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もう一つの覚悟を

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平民が家族四人、二年暮らせるほどの金額と聞いて、アシュトの目は見開いた。そんな金額、アルクスが持つわけない。備品としてならまだしも、使ったら消えるかもしれないのだ。

純金が大量に使われているし、砡の欠片を破砕する特殊加工技術。何をとっても高級。
「そ、そんなに…!?」
驚愕するアシュトにフォレンが苦笑し、その様子をルシオも見て溜め息を吐く。
「あぁ。しかし、ディーテ様の神力が本当に込められているとしたら、納得もいくよね。…よし。…僕が自費で買ってこようかな。ヒースヴェルト様が本当にディーテ様の加護で大魔境の神殿近くへ転移できたのか、僕が実験してみるよ。」
「自費っ!!!?るるるるる、ルシオ様ってお金持ちだったッスか!?」
「当たり前だよ。僕の機械導具が世界中でどれ程売られてると思ってるの?開発者にはキャッシュバックが二割だよー。
そのうちのいくらかはアルクスに納めてるけどね。そんなの微々たるものだよ。毎日僕の口座は何千万単位のお金が動いてるよ。上昇方向でね。」
「ひっ…。」
それなら、華護りを自費で買うことなんて、ちょっと良いお土産を買ってきました、程度なのだろう。
「下手すりゃ俺の実家より金持ってるよ、ルシオ様。」
エンブルグ皇国の皇族資産の上を行く変態エルフに、アシュトもリーナも、ドン引きしていた。

「風の君も、僕の導具のファンなんでしょ?弟子にしてあげようか?」
ニンマリと微笑むが。
「ケッコウデス、オレは見て使うだけで十分ッス(理不尽キライ)」
棒読みで断っていた。




「ごちそうさま、でしたっ!ジャンニ、ありがとう!また、作って、ね!!」
にぱ。ヒースヴェルトの満足そうな顔に、ジャンニもにっこり。
「勿論です!ヒースヴェルト様の笑顔が大好きですから!たくさん食べて、笑っていてくださいね。」
「ぁい!!」
可愛らしい会話が、場を和ませる。
ジャンニが、後片付けをして部屋を出ていったあと。
「リーナ、もう泣き止んだ?も~、ぼくも、なきむしってディランやアシュトに言われるけどね、リーナも、さいきん、なきむしよ?どぅしたのー?」
「ヒー様のせいです!!!」
むぎゅ、と抱き締める。あんなに悲しい、苦しい過去を思い出させられたのに、何故笑顔でいられるのか。無理をしていないか、リーナは心配していた。
「んんっ?ごめん、なさい?ぼくのせい?」
「ヒー様は、お辛くないのですかっ!村で、あ、あのような仕打ちを受けて!!私、許せなくて…!!何故あなたは笑っていられるんですか?思い出したんですよね?なのに!!」
「……思い出したとき、呼吸、止ま、ったよ。胸が、苦しくて、ママに『助けて』って、叫んだよ。
そうしたらね、ママが、ぼくの心の中、すぐに来てくれた。
もちろん…思い出したらね、まだ怖い。
身体、震えるよ。でもね、そんな恐怖より、ママの存在のほうが大きい。ママの光がぼくをね、包んでくれたから、何だろう…。えっと」
ヒースヴェルトは言葉に詰まる。
「私は…分かりません。私だったらきっと、怖い、以上に恨んでしまう…憎んでしまう。」
恨み、憎み。その言葉を聞いたとき、ヒースヴェルトは柔らかい表情を少し固くした。
『ごめん。その言葉は…聞きたくないな。
ぼくは、そうあってはならない。』
ヒースヴェルトの、ほわほわした口調が、声が、固くなる。何かを拒絶するような、緊張しているような。
「ヒー、さま?」
『……その感情は、澱みを生むよ。
ぼくは、ぼくの邪魔になる感情は、捨てて行く。……ぼくは、ママからこの世界を預かる者として自覚しないとならない。
リーナ、ぼくのために泣いてくれてありがとう。でも…ぼくは、その感情はいらない。
ママが…ぼくに澱みがこれ以上増えないように、暖かい光で包んでくれている…助力をしてくれている。その意味をぼくは自覚しないと、なら…ない…から。』

ヒースヴェルトは、そう口にして、はっとした。

『あ…そっか。これも…覚悟。
澱みを生まない心が…ぼくには必要なんだ。』

リーナの腕をそっと外して、ヒースヴェルトはふわりと笑った。灰色の瞳が、僅かに元の色を取り戻したように見えた。
『貴方様は、この世界を預かるのですか?…ディーテ様は、ヒースヴェルト様に管理権を…譲られる?』
ルシオが、声を震わせながらヒースヴェルトに訪ねた。
ヒースヴェルトは小さく頷いて、少しだけ、ホンの少しだけ、自信がついた目をして、答えた。




『…うん。ぼくが、新たな神になる。』







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