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黒い石屑

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「ただの石屑だよ。何の価値もない。」

ルシオの声が怒りを孕む。


「これは・・・転移装置と何か関係あるのか?」
「十年くらい前にね、北の国と西の国でこれを使った誘拐事件が多発したんだ。」
「誘拐っスか?」
石を使って誘拐とは?結び付かずに、アシュトは首をかしげる。
「この石屑はね、帰巣本能だけはあるんだよ。
これは破砕することで、ある場所に送り届けることだけは可能だった。」
転移、とは考え方が違うが、別の場所に居る誰かを、特定の場所に移動させる能力がある。
それは、フォレンやディランが疑っていた、そのもの。

「見目の良い子供とか、身寄りのない孤児とかね。
こいつを破砕するとき、それに触れていた者は、石屑と共に行く先は《死都市》だった。そこで待っているのは、奴隷商ってわけ。」
「!!」
「まぁ、エンブルグ皇国は代々人格者が徹底して治めてたからね。そんな事件、無かったと思うけど。だろ?皇弟殿下?」
「・・・四千年前から、其々の国が鎖国状態だからな。我が国は、持ち込ませぬことで済ませているはずだ。
他の国のことは知らぬを通すのが世の常だ。ただ・・・いくつかは流れ込んできたかもしれないな。」
「そういうこと。干渉しないから、他の国でどんな悲惨なことが起きても、なーんにもしなかった。それが、今の世界のあり方でしょ。」
各国同士は過剰な干渉はしない。
それぞれ、汚点とされるような事件や事故はその国で秘匿されるのが普通であるし、他国が首をつっこむのも、互いに良しとしなかった。
下手に刺激して争いを起こせば、四千年前のように世界のどこかが滅びるとされ、国を守る立場の各々は、何処か保守的になってしまった。
干渉しないことで、平和を保ちたい、と。

だが、そんな中、アルクスだけは国を跨いで活動することを望んだ。
国、人種など関係なく人々を守るため、生活を守るために。
そんな理想を掲げたのが、首領ナッシュ・アトレイと、このルシオ・ガルクラフトだった。

数十年前はただの義賊集団のような組織だったものが長年の有益な活動で、今では世界でその存在が確立された。
砡の力を制御し、人々に使い方を教え、生活を、命を守るのがアルクス。

「理解できないんだよね。何故こんなものが《砡の欠片》だと思えるの?壊すことで能力が発現するって何?
すでに砡として成り立たないじゃない。そんなもの、僕が認めると思う?
組織のことはナッシュに任せてるけどさぁ。砡のことは、この僕。
僕が認めないものはアルクスには持ち込ませない。」
凛とした態度で、強くそう言い切る彼は、とても綺麗だったが。
「まぁ、その石屑のせいで、僕は教会を破門されたんだけどね。」
「・・・は?」
「ディーテ神教会の大司教・・・ま、僕の親父だけど。もう五千歳のクソジジイ。ボケてんだよ。見た目は若いけどさ。
あいつが、教会としては砡の欠片として認めてもいいようなことを言いやがったんだ。
だから、始めにコイツが持ち込まれた北の国では少しずつ、この石屑が広まってる。
・・・食い扶持に困る貧しい家族は、面倒見れなくなった子供に、この石屑を持たせるんだ。「自分で割りなさい」って言ってな。
で、死都市へ強制的に送られる。その家族を問い詰めても、「自分で選んだ道なんだから合法だ」と言いやがる。
許せねぇだろ!?
ディーテ様の意思に反することを教会は認めちゃならない。認めちゃいけなかったんだ・・・。
だから僕は、北の国にはアルクスの支部を置かないって意見したけどさ。ナッシュは拒否した。
それじゃあ、俺らの理想と違うだろって・・・。」
悔しそうな表情は、父親を説得できなかった後悔からか。
「今からでも、この石屑は認めない、間違いだったと撤回しろと親父に言ったら、あっさり破門だとさ。・・・はっ。反吐が出る。
教会は親父のメンツを保つための飾りじゃダメなんだ・・・。今の教会の在り方は、間違ってる。」
ギリ、と握りしめられた拳から音がする。血が滲んでいた。
「あぁ、悪いね。話しが外れすぎたね。
ま、十年前くらいに、こんなものなら、死都市で生まれていたよって話。ウチは関係ないけどね。役に立った?」

ルシオが教会と疎遠になった本当の理由が、そんなことだったとは知らず、ディランは驚愕していた。

「・・・この黒い石が、エンブルグの村に持ち込まれていたかもしれない。」
確かに、流通は認めなかっただろう。しかし、秘密裏に、いくつか闇市などで取引されていたら。
「ただ、分からないこともあるんだ。その石が本当に死都市にしか行かないなら、辻褄のが合わない話で・・・。」
そう。ヒースヴェルトは、死都市ではなく、たどり着いたのは大魔境だ。死都市とは方向も距離も出鱈目に違うから。
「ディラン様、オレ、これからギュゼリアに行ってきます。」
「・・・俺も行く。領民のリストは領主が所有しているからな。閲覧できるよう進言してやろう。」
「だから、一体何の話なのさ?」
ルシオは、蚊帳のそとが気に入らず苛立って声をあげる。

「実はな。」

ディランはルシオに伝えることを決めた。
心から神を敬愛し、砡の力を正しく理解して、間違いを許さない凛とした姿勢。
少し暴力的なのが玉に瑕だが、それも機械導具を作り上げたいがための愛の形・・・ということにして。
とにかく、信用に足る者だと。
そう思ったのだ。

ルシオも知っていることだろうが、新たな砡の力を感知したから、大魔境に調査に行ったこと。
大魔境の奥地に、四千年以上前の大神殿の遺跡を見つけたこと。
そこで見つけた、一人の男の子のこと。

神語を操り、とても高貴なオパール色の髪で、灰紫の瞳をした男の子。

その子が、大神殿でディーテ神の手により、砡を糧に育てられたという事実。

そして、直接ディーテ神から、彼が人間界に出かけるので、護衛するよう依頼され、今は共に行動していること。


そこまで話すと、ルシオは全身をブルブルと震わせ、ついでに声も震えていたが。

「なっ・・・なんて、ことだ。信じられないっ。僕のディーテ様に、御子が?つまり僕の子?」
「いや、違うだろ。」
「ディーテ様が降臨なさる神殿があるってだけでも大発見だよ!!?しかも!!そこに!!!直接お育てになられた人の子が居なさる!?何故?何故僕ではなかったの!?いや、そうじゃなくて会いたい!会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい!!会える?会えるよね?僕の子だよね!?」

「だから、違うって言ってるだろ!!!」
両肩をガッチリとホールドされ、物凄い勢いで揺さぶられる。
こうなることは予想していた。だってルシオさまだもん。と、これはアシュトの心の中。


「あーーわーーせーーーてーーーーー!!!!」

「ぎゃあああーー!!」


こうしてギュゼリアへの調査にはディラン、アシュトの他にルシオが同行することになった。


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