしまうと、いくらでも悪い者の好きにされてしまう。
それが国外の連中だったとしたら、尚更今の我々には手が出せないのです。」
「…??ママが助けてくれる、です。」
「えぇ。勿論、そのようなことは絶対、させませんけれど…。でも、拐われた先が死都市だったら?」
フォレンの言葉に、ヒースヴェルトは一気に顔色を悪くした。
死都市は、ディーテ神の力が一欠片も無い。助けを呼んでも、ディーテ神が、来れない場所。
「い、イヤ…。ぁ…加護の無い場所は…ぼくの、ぼくとママの弱点……?」
フォレンは深刻な表情で頷いた。
「今はまだ、貴方の存在は知られていない。ディーテ様も、ヒー様が、完全に浄化を終えてから新たな神だと知らしめるとおっしゃった。浄化を終えて、それでも人間界で何かをするおつもりならば、悪しき者の存在を総て把握し、常に監視せねばなりません。」
「……ぼく、ちゃんと世界を見て、調べて育てるって決めた。…上から見て管理するだけでは…不完全。…ぼくの拠点は、あの神殿。」
「でしょう?」
そこが、他の世界の神とヒースヴェルトの違い。
「ぅぅ……。」
「だから、死都市の問題を早く解決しましょう。壊死した大地を浄化し、再び神力を通わせる方法を!」
「…うん!」


死都市をヒースヴェルトの手中に収めれば、世界は彼の思う通りに廻る。
死都市の問題解決は、必須。
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